今少しの別れ

「……帝国には、裏でヴィハックの駆除を一任されている特殊部隊がいるという噂がある。おそらく、ここにいる教員達もそのメンバーなんだろうけど、アンタもその一員だったということか」

「…………」

 銃を向けながら、まっすぐにルルを捉えるルーヴェはいきなり、あることを周囲にいる者達全員に語り始めた。

「何しろ、危険な作業を普通の人間に任せるわけにはいかないからな。そのためには、何らかの処置が施されていなければならない。を植え付けない限り」

「!」

「……抗体?」

 ルルから離れ、膝をついていたエルマが口を動かしたと同時に、ルルがエルマを人質にしようと足を動かし始める。しかし、ルーヴェはそれを察知したのか、あえて動こうともせず、両目の瞳を再び青く輝かせた。

 ――キィーン!

「!」

 ――ドクゥン!

「ガッ……!?」

(な、何だ、今のは……!?)

 突然体が硬直させられたルルは、バランスを失って前に倒れ込み、うつぶせになるように膝をついた。地面に視線を向けた状態で一体何が起きたのか、彼女は理解ができなかった。もちろん、その目前にいたエルマも同様であり、表情には驚きが含まれていた。

 一方で何食わぬ顔をしたまま、ルーヴェはエルマの傍に近寄り始める。その後ろで隙を窺っていた教員達が取り押さえようとするが、それを察知していたルーヴェは顔を後ろに向かせる。

 その鋭い目線で教員達を震え上がらせ、見た者を石と化すメデューサのごとく教員達を石像のごとく動かなくさせた。

 そして、ルーヴェはエルマ達がいる方向に身体を向け、ゆっくりと足を動かし始めた。

「ルル・ヴィーダ。お前のことを調べれば、いろいろホコリが出てくるはずだ。帝国が何をしていることもな。だから、大人しくさせてもらうぞ」

「!」

 ルルの近くに足を止め、銃口を突き付けるルーヴェ。その眼には容赦という言葉はなく、今この場を支配しているのが彼であることを周囲にいるエルマ達に否応なく理解させる。

 そして、銃口を突き付けたまま膝をついていたルルの手からナイフを没収する。

「エルマ、君はこのデスクにあるデータを洗い出してくれ」

「!」

「カーリャは引き続き、イーリィを支えてやってくれ」

「う、うん!」

 ルーヴェの指示に二人は頷き、それぞれ行動を移す。だが、ある人物の怒号でそれを阻まれる。

「き、貴様はいったい何者なんだ!? アジアの者か、それともEUか!?」

「……どちらでもねえよ。それこそ、お前達の知る所じゃないから……な!」

 教員の一人の質問にルーヴェは軽く応じるものの、本心までは答えようともしなかった。

その瞬間、ルーヴェはその場から消えるように移動した。

「!?」

 教員はルーヴェの姿が一瞬しか捉えられず、次に反応した時には既にルーヴェの顔が近くにあった。しかも銃口を胸に押し付けて。

「「「!?」」」

 エルマ達もルーヴェがあったはずの教員との距離を詰めていたことに誰もその姿を捉えることができなかった。肉眼では捉えることのないそのスピードはまさに神速だ。普通の身体速度でも不可能に近い。

「確か……コイツか?」

「!?」

 誰もがルーヴェに注目する中、本人はその視線に気を向けようともせず、あることをただ実行していた。目の前にいる教員のスーツのポケットに隠されているものを左手で取り出す。それは、先程ルーヴェ達の記憶を消そうとしていたスマホだった。

「ってことは……!」

 ルーヴェは手にしたスマホを直視すると、眼が先程と同様に光り出した。そして、スマホの画面の方を教員達に突きつける。

「言っただろ? アンタ達が知ることはないって」

「「「!」」」

 ルーヴェが軽い笑みを浮かべるとスマホの画面が強烈な光を放ち、教員達はその光をモロに目に焼き付けてしまい、やがて糸が切れた人形のごとく倒れ込んでいった。記憶処理を行われた影響で気を失ったと思われる。

「ルーヴェ君……」

「もう大丈夫だ。狙われることはない」

 その顛末を見ていたエルマは心配そうにルーヴェに声をかけるが、安心を保証する彼の言葉に思わずホッとした。何とか意識を繋ぎとめていたイーリィを肩にかけて支えるカーリャも、その言葉に安心を覚えた。ただ一人、悔しさと共に地面に視線を向ける少女一人を除いて。


 騒ぎが収まると、ルーヴェは目の前にあるデスクに行き、そこに備わっているパネルを操作し始める。その近くにエルマが覗き込んだ。

「何をしているの?」

「君達の記憶を操作したというなら、必ずその資料や君達に関する記録(・・)があるんじゃないかと探しているんだ。俺達を上から目線で見ているという証拠をね」

「監視カメラなら、既に間に合ってるんじゃないかな? そこら中にあるし……」

「まあ、不審者を発見するより、学生達が不審な動きを捉えるためにあるんだろうけど……。俺が探しているのは……これだ」

「!」

 手を動かしながら口を動かすルーヴェに告げられたエルマは信じられない表情で、その事実を不審に思った。そのために自分達を含めた学生達を監視するということは、間違いなく自分らが籠の中で飼育された雛であることに近かった。

「さしずめ、この学園は贖罪を成熟させるまでを管理するための鳥籠か。酷いもんだ」

「…………」

 表現はまったく悪質なものに違いないが、学園のそこら中に仕掛けられたカメラで四六時中、監視させられていたというなら、もはやその表現に間違いなど存在しないだろう。

 自分達がずっと感じていた自由を最初から教員達の手のひらで縛られていたかのように感じるからだ。誰であろうとこれを見たら、嫌悪感を示さずにはいられない。

「ただ、これはよっぽど質が悪いぜ。これは……」

 だが、二人が見ているのはストーカーによる盗撮より、恐ろしいものだった。それは、ルーヴェの隣にいる少女と同じ顔立ちをした人物であるからだ。

「これ、私……?」

「前に来た時、教員達は君の話をしていた。おそらく、どこかに連れていく予定だったんだろう。それで、生徒達から君との記憶を消そうとしたってところかな」

「そんな……」

 相手が自分との記憶を消されることは自分が傷つくよりも辛い。何より、自分の存在がこの学園から消えるというのが、彼女にとっても苦痛である。そうなる前に知れたことが幸いだったのかは分からないが。

「ここ見ろ。このデータを拡大すると……」

「ッ!?」

ルーヴェが画面に表示された、とあるデータをエルマに見せるように指を差し、パネルを操作して詳細を表すと、別のデータが表示された。二人の後ろにイーリィやカーリャも近づく。

「これは……!?」

「見たことがあるんじゃないのか? このを」

「……ウソでしょ」

 ルーヴェが示したその画像には、エルマ達にも見覚えがある、それが映っていた。エルマも驚きを通り越して、ただ絶句するしかない。なぜなら、それは絶対にあり得ることのないものだったのだから。

「デッドレイウイルスの感染……ステージⅢ」

「何で……だって私は!」

「でも、身体の節々に痛みが走ったことがあったんじゃないのか?」

「!」

「おそらくウイルスに感染したのはそん時だろう。まあ、ワクチンを接種していたから、免れたんだろうけど……」

 デッドレイウイルスに感染していることにエルマは即座に否定する。だが、ルーヴェはその事実を彼女にナイフを突きつけるかのように言葉を並べていく。それだけの確信が彼にはあった。その確信がここに来る前に既に分かっていたからだった。

「本来なら、ステージⅠから体を動かせる人間などいない。にもかかわらず、満足に動けているということは、君の身体は既に普通でなくなっているということだ」

「でも……」

「認めたくもないということは分かる。だけど、これが出ているってことは明らかな現実だってことだ。ここにいた教員達は知っていたんだろうし、俺らを監視していたアンタも知ってたんじゃないのか?」

 後ろへ振り向くルーヴェが見据える先にいたルルは、彼から出た質問に答えようともせず、ただ無言を貫いていた。

「…………」

「無言ってことは、知ってたんだな。どうせ、彼女が下手な動きを見せないように友達のフリをして、ずっと監視し続けていたってところか」

「……フン。知った所で、アンタ達は帝国の恐ろしさを思い知らされることになるわ。命乞いするなら、今のうちにーー」

「捕らえられた奴が何言っても意味がないぞ。それに、失敗したスパイがただで済まされないことはアンタが一番分かっているんじゃないのか? 下手すれば、アンタはもうと思うぞ」

「…………!」

 ルーヴェの言葉通り、失敗したスパイはたとえ生き延びたとしても、次にチャンスが訪れるとは限らない。ただ命の危機が遠ざかるだけである。

 だが、ここで彼らを捕らえれば、失敗は帳消しとなるはずだとルルは密かに眼を鋭くする。もっとも、ここから状況を逆転させればの話だが。

 ルーヴェはパネルを操作して、画面を切り替えさせる。その後、メモリをデスクに繋ぎ、画面上に映し出されたデータのコピーを開始させ始めた。帝国の裏に潜むものを暴き出すのに使えるのだと判断したのだろう。

「とりあえず、ここのデータをコピーさせて、アイツの元に持っていくとするか。もちろん、彼女を連れてな」

「じゃあ、私達は……」

「今から地上に戻るといい。おそらく狙われることはないとは言い切れないが、時間稼ぎにはなるはずだ。それに、これを解析して記憶を戻す手段も探しておく」

 ルーヴェが言うアイツとは、もちろんラヴェリアのことである。彼女なら、今コピーさせているデータを解析することも、スマホを通しての記憶消去の対策も造作はないと彼は思っている。当然、娘であるエルマもそれに頷いた。

 データのコピーが終わると、ルーヴェはデスクに繋いでいたメモリを取り出し、今混乱している状況を片付けようとエルマ達と共に、片付けるのだった。


 教員達をデスクの前に座らせ、ルーヴェ達はこの地下に侵入した非常階段からの経路を逆戻りしていた。

「ここからは別行動だ。一応アドレスも交換したし、連絡したい時に掛けるといい」

「ありがと。でも、ルルをどこに連れて行くの?」

「俺の仲間のところにだ」

「仲間?」

「そろそろ、頃のはずだが……」

「…………?」

 彼の謎めいた言葉にエルマは不思議そうに首をかしげる。仲間の元に連れて行くというが、今彼はその仲間から離れていることにも繋がる。だとしたら、その仲間はどこで何をしているのだろうかと彼女は考えを張り巡らせた。

 すると、彼らは自分達が侵入した入り口を見つけ、そのまま通り過ぎると入り口となっていた非常階段の途中に戻ることができた。そして、それぞれ二手に分かれて、地上と更なる地下へと歩んでいった。



「わざわざここまで戻ってきて大変満喫できたここら辺で戻らないといけないしね」

「いえいえ、義兄上が焦るようなものではありませんが……」

 滑走路の端にいる一機の飛行艇が今にも動きそうにエンジンを吹かせる中、ルヴィスはルビアン行きの飛行艇に乗り込もうとするラドルスと話していた。

 そこには同じ便で彼と共にするヴェルジュや彼らの配下、そして専属騎士であるアレスタンとエリスが同伴していた。

 その彼らをルヴィスとルヴィアーナ、そして二人の配下に加え、専属騎士のヴァルダが見送りをしていた。

「今少しお別れというのは名残惜しいですね」

「別に会えないというわけじゃないよ。向こうに着いてからも連絡はできるから、そんなに不安になることはないよ」

「そうでしたね」

 ラドルスは、ガルヴァス皇宮を中心とするレヴィアントより南下したルビアンを統治している。本来はそこで義妹のヴェルジュと共に執務を行うことから、ここに足を踏み入れることは少ないが、恒例の日である追悼式典には必ず顔を出す。

 その式を終えた数日後には、またそこへ戻らなければならないものの、義弟達とのしばしの別れに悲しむことは特になかった。ただ、微笑みを浮かべて安心を与えているだけである。もっとも、彼にとっては満足であった。

「お前も表舞台に出ることになったんだ。愚弟と共にここを任せるぞ、ルヴィアーナ」

「相変わらず厳しいお言葉……」

 ヴェルジュから言い渡されたのは、この都市を収めることではあるが、何分言い方がキツイ。言葉を受け止めたルヴィアーナは、苦笑いをしながらも義姉なりの励ましだと思うことにした。

 そして、彼らが飛行艇に乗り込もうと出入り口と連結していたタラップに足を踏み入れようとした時、

「大変です!! 今すぐ出発を中止させてください!!」

「「「「「!」」」」」

 彼らの時間を妨げる声が滑走路に響いた。その声に皇族達が驚き、一斉に振り向いたその先に息を切らしながら走り寄ってくる一人の士官が酷く大変そうな顔つきでラドルスに近づいた。

「何があったんだい?」

「実は……」

 士官がラドルスに耳打ちする。すると彼の言葉に、ラドルスはまた表情を驚愕の色に染まった。それは、絶対にあり得ることのない出来事に驚かずにいられなかったのである。

「ルビアンが……墜とされた……!?」

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