地下
「今度は君から誘ってきたみたいだけど、何の用……って聞くまでもないか」
何かを尋ねるかのように答えたルーヴェは校舎の屋上に立っていた。それはなぜかというと、その向かい側にいるエルマに追及を迫られたからだ。そのエルマの後ろには、彼女と共に行動していたイーリィとカーリャもおり、後から合流したルルも含まれていた。
「昨日、あなたがくれたこのデータ、全部見させてもらったわ。……確かにとんでもないものを導き出したものね。もしこれが開発されたら、この国だけでなく、世界全体を救うことだってできる……。そうなんでしょ?」
「「「!?」」」
「……正解。アイツが言っていた通り、やはり気づくことができたようだな」
「…………」
ラヴェリアがまとめ上げた成果の意図をエルマが理解したことにルーヴェは嬉々とする。元々、彼もそのデータをこの学園に入る前に見ていたため、内容も当然、頭の中に入っているのである。
一方、二人を傍で見ていたイーリィ達三人はエルマの言葉に驚愕を覚える。その驚愕に耐え切れなかったのか互いの顔を見やっていた。
「さすが、ラヴェリアの娘ってところか。この前の授業なんて、君にとっては簡単なクイズだったんじゃないか?」
「それは……」
ルーヴェの皮肉にも取られるその言葉に、エルマの頭にあることが過った。
それは追悼が行われる前のある日、科学の授業にて問題を作った教師から提示されたエルマは教壇の前にて、ホワイトボードに書き込み始めた。彼女はあまりめったに見ない公式を使いながら、解答を出した。もちろん、問題は正解。
難しい問題だったにもかかわらず、しかも一切の手抜きもせず、微塵も公式が間違えることのない完璧な正解だった。
これには問題を出した教師を含め、その場にいたクラスメイトも驚くしかなく、自らの差を肌で感じた。間違いなく天才という言葉が最もふさわしいことに。
ただ一人、その力を目にして平静さを保っていたルーヴェは、エルマの実力の一端を目にし、たかがこれだけでも母親のラヴェリアとも劣らないものと感じていた。
「それでも、十分な特技には違いないさ。ただ、人材を欲しがる帝国としてはウェルカムだろうな」
「まあ……」
エルマは実母の活躍を引き取った先のヴァルダから、平民だった彼女が帝国の軍部にスカウトされたこともあると聞いていた。もっとも、ある人物の下で働いていたこともそうだが、その仲もあってか、自身を引き取ることを彼が了承した、とも彼が言っていた。どうやら、彼らとは長い付き合いだったのが窺える。
「そのデータがあれば、この都市と閉鎖区を隔てるあの壁を取り払うことも、あの化け物共を蹴散らすことも夢ではないさ」
「冗談が過ぎるよ……って言っても、確かにその通りかも。それを実現させる技術がこれに詰まっているもの。デッドレイウイルスを撃退するのに何年かかるって話を覆しかねない程にね」
実際、【ロードスの悲劇】から十年もかかって、未だにウイルスの鎮静の目処が立ってないと報道されている。だが、今エルマが持っているデータを基に、〝あるもの〟を完成させれば、すぐに脅威を取り除くのも可能であると、データが証明させている。
「でも、これは……」
「ああ。かなり危険なものだ。何しろ、普通ではない。それに……この学園にも関わっているものだからな」
「え?」
「前にも言っただろ? ある人物の転校の話。誰も覚えていないってことは、本当に忘れたか、あるいは、その記憶がなかったことにされているってことだ」
「!」
「「はあ!?」」
ルーヴェの言葉に、屋上のドアの近くにいたイーリィ達が声を上げる。信じられないその発言に思わず、声を出してしまったようだ。その二人がルーヴェ達の元に近寄る。
「記憶がなかったことに、って、どういうこと!?」
「要するに、記憶が消去されているってことだ。一斉に記憶がないと言っても、実感がわかないだろうけど、傍から見ればおかしくないか?」
「記憶を消去?」
イーリィ達の疑問にルーヴェは口を動かさず、目線をエルマに向ける。それを感じたエルマは、その意図を理解したのか、イーリィ達に向かってあることを言い出し始めた。
「覚えてない……よね。数か月前、一人の生徒がいなくなったこと。それで、体育館に集合させられて、何か黒服の人がいきなり光を見せたっていうか……」
「え……? そんなことがあったの?」
「知らない。そんなの、私達、知らないよ……」
「でも、彼女は覚えている。これは、何かに耐性を持っているということ。つまり、あの光は見せた相手の記憶の一部を消去させる働きがあるということだ。そういったことをこの学園は何度も行ったに違いない」
「そんな……」
何らかの異変があれば、その異変が起きた生徒をすぐさま〝転校〟させ、その生徒に関わる照明をなかったことにしてきたとルーヴェは推理する。もっとも、エルマが錯乱したということにも取れるのだが、彼はそんな疑いを向けようともしなかった。
「それに、あの姫様だって、同じことじゃないか?」
「?」
ルーヴェがいきなり誰かのことを言い出し始めたことにエルマは軽く首をかしげる。
「ほら、追悼に出ていた、ルヴィア―ナ皇女殿下だよ。元々、この学園に通ってたんじゃないのか?」
「う、うん……」
「え? 本当なの、それ!?」
イーリィが即時声を上げたことに、やはりその記憶もなかったことにされていることが目に見えた。学園が余計な記憶を消去することで、安定を図っていることがより明確となった。
「どうだったんだ? 彼女の印象は」
「綺麗、という言葉は足りない気がする……。何だか叶わないって感じで……しかも、あんな声を出せるって言うことも悔しく思えたっていうか……」
「そうか……」
確かにあの時のルヴィアーナは、見る者すべてを釘付けにしていた。尋常ではない美貌とその振る舞いは高貴たる存在であることをしっかりと証明させていたことに、誰もが気にせずにはいられなかったようだ。
イーリィ達もそれを思い出したのか、やはり女としても負けたかのような気分であることが目に見える。もっとも、ルーヴェも彼女の姿を見て、一瞬だけ我を忘れていた。
「学園に通っていた時も、皆から慕われたっていうか、誰も夢中にされたっていうのが記憶に残ってて……」
「「「…………」」」
エルマの言葉を聞いて、イーリィは過去にそんなことが起きていたのかと頭の中で思い返すものの、どれも記憶にはないと思い悩む。本当に忘れたのかと疑い始めた。
また、追悼にて姿を現したルヴィアーナを思い出して、だんだんと自分に自信を失っていくエルマ。自分との差を肌で感じており、当然彼女も気にせずにはいられなかったようだ。
それを見て、トーガはあることを話し出す。
「別に気にする必要ないんじゃないか? 美貌だとか美声だとか、それで比べるより別のもので試した方がいいだろ? 君には君にしかできないことがあるだろうし……」
「え……?」
「じゃなきゃ、アイツから手紙を寄越さないだろ?」
「…………!」
数時間前に読んだ手紙の内容を思い出したエルマは、自分が頼られているのだと自覚する。そして、彼女は鋭い目つきでルーヴェを見る。
「よし。皆、ついてこい」
「それって……」
「ここにいる全員に決まっているだろ。行くぞ」
「どこへ?」
「この学園の裏側に、だ」
エルマ達はルーヴェに促されるまま、屋上のドアを通り、再び校舎の中へと進んでいくのだった。
「ここが、シュナイダーの保管場所です」
シュナイダーの実務演習が行われる場所に、ガルディーニとメリアは理事長の案内で立ち寄っていた。そのシュナイダーの保管場所であるコンテナを、理事長が近くの壁に設置されたパネルを操作する。ロックが解除されると前を閉じていたシャッターが開かれ、中に光が差し込み、中の様子が露わとなった。
その中を二人は奥へと進み出し、周囲に視線を移す。
「旧世代の機体が民間の企業だけでなく、こんなところまで広まっているとは聞いていたが……。こうしてみると特に問題はないようだな……」
「まあ、あのシュナイダーがまさか、学生が操っているなど知れたら、我々の立場など価値そのものが消えてしまうだろう。それこそ笑い者だ」
「……確かにな」
シュナイダーを操縦するアドヴェンダーであると同時に、高い地位を持つ貴族でもある彼らにもプライドはあり、誇りとしている。
だが、明らかに自分達よりも若いレギルやエリスが皇帝の専属騎士という身分を獲得していることには嫌でも認めざるを得ない。何より彼らが自分達より実力が高いことを証明させているため、突っかかったとしても、返り討ちにされるだけである。
新しい世代が次々と追い抜くと言うが、このまま引き下がることなど彼らは許さないだろう。それこそ、プライドを自分で傷つけるようなものだ。
「……どうやらハズレのようだな。次に当たるとしよう」
「ええ。貴重な時間を使わせていただき、ありがとうございました」
「いえ、構いません。本日は学生達の休日でしたから、特に問題はありません。こちらこそ、ありがとうございました」
コンテナを確認した二人は、目的のものを発見できなかったことに至ると、すぐさま思考を切り替え、この場を含め、学園から去ろうとし始めた。
理事長は再びパネルを操作してシャッターを閉めると、なぜかため息をつき、演技のように閉じていた口元を歪めた。
「……いきなりこの場にやって来た時はヒヤリとしたが、何とか誤魔化せたようだな。まあ、しばらくはここに来ることはないだろう……」
そこには学園を取り仕舞う理事長の姿はなかった。あるのは、酷く歪んだ笑い。それが誰もいない空間に響くのだった。
学園の敷地の外に出たガルディーニ達は、校門の手前に停まっていたトラックに戻り、それぞれ前面に設置されたシートに座った。
「次のところに行くとするか。確か……」
「ガルディーニ卿。この学園、少し怪しいと思わなかったですか?」
「何……?」
「学園を案内させてもらっていた時、教員達の中に私が知る人物が何人かいたんです」
「見間違いではないのか。他人の空似でも……」
「いえ。あちらも、なぜかこちらを見ていました。しかも、我々をまるで敵として見ているような……」
「どういうことだ?」
「ガルディーニ卿は覚えていませんか? 我々が軍学校にいた時……」
この場を移動しようとしたその時、メリアが昔のことを切り出してきた。何でも、軍学校にいた時に顔を合わせた人物が、ここにいることを聞いたガルディーニは、彼女の言う通り、その時のことを思い浮かべる。
すると、その数人が学園で見かけた時の教員達の顔と被った。
「――思い出したぞ。お前が言っていたのは軍学校の同期の奴か。しかし、我らと同様に軍に所属されたあいつらが、なぜこんな辺境の土地に……?」
「自分もよくわかりません……。ですが、調べてみる価値はありそうですよ。今回の目的とは大分反れますが、この学園は少し怪しい気がしてなりません」
「……私としては、あまり関わりたくないが、お前は昔からそういう所に鋭いからな……。1回、すべて回った後に改めて皇宮で調べるとするか」
「ええ」
ガルディーニはメリアの言葉を受け止めつつ、トラックのエンジンを起動させ、別の調査する場所へとトラックを走らせた。しかし、彼らがまだ疑いを持っていることを、校舎の窓から校外にあるトラックを見つめていた教員達は知らずにいた。
やがて、ガルディーニとメリアはこの学園に潜むものを知ることとなる――。
屋上から校舎の中に入ったルーヴェ達は、先程ガルディーニ達が立ち寄った所でもある非常階段の近くに来ていた。
「何でここに?」
ルーヴェに促されるままついてきたエルマ達は、誰も人目に付かないところにこさせられたことに疑問を抱く。しかし、ルーヴェはそのまま階段を下りていき、彼女達もその後を追った。
「そもそも、誰にも見られたくない、知られたくないことは地下に隠すってのは、お約束なのさ。表に出せない行動は特に、な……」
「ふぅん……」
一つの組織を存続させるには、表だけでなく裏にも気を払う必要があり、特に人目に付かない裏の仕事を任せている輩も存在している。組織のトップが自身や組織にとって目障りだと思う人物を秘密裏に〝処理〟させていることもあるのだ。
組織が大きければ大きいほど、光を浴びた時に浮かび上がる影も濃くなるということだ。この学園にもそれが存在するということは、イーリィ達の記憶を消したのも、同様の組織ということになる。
ルーヴェ達が向かおうとしているのは、まさにその巣窟と言ってもおかしくなかった。
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