正体
ガルヴァス帝国の帝都、レヴィアントより後方に位置するルビアン。
そのルビアンの一部の土地に、広い敷地と大きな施設が建てられている。そこは皇宮と同様に構える、帝国のもう一つの軍事基地、『アゼイア』であった。そこには軍事兵器を開発、格納する格納庫や演習を行うためのグラウンドも軍備されている。
また、基地の周辺には、レヴィアントと同様に数機のディルオスが配備されており、外からの侵入を許さないよう監視を続けている。
その軍事基地の高台に位置する司令部では、司令官を中心に敷地内にいるディルオスと同様に周辺をレーダーで探索していた。
「いいか! 殿下からの留守を預かっているからと言って、気を抜くなよ!」
「「「「「イエッサー!」」」」」
司令部を担当する司令官は、数日前にこの場にいた皇族のラドルスやヴェルジュからこの場を任せるように言われていたため、感情を昂らせている。その鋭き目はこの場に限らず、基地の外まで光らせているようにも見えた。
だが、その眼は決して、この地に迫ってくるものの正体を目に映すことはなかった。それは、彼にとっての絶望の始まりであった。
「? レーダーの上空に複数の物体が!」
「何!?」
「数は……二つ? でも、識別が……」
「だから、何だ!?」
司令部のレーダー担当を行っていた女性オペレーターがこの場に設置されたレーダーに二つの反応を捉えた。しかし、識別のないものであることを瞬時に理解するものの、女性オペレーターは司令官に対して、どう表現すればいいのか分からないでいた。
「猛スピードで接近しています! しかも、この多大な反応は……戦闘機じゃない? ……まさか、シュナイダー!?」
複数もの雲がゆっくりと流れていく大空に、それを横切ろうと二つの飛行体が颯爽と飛ぶ。後方に高温の熱のようなものを噴射しているのが見え、その動作だけでも機械のものであることは明らかだった。
ただ、一つだけ異質なものが目に見える形にあった。それは、二つの飛行体のうち、一つが人の形をしていたことだ。しかも、戦闘機のような形をしたものが随伴している。にもかかわらず、戦闘機よりも速いスピードはもはや、兵器のそれを凌駕していることだった。
その飛行体に内蔵された、メーターなどの機器が周囲に並ぶコクピットに赤のアドヴェンドスーツを着込んだ鬼堂院 紅茜(あかね)が設置されたシートに座りながら操縦桿を握り、正面に位置するレーダーを見つめている。そのレーダーの上方に何かを示す矢印が表示されていた。
「……見えたわよ。ルビアンの軍事基地が」
『じゃあ、すぐに攻撃態勢に取るとしますか。先制攻撃で相手の虚をつく、ってね』
「同意するわ。すぐにアイツらをぶちのめしたい気分だったし」
『なら、ド派手に始めるってことで』
「それもそうね。何せ、戦争(・・)を始めるのだからさ!」
少女のそれに近い声が狭いコクピット内に響く。
もう少しでアゼイアに到着しようとした時に、コクピット内に警報が鳴った。
「通信?」
目の先にいる基地からの通信だと知ると、すぐさま通信を入れ、基地から応答できるようにした。その通信スピーカーから司令官の声が飛び出る。
『貴君らに告ぐ! 首都ルビアンに侵入し、この軍事基地の境界線を越えた! 速やかにこの場を離れてもらう! もしこれが聞き入れない場合は、実力を持って、排除に移る! 繰り返す!』
「舐めたことを言って……そんなの聞けるわけないじゃん。アタシ達は、戦争をしに来たんだからさ!」
基地からの警告を即刻無視した紅茜は操縦桿を前に押し出し、彼女が乗るヘパイスドラグは背面部のスラスターを噴射させ、そのまま直進していく。さらに、もう一つの飛行体が後を追っていった。
「目標、進路変えず! このまままっすぐ来ます!」
「! ただちに基地内に警報を発令! これは我々に敵対行動だ! 対空迎撃用意!」
「イエッサー!」
警告を無視された司令官は、すぐに目の前に現れる飛行体を敵として認定し、基地周辺にいる士官らに呼び掛ける。
さらに基地の外を監視しているディルオスに、格納庫に収納されていた同型機も含めて出動を掛け、いずれ来るであろう、その脅威を迎え撃つために集結させようとした。それは身に掛かる火の粉を振り払うための対処であり、一番的確な判断でもあった。
なぜなら、基地に訪れようとする脅威は、その判断が正しかったのだと思わざるを得ないものだからだ。だが、それは後に一番愚かしいものだと思い知らされることとなるのであった。
一方、ニルヴァ―ヌ学園の地下にある奇妙な空間に訪れたルーヴェ達。そこに集結していた教員達をルーヴェが追い詰めようとした時、彼の後ろにいたエルマにある異変が起きていた。それは、両目が青く輝いていることだった。
「これって……!」
「ウグッ……!」
「!」
奇妙な声が聞こえてきたことにルーヴェはその後ろに振り向く。同様にエルマやイーリィも振り向くとそこには、声の主であり、目元を抑えるルルの姿があった。
「ルル、どうしたの?」
「行くな! カーリャ!」
「!」
カーリャが顔を下に向けるルルに近寄ろうとするが、ルーヴェがなぜか待ったをかける。その彼の声に、カーリャをはじめ、イーリィまでも困惑した表情を浮かべた。
改めて教員達がいる方向に顔を向けたルーヴェ。右手に持っていた銃はしっかりと教員達に向けられていた。
「オイ」
「「「「「!」」」」」
「彼女達の記憶を消した、あるものを机に置け」
「何のことだ!?」
「とぼけるな。このふざけた部屋がある時点で、分からないわけがないだろ」
ルーヴェの話を誤魔化そうとする教員はニヤリと口元を歪める。それを微かに感じ取ったルーヴェは、表情を曇らせる。
「何をやっても無駄だ。お前達は今あることを忘れるだからな!」
「!」
銃を突き付けられた教員がポケットの中にあるスマホを取り出し、画面をルーヴェに突きつけ、強烈な光を見せる。ルーヴェやエルマ達も反射的に、左手で目を保護した。
強烈な光が消え、教員はスマホを再びポケットに入れる。教員達は余裕を取り戻したのか、悠然と前に出る。
「まさか、ここを突き止められるとはな……。何者かはどうでもいいが、我々を捕まえることなど無理なのだから――」
――ガシッ!
「!?」
前に出た教員の腕が別の腕に掴まれる。その腕とは、先程まで銃口を突き付けていたルーヴェの左腕だった。
「なるほどな……。ソイツを使って、生徒達の記憶を消していったわけだ」
「なっ……! なぜだ、なぜ平然としている!」
「少し、研究不足だったんじゃないのか?」
教員の腕を掴んだルーヴェは冷静に、銃口を再び教員の胸に押し付ける。その教員の後ろにいた者達も再び、動くことを止めざるを得なかった。目の前にいる少年は、記憶が消されなかったことに、不安が過ったのである。
だが、その影響を少なからず受けた者がこの場にいた。
「あれ? 私、何でここに?」
「? ?」
「ふ、二人共落ち着いて! っていうか、ルーヴェ君は何ともないの?」
イーリィとカーリャが自分達がいる空間を見渡す。ついさっきまでそのような行動をとっていたが、あからさまに知らない様子であり、記憶を操作されているのが見え見えである。
ところが、エルマは先程と変わらず、自我を持って二人を心配そうに近寄りつつ、光を間近に受けたルーヴェに声をかけた。
「ああ。君の言葉がヒントになったからな」
「え?」
「昨日、言ってたじゃないか。あの光を何度も浴びたにもかかわらず、記憶が元のままだってことに」
「!」
「ま、まさか!」
「俺達の記憶を消そうとしても、無駄だ。俺とエルマには、そういうのは効かない」
「!」
不意に出たルーヴェの言葉に、エルマは今まで記憶を保持できたことに納得がいった。記憶が消される以前に自分の身体に異変が起きていたから、他の生徒達のように記憶が消えなかったのである。何とも皮肉めいたことではあるが、今はそれに感謝するべきかもしれない。
「ホントなの!? それ……」
「アンタらが一部の生徒を〝転校〟させていったのは、俺らと同様の症状を持つ人物であることだ。まあ、アンタらを動かしている奴の指示なんだろうけど。でも、記憶操作が効かないことを知らなかったようだな」
「クッ……!」
「…………!」
ルーヴェの発言より、エルマはこう推測する。今まで一部の生徒が消えていったのは、転校したことを悟られること、事実を明らかにされることを恐れてのことだと。それは今までついていた嘘がバレることを意味していたのだ。
記憶操作を受けない人物がいれば、自ずと不安を撒き散らすことにも繋がる。邪魔になることはこの上ない。
「だとしたら、その人達は今……!?」
「……おそらくだが、身動きができない所にいるんじゃないのか? 例えば、一ヶ所に集められてとか……」
「だったら――」
「動かないで」
「!」
エルマが言い募ろうとしていた言葉が何者かに遮られ、彼女自身、喉元にナイフの刃を突き付けられ、身動きを取れなくされてしまう。そのナイフを手に持つ者の正体は、この場にいる者達にとっても聞き覚えのある声を持っていた。
「これ以上は追及しない方がいい。命が惜しければ」
「な、何で……?」
命の危険を晒され、体を動かせないエルマは首を回してその正体に目を移す。そこにいたのは、エルマ達と行動を共にしていた友人の、ルル・ヴィーダであった。
「ル、ルル? 何をして……?」
「じょ、冗談、だよね……?」
この場にいる目的を教員達によって、記憶ごと失われたイーリィ達は、ルーヴェが起こしている行動に、何一つ理解ができず、さらにはルルがエルマを捕らえるといった行動にも理解が追い付かなかった。
だが、彼女の行動に疑問を抱くと軽く声をかけて、意識を向けさせようとした。
「動かないで、って言っているでしょ。だから、ごっこ遊びは嫌いなのよ」
「なっ……⁉」
「ルル、あなた……!」
今までとは異なるルルの口調と、その豹変にイーリィとカーリャは困惑する。ルルに捕まっているエルマは、敵意を見せる視線で彼女を見る。しかし、ルルは表情を変えようとせず、ルーヴェに視線を移した。
「ルーヴェ・アッシュ、あなたも抵抗しないで頂戴。ここまで来たのは褒めてあげるけど、あなた達には自由なんかないのだから。まあ、皆忘れちゃうけど」
「「「「!」」」」
「アンタ……! ごっこ遊びとか言っていたけど、まさか、ただ面倒(めんど)くさかったって言うんじゃないだろうね……⁉ 返答次第では許さないわよ……!」
「だから、ホラ、エルマを離してあげて。何だか分からないけど、ここでのことは黙ってあげるからさ、ね?」
「…………」
友達を人質扱いするルルを見て、怒りのままに眉を吊り上げるイーリィは憤怒の感情が今にも爆発しそうな状態となっていた。
一方、その隣にいたカーリャは逆に冷静にルルを宥めようと媚びるような言葉をかける。状況からしてもあまり聞き入れることはないようにも見えるが、本人自身、抵抗することもできないため、こうして聞き入れようとするしかなかったのだ。
ところが、当の彼女は無言のままであり、その口が開くということは、言うなれば今までの関係が崩れる瞬間にもなり得る。それは友人としての関係に大きくヒビ割れることにもなり、それを避けたい気持ちはイーリィやエルマも同じであった。
だが、
「何言っているの? アンタ達に抵抗することなどできないって何度言ったら分かるの? それに、私はただ、アンタ達の友情ごっこに付き合っただけだから。ずっと見ていたけど、正直――うざい」
「‼ てめぇーー!」
ルルの一言にブチ切れたイーリィは拳を握り締め、ルルに向かって駆け出していき、拳を突き立てようとする。
しかし、ルルは捕まえたエルマをすぐに離し、左手でイーリィの腹にボディブローを叩きこむ。カウンターの要領で決まり、イーリィの右拳は残念ながら空を切ってしまう。さらには拳がみぞおちのところに入ったため、イーリィはまともに呼吸できず、そのまま後ろに引き下がり、重力に任せるように尻もちをついた。そこにカーリャが駆け寄る。
「……え?」
そのカーリャはイーリィを介抱しながらルルへ視線を向けると、何かに驚くかのような表情を取った。その視線の先にあったルルの瞳が紫から赤色に輝いていたのだ。
「何ですか、その……目の色は?」
「お前達が知る必要はない。これから忘れる者には」
「なるほどな。お前も、あっち側ということか」
「!」
ルーヴェの一言に、プレッシャーを感じたルルは意識を彼に向ける。銃口を向けたままではあるものの、瞳の青い輝きは失っている。だが、その視線はまっすぐに敵意を表すルルを突き刺していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます