救援

 光弾に貫通され、爆散したディルオスの奥に佇むヘパイスドラグ。その両手には大型のライフルが握られており、銃口からは白煙が篭っている。

 さらに上空には攻撃を終えたデストメテルとゼウシュトルムもいた。それはガルヴァス聖寮の対空兵器が無力化されたということだった。

「これで最後か。随分と呆気ないもんね」

「こっちも終わったぜ。後は向こうからの連絡を待つだけだな」

「…………?」

 何かに気づいたアレンは聖寮の向こう側に視線を巡らせる。そこに複数もの黒い何かが浮遊していた。さらに遅れてレーダーにそれと同じ数の反応を捉えた。

「!」

 奥からやって来たのは、レヴィアントから救援に来たガルヴァス軍。

 さらに地上には複数のディルオスが並び、一直線に突き進んでくる。しかもその中にはそれとは異なるシュナイダーもあり、行軍が紅茜達に迫る。

 また、空中に浮遊する飛行艇の他に、護衛のごとくフライトベースに乗ったディルオスや、それなしに単独飛行を行うシュナイダーの姿もあった。主にレギルが乗るヴィルギルトと、ディルオスとも形が異なる二機のシュナイダーである。

「ようやく見つけたぞ! 土足で踏み入ろうとする者は、この私が許さん!」

 ディルオスの大群に混ざるかのように先頭に立って進んでいたのは、ヴェルジュである。彼女が乗るシュナイダー、クレイオスは四脚を動かしながら大群を先導していた。

 赤紫のカラーリングに加え、右手に大型のランス、左腕には小型のシールドとまるで騎兵のような姿である。また、その脇にはディルオスに似た二体のシュナイダーが固めていた。もちろん、中に乗っているのはヴェルジュの副官であるヴェリオットとグランディだった。

「すぐに飛んできて正解だったな」

「ああ。何とか持ち堪えてくれたようだ。ならば、我々も応えないとな!」



「あの機体は……!」

 聖寮がある場所から引き続き地下のブリッジに留まっていたルーヴェはレヴィアントから救援に来たと思われるヴィルギルトの姿をモニターで確認する。

 しかも見たことのないシュナイダーも含まれており、焦りを見せた。皇帝専属の騎士が直接戦場に来たということだ。

『リーラ。俺達も地上に戻るぞ』

「で、でも、どうやって?」

「直接」

「ハァッ!?」

 この先、混戦に持ち込まれることを察したルーヴェはすぐさま地上に戻ることをリーラに伝える。その意外な言葉に驚く彼女をよそに、彼は周辺を見渡し、眼を閉じて瞑想し始める。そして、瞼を開くとルーヴェの瞳は青く輝きだした。

 ――ガタッ!

「?……あ」

 二人がいる空間に軋むような音が鳴り響く。パラパラと小さなホコリが上から降りかかり、何かが起きることを示唆する。そして、眼の先にブリッジの上部が降り出してきた。

『時間短縮にはなっただろ?』

「……いつもながら、恐ろしいわ。アンタ」

 ブリッジの上部が地上へ続く橋となり、まるでルーヴェ達を導かせる道となった。

この形式はタイタンウォールにあるゲート付近にある構造と同じであり、瞬時に移動できる仕組みがここにもあったのである。

 そして、ルーヴェはこの橋を通じて地上へ移動し始める。その様を見ていたリーラは呆れた様子を見せながらルーヴェの後を追うのだった。



 ガルヴァス皇宮の地下にある中央管理ブロック。

 救援に向かった飛行艇を介して、巨大なモニターに映し出されるルビアンの惨状に、この場に踏み込んでいたルヴィス達は頭を悩ませていた。

「酷い……!」

「まさか、奴らの進撃がここまで……!」

「ですが、聖寮内部はまだ制圧されていません。ヴェルジュ殿下やレギル達がいれば……!」

「そうだな。アイツらに期待するしか――」

 救援部隊には、専用機を持つヴェルジュの他に、レギルをはじめとする専属騎士達も加わっている。ルビアンを奪い返すには十分な戦力だ。

 また、聖寮が墜とされていないこと、さらには皇帝に認められた専属騎士と専用のシュナイダーの実力に期待を寄せるルヴィス達。しかし、彼らの期待とは別に、奇妙な出来事がオペレーターの口から出た。

「! 大変です!」

「どうした!?」

「ルビアンに設置されているブリッジがーー突然解放されています!」

「「!?」」

 その衝撃にルヴィス達の口は塞ぐことすらできなかった。



 ルビアンの地下にあるブリッジの異変は、その近くに位置する聖寮にも届いていた。

「〝ブリッジ〟が解放されただと!?」

「はい! 我々が操作していないにも関わらず、勝手に起動した模様で……」

「バカな! 何者かが直接動かしたというのか……? 誰がいたのか分かるか!?」

「今行っています!」

 実はと言うと、地上へと通じる道はタイタンウォール付近だけではない。街の中央にも設置されており、地下を通じるトンネルから別の都市への移動だけでなく、そこからのショートカットとしても機能させているのだ。

 しかし、それを起動させるのは聖寮からの遠隔操作の他に、直接パスワードを入力してでの方法が最有力である。にもかかわらず、レヴィアントと同様に独りでに起動したならば、それを行っているのは同一人物である可能性が高く、そして、この場にいることも証明させていた。


「殿下! 前方が……!」

「! 全軍停止!」

 レヴィアントから直接クレイオスを疾走させていたヴェルジュは、この先に広がる道路で起きている異変を前に、一旦停止を促した。それに合わせて、シュナイダー部隊もホバー移動を止め、その場に停止させる。

『なぜブリッジが解放されているのだ?』

『まさか、脱出してきたのか?』

「…………」

 道路の一部が消え、解放されたブリッジを前にしてヴェルジュ達は怪しむ。聖寮から脱出してきたなら、出迎える必要もある。しかし、それはテロリストに屈したことにも取られることになり、場合によっては糾弾することも一考された。

「地下から何かが出てきます!」

「! 姿を捉えられるか!?」

「イエッサー!」

 その様子をモニター越しに見ていたルヴィス達も、黙って視線をそちらに向ける。そして、地下に二つの反応をモニターで捉える。そして、ブリッジから地上へと現れた、彼らにとっても意外なものがその眼に焼き付けるのだった。


 ガルヴァス聖寮の抵抗力を実質失わせた紅茜達の前に、次なる脅威が迫っていた。

「オイオイ。今度はアイツらとかよ。しかも、見たことのない機体もあるし」

「ディルオスとも違う、あの形状……、新型、というより、もしかしたら専属騎士の……!」

「「!」」

 アレンの一言に、紅茜達は戦慄を覚える。すなわち、今までのシュナイダーとは格が違うということでもあり、苦難と立ち向かうことを意味しているのを二人は察した。

『専属騎士様は、既に新品をお持ちってか。いいじゃねえか』

『何言ってんの!? こっちは疲労溜まっているのに!』

「そういう意味だったら、別にどうということではないんじゃない?」

『『?』』

「こっちは今まで数百ものヴィハックを蹴散らしてきたんだ。まだまだいけるだろ?」

「「!」」

 弱音を吐くような言い方をする紅茜に対し、アレンは逆にリンドごと挑発するかのような言葉をかける。すると、これまでに起きたヴィハックとの戦いが紅茜達の頭に過り、その後、いきなり二人は黙り込み始めた。

「「…………」」

 二人は共に顔を下に向け、決意を改めるかのように考える。そして、それを表すかのように顔を上げた。その表情には迷いもなく、やってやると言わんばかりに眉を吊り上げていた。

 それと同時に、彼らの瞳はなぜか一人の少年と同じく瞳を青く光らせ、彼らが乗る機体も瞳を強く輝かせたのだった。


 同じくヤタガラスの艦橋の中にあるモニターで戦況を観戦していたハルディ達は困ったかのような表情を浮かばせていた。

「全く困ったものね……。専属騎士も救援に入ったとなると……」

「どうしますか?」

 オペレーターである双葉からの問いに、ハルディは思い悩むように考え始める。今なら、ルーヴェ達を撤退することもできるだろう。

 ただ、目的をまだ果たしてもいない以上、後戻りすることもできないし、このチャンスを逃せば二度と訪れないことも考えられた。

 なぜなら、それは暴かせたい秘密を逃すことにも繋がることになるのだ。それも含めて、彼女が出した決断は……

「……仕方ないわ。私達も向かうとしましょう。ここから近いし、すぐに駆け付けられるでしょ。……ヤタガラスを発進させます!」

「「「「「はい!」」」」」

 仲間達をここで失うことをよしとせず、自ら出陣することを選んだ。その決意に、誰も口を出さず、彼女の言葉に従った。

「全員に通達! これより、ヤタガラスはルーヴェ達の救援に向かう!」

 ハルディの呼びかけに、双葉達は目の前にあるパネルの上で手を動かす。

 さらにハルディは両目を閉じ、瞑想し始める。この瞑想は何かと語りかけているようにも見え、この動作そのものがある人物を彷彿とさせた。


 警告音が艦内に鳴り響き、その一部の部屋にある一つのベッドで横になっていた、ある人物もそれを耳にする。この警報が何を意味するか察すると、彼女はすぐさまベッドから起き上がった。

「……いよいよ、この船も動かすってか。別に構わないわよ。私の研究を帝国に見せる時だからね……! フフフッ!」

 その怪しい笑みと笑い声が薄暗い空間に響く。そして、机の前に置いてあった椅子に掛けていた白衣を纏い、そのまま部屋を後にした。

「……私も行くとしましょう。戦争をじっくりと見たいしね」


 ハルディがゆっくり目を開くとルーヴェと同じく瞳が青く光り、それに連動するように船体に秘匿されたゼクトロンエンジンが唸りを上げる。

 ――ウォォォーーン!

「ヤタガラス、発進!」

 ハルディの指示に彼女より前にいるカイネがこの船の舵を前に押し出すと、船体の最後部に位置するエンジンの噴射口が白く変化し、それを中心に船体が前へと動き出す。

 船体が海水を掻き分けつつ十分に加速が入った所でハルディは次の指示を出した。

「機関出力六十パーセント! 航空モードに移行!」

「了解!」

 すると、ヤタガラスの船体の脇にある姿勢制御に使用する一対の翼が外側に開き、さらに後方にあるもう二つの翼も内側に開かれる。そして、船体が少しずつ浮上し、海面を離れていく。最後には船体全てが海から離れ、空へと移動した。

 船が空に浮かぶなど、この世界にとってはまさしく常識外れの他にない。この戦艦が凄いというより、この理論を作り出した者の方が余程であった。

「目的地はガルヴァス聖寮! 機関出力八十パーセント!」

 空に浮かんだ大型戦艦は、ここから巣立っていった者達を迎えに海辺から動き出したのだった。



「アレは……!」

「!」

 ブリッジから出てきたその正体は、彼にとっても見覚えのある巨人であるアルティメスだ。さらにその後ろには見たことのない機体であるポセイドーガもおり、ヴェルジュ達の顔は言葉では表現できない驚きに満ちていた。

『なんであの機体が……?』

「……そういうことか!」

 アルティメスの出現に疑問を抱えるヴェリオットに対し、ヴェルジュはある確信を得ると湧き上がる情動と共に、操縦桿を握っていた手をさらに強く握りしめた。

 その姿は空上にいるレギル達や管理ブロックにいるルヴィス達にも見えていた。

「なんで……どうして!?」

「嘘だろ……」

「…………」

 誰もが息を飲む。今まで自分達の危機を少なからず救ってきたものが、まさか争いを引き起こしている者と同行しているなど、信じたくなかったのだ。だが、目の前にあるそれは紛れもなく事実である。

「まさか、テロリストの一味……?」

「そんなことが……!?」

 両脇にいる二人が驚いている間、ヴェルジュはスピーカーを外部に聞こえるように切り替えた。

『要するに、自分の手で仕留めたかったから、化け物なんかに殺させたくなかったわけだ。そうだろうな……我々を憎んでいるなら、なおさらな! そうだろ!?』

「…………」

『だから今まで、我々に助力するようなことをしてきたんだ! いつかヴィハックに滅ぼされる前に……!』

 ヴェルジュは怨差を並べるかのように言葉を並べる。あまり聞きたくないのかリーラは呆れたかのように目を細める中、ルーヴェは無言のまま手も動かすこともなかった。

 もっとも、無言でいるのは返す言葉もないということも含まれているが。

 すると、ヴェルジュの言葉に聞き飽きたのか、今度はルーヴェからスピーカーを外部に聞こえるように切り替え、口を動かし始めた。

『アンタ達が言っていることはまあ、大体合ってはいる』

「「「!」」」

「だが、ヴィハックに滅ぼされたくない点ではこちらも同じだ。そういう意味では利害は一致している」

『だったら、なぜこんな愚かなことを!』

「……決まってるだろ。ためだ。なぜだか教えてやろうか。あそこには、んだよ……!」

「!?」

 予想だにしないその言葉にヴェルジュは揺らぐのだった。

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