組織

 エルマ達と別れ、非常階段を降りて再び学園の地下に進むルーヴェとルルは、非常階段ともブリッジとも異なる空間を歩いていた。

 周囲は暗く、明かりすら見当たらない。もっとも、二人にとっては明かりなど必要なく、周りに何があるのかも把握しており、迷うことなく前を進んでいた。ただ、その目的が全く掴めない一人を除いてだが。

「一体どこに連れて行くんだ? そもそも、お前は何者なんだ?」

「その答えについては、少しだけ言ってもいいかもな」

「もったいぶるな」

「……俺は確かにラヴェリアと共に行動している。俺にとっちゃ、あいつは〝恩人〟だからな。協力するのは当然だ。それに俺の仲間は、アイツと同様、この国を恨む奴らで固まっているからな」

「やはり、アジアかEUに亡命していたのか」

「ちょっと違うかな」

 ルルの言動から、ラヴェリアがアジア連邦かEU連合と繋がりがあると察する。その答えは半分イエスであり、半分ノーと言ったところだとルーヴェは断言する。

 どういう意味かとルルは、ルーヴェに振り向きながら鋭い目つきを飛ばす。その答えに関しては当然ルーヴェが答える。

「言ったはずだぜ。この国を恨む奴らで固まっているって。それはすなわち、国一つだけとは限らないんだよ」

「…………!」



 一方、ラドルス達の留守を任されていた首都ルビアンの防衛拠点であるアゼイア基地では、あまりにも一方的な蹂躙による戦火に包まれていた。

「どうなっているんだ、これは……!?」

 その軍事基地の指令室にいた司令官は、目の前に広がる光景に絶句する。同じく視線を共にしていたオペレーター達も、その光景に驚きを通り越して、ただ口を開けていたのである。

 そう、彼らの目の前にいるディルオスの複数もの残骸が転がり、地面から噴き出る灰色の煙が所々噴き出していた。

『ハアアア!』

 その煙の中から一体のディルオスが飛び出る。近接用のバトルアックスを片手に持ち、その眼の前にいる敵に向けて振り向こうとした瞬間、大きな掌がディルオスの右手を掴んだ。

 その掌は普通のマニピュレーターよりも大きく、一つ一つの指の先端が長く尖っており、まるで獣の爪のような外観だ。しかもその掌から伸びる腕の部分も異常に長かった。

『クソッ、離せ……!』

 ディルオスは何とか振りほどこうと空いた左手で掌を引き剥がしにかかる。しかし、掴む力の方が強く、何度指を動かそうとしてもビクともしなかった。

 それを不快に思ったその掌の先に存在する赤い巨人はさらに力を強め、ディルオスの右手を潰しにかかる。

「!」

 その危機を察知したディルオスのアドヴェンダーは、すぐに操縦桿を操作して、掴まれている右手を右腕ごとパージする。右肩の関節部から煙が噴き出し、ディルオス本体と右腕は外れる形となった。

 赤い巨人は捕まえていた右腕地面にポイ捨てし、その持ち主であるディルオスに正面を向かせる。その正面には本来の両腕と先程掴んでいた、大きな掌を持ったもう二つの腕が並び、その中心には巨人の頭部があった。

 四本もの腕を持ったその全体像が露わになったその姿は、騎士の外観に似せたディルオスとは異なる。まさしく異形そのものであった。その異形こそ、赤いシュナイダーであるへパイスドラグであった。

「…………」

 その巨人を動かしている少女、鬼道院 紅茜は目の前に広がるモニターのディルオスを捉え、操縦桿を動かし始めると外側に広がる左腕がディルオスに向けられた。

 紅茜はそのまま左の操縦桿の赤いボタンを押すとその左腕が関節部ごと射出された。その射出された左腕はまっすぐに逃げ出そうとするディルオスへ進み、その胸部に爪を立てつつ捕まえた。

 しかも関節部からワイヤーのようなものが伸びており、元の左腕の部分と繋がっていることから瞬時に腕を引き上げることも容易なのだろう。

 さらに、左の操縦桿を回して引き鉄を引くと胸部を掴んでいた左の掌に光が灯り、捕らえられていたディルオスが熱を帯び、赤く変色し始めた。さらにはその胸部から熱湯が沸騰するかの如く気泡が装甲から立ち始め、やがてディルオスの全身を覆い尽くした。

「な、何だ、これは!? って、熱ッ!?」

 コクピットにいたアドヴェンダーも内部に温度が上がっていることに疑問を浮かべる。それが外による影響だと判断するものの、それを防ぐ手段が見当たらず、ただそのサウナのような暑さを味わうしかなかったのだった。

 そして、熱を帯びたディルオスは抵抗する間も与えられず、自爆するかのようにそのまま爆散した。まるで電子レンジのごとく熱を当てられた物体が文字通り爆ぜたのだ。

 また、掴んでいた左腕はワイヤーによって引き戻され、そのまま関節部のところと一体化した。もちろん、赤い巨人は一歩も前に出ていない。

 爆散したディルオスの後方にいた複数のシュナイダー部隊は、その惨状を目の当たりにして、いつ動くべきなのか躊躇っていた。近づけようとも先程のあの攻撃に晒されるのが目に見えているため、迂闊には近づけられなかったのである。

 複数のディルオスはそのままじっとしているのだが、それは紅茜にとっても好都合でしかなかった。

「ダメだよ。そんなとこにいちゃ。ただの的だっての」

 紅茜は操縦桿を動かして、へパイスドラグの本来の両腕を両腰に懸架されているライフルを取り出す。そのライフルの銃口を目の前にいるディルオスに向け、引き鉄を引いた。

 ライフルの銃口から高出力のエネルギー弾が撃ち出され、そのまま足が止まっていたディルオスの胴体部に直撃していく。

 さらには両肩から伸びる砲塔からもエネルギー弾が発射され、複数のディルオスを葬っていった。頭部、胴体、武器を保持する両腕など、次々と弾丸を浴びせていき、ディルオスの残骸は増えていき、逆にシュナイダー部隊の数は見る見るうちに激減していった。

『クソッ、たった一機に押されるなど……! 空中部隊、何をしている!?』

 このシュナイダー部隊の指揮を担当するアドヴェンダーは、空中に展開している空中部隊に連絡を行う。

 空中部隊はフライトベースを軸とした迎撃部隊である。主にワイバーン型のヴィハックと対抗するための部隊である。彼が率いる地上部隊の救援に頼もうとしているのだが、その空中部隊もまた、救援を必要としていた。

『何だ、コイツ!? 照準が定まらない! ウワッ!』

『クソッ、全く追い付けない!』

 空中で展開するフライトベース上にいるディルオスがマシンガンやバズーカを構えて、目標を定めようとする。しかし、その目標のスピードが想定していたよりも早いせいか、その照準が全く機能しなかった。

 さらにその目標から多数の弾丸が降り注ぎ、ディルオスの足場であるフライトベースに攻撃を与えた。そのフライトベースから火が吹き、二機のディルオスはやむなくその場を立ち退き、やがてフライトベースは爆散した。

 フライトベースから降りたディルオスは背中にあるスラスターを噴射させながら、目標を捉えようとするが、目標にとってはただの的だったらしく、先程と同じ弾丸が二機のディルオスを貫き、目標である飛行体がそのまま爆散させていった。

 その飛行体は上空に上がりつつ、グルリと旋回するとまだ残っている空中部隊に攻撃を仕掛けに行ったのだった。


「全勢力を持って、未だに敵を倒せないとは……! それどころか、たった二機で、しかも短時間に……!」

 自らの不甲斐なさを嘆く司令官やオペレーターが見つめる大型モニターには、ディルオスとは異なる一体の巨人が立ち尽くし、その前にいるディルオスを破壊していく。その無数の残骸を撒き散らしているのは他でもない、あのへパイスドラグだった。

「救援はまだなのか!?」

「ダメです! 他の軍事基地からの応答、未だに来ません!」

「! 一体どうなっている……!?」

 不利な状況を打破したい司令官は先程から救援要請を出していたのだが、返答することすらないまま、堂々巡りを繰り返していた。なぜ来ないのかと内心怒りを奮わせるものの、目の前に広がる惨状に手一杯であるため、思考が回らなかった。

「攻撃、来ます!」

「!」

 オペレーターの応答に、司令官は気づくが、その対応が遅いためか司令本部に攻撃が入り、衝撃が指令室に襲い掛かる。司令官らは狙いがここではなかったため、何とかその場を耐えきるが、その被害箇所が問題であった。

「第三格納庫、第四格納庫、被弾! さらに対空迎撃用の装備も消失! これでは反撃も……!」

「クッ!」

 次々と都合の悪いことがオペレーターの口から出て、司令官の機嫌はますます悪く一方である。防衛用の兵器も破壊され、さらには数十機のディルオスが無残に破壊されていき、もはや抵抗する手段はないに等しかった。

「…………!」

「いかがなさいますか!?」

「他からの応答がないまま、指示を出せるわけがないだろ! 下手に降参なんかしたら、周りから何を言われるか……」

「空中部隊、全機沈黙!」

「残る地上部隊も、たった今行動不能に陥りました!」

「何だと!?」

 この基地に収納させていた数十機のディルオスがいとも簡単に倒されるなど、軍事力の誇る帝国にとっては、恥以外の何物でもない。なのに、その軍事力すら覆すあの巨人と飛行体は、その軍事力よりも別の何かがあると司令官は睨むが、それを受け入れたくはなかった。

 それこそ、帝国軍人にとっては屈辱だからだ。その屈辱を生きたまま受け続ける自分は、もはや生きる価値すらないと思っているのだった。

「目標、ゆっくりとこちらに来ます!」

「! 迎撃システムは!?」

 司令官の指示にオペレーターは無駄と知りながらも実行しようとするが、鳥のように空中に飛び回る飛行体がその迎撃用の兵器を攻撃したため、使用する火器そのものが使用不能とされていった。一切の抵抗すら許さない、その蹂躙はまさに帝国にとっては見覚えのあるものだった。

 その圧倒的な戦力差で敵を蹂躙する――ガルヴァス帝国の戦法そのものだった。自分達の戦法がそっくりそのまま帰ってきたのである。

 司令官もそれを思い出したのか、まさにゾウに踏まれるアリのごとく恐怖に怯えるのだった。

 そして、へパイスドラグがライフルの銃口を指令室に向けられ、司令官らは命を狙われることに覚悟する。さらには飛行体が高度を下げると人型に変形を行い、へパイスドラグと同様にライフルの銃口を向けてきた。

 飛行体が人型に変形するなど、あり得はしないのだが、そんな衝撃すら生ぬるい恐怖がそこにあった。

「司令官……!」

「……我が帝国が、たかがテロリストなんかに屈するわけにはいかないのだ!」

「ですが……!」

 司令官が戦いを続けようとオペレーターと対立する中、もう一人のオペレーターが通信を傍受し、その内容に驚くものの、すぐさま司令官へと伝えようとする。

「通信を傍受しました!」

「でかした! で、救援は!?」

「い、いえ……あのシュナイダーから、通信を繋いできました……」

「何!?」

「通信、繋ぎます……」

 ここにいる誰もが望んだ救援ではなく、目の前にいる敵から通信に司令官は疑心暗鬼になりながらも通信を繋げる。その通信から入ってきたのはまだ若い少女の声だった。

『聞こえる? アタシらは独立武装組織、『レイヴンイエーガーズ』。ま、アンタらでいうテロリストってところかな?』

「何だと!?」

「アンタは必ず救援が来るって思ってたんだろうけど……絶対に来ないわよ」

「!?」

「既にアタシらの仲間がこことは違う基地を襲撃している頃だからね。まあ、鎮圧されているでしょうけど……」

「そ、そんなことが……!?」

 その通信から入ってきた言葉に司令官らは絶句する。救援が来なかったのも、既にそれを潰されている可能性があることに司令官は頭に入れなかったのである。いや、そんなことがあるなら、通信があってもおかしくもないし、そもそも入れるはずもない。

 にもかかわらず、通信がなかったということは、ここで起きていることも知らないし、その通信手段が壊されているということでもあるからだ。もっとも司令官はそれを受け入れがたいものだが。

『なら、証拠を見せてあげるわ』

「!!」

 モニターに映し出されたのは、彼らが救援を要請していた軍事基地。しかもそこは既に壊れた後が目立っており、ここと同じくディルオスの残骸が所々に転がっていた。

 さらにディルオスとは異なるシュナイダーが二機、基地内に立っており、その現状を作り出したのがそれらであることを司令官らは瞬時に理解するしかなかった。

「だ、だからと言って、まだ負けたわけではないぞ! 救援が来れば、貴様らなぞ……!」

『もう一つの基地なら、もうそこも墜としているけど? ホラ』

「!」

 紅茜が出してきたのは、三つ目の基地の映像だ。そこも当然、襲われている様子が目に見えた。既に墜とされている様子であり、ここも姿が異なるシュナイダーも確認できる。

 そして、ここを含めたルビアンの三つの戦力が無力化されたことになったのだった。

「どうするの? アタシらの仲間も、どんどん来るけど?」

「……仕方がない。我が基地は、降伏の宣言をする……!」

 この日、ルビアンの軍事基地すべてが一つの組織に掌握されることとなった――。

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