裏技

 ニルヴァーヌ学園とも、ガルヴァス皇宮とも異なる趣きのある空間。

 その大きな空間の一角には、ノズルや両側に壁が仕切られていて、それがいくつも並んでいる。個室用のシャワールームには違いないが、今使われているのか、その中の一つが熱によって浮かされた霧のようなものが立っていた。

 その中には黄金色の長髪を生やした女性が一人、全身をシャワーで浴びていた。シャワーの湯気で全体が分かりにくいが、背が高く、抜群のスタイルに加え、大人の雰囲気を醸し出しており、その透き通った肌を見ても、十分の魅力をもたらしている。

 彼女はシャワーを一通り浴びると左手で蛇口を動かしてお湯を止め、両手でその髪に濡れたお湯を払う。個室のドアが開かれると女性が中から出てきて、左横にある大きなドアまで歩き始める。

 彼女はドアの前に立ち、今度はその脇目にあるバスタオルを手に取り、バスタオルで体を拭きつつ、体に巻いて改めてドアを開けた。

 女性の目の前にあるその空間は、シャワールームより広くとっており、壁側にいくつもの箱が積み上げられたかのような形をしたものの中に、着替えが置かれている。

 もちろん、そこは着替え室であり、その服を着替える場所には彼女が着ていたとされる折り畳まれた制服が置いてあった。

 女性がそこに目が行くと制服がある着替え場所まで向かう。そして、先に身につける下着を着用した後、黒の生地に白のラインが入った制服を手に取り、そのまま身に包んだ。その制服は裾が膝まで伸びていて、背中に当たる部分には、ルーヴェたちが乗るアルティメスの象徴というべき黒い烏のマークがプリントされていた。

 その長い髪を茶色の髪留めで留めた後、鍔がついた帽子を、白い手袋を着けた左手で後ろを押さえながら右手で鍔を掴んで頭に被り、顔を上げると黄緑の瞳が現れる。その帽子を被った彼女、ハルディ・アクティーンは、ある組織の一人であることを証明させていた。

「……さて、行きますか」

 ハルディはシャワー室を後にし、自分が向かうべき場所に行くために悠然と歩を進めた。

 ドアが自動でニ枚に割れて両側に移動するとその先からハルディが現れ、ドアを通り抜ける。ドアの先には広い空間があり、そこに多数ものモニターが設置されていた。さらにモニターに向かい合うようにルーヴェと同じくらいの年齢を持つ少年少女と、それより上の若者たちもいた。そして、ハルディは正面にある椅子の頭に右手をかける。

「待たせてごめん」

「いえ」

「別に構えませんよ」

 ハルディが一言謝ると正面の巨大な窓の下で椅子に座る成人の男女二人が振り向いて声をかける。ここにいる若者らはオペレーターとして務めており、各国の状況の確認、およびルーヴェ達アドヴェンダーとの通信を担当していた。

 彼らもハルディと同じ黒の制服に身を包んでいるが、裾が上半身までしかなく、ラインの色が異なっていた。男性は制服に水色のラインが入り、下は長い丈のスラックスとなっていて、女性には上がピンクのライン、下はスカートを着用と、性別で判別できるようになっていた。これは彼らが同じ組織として成り立っていることを示唆していた。

 しかし、ハルディは男性と同じスラックスを着ており、彼らとは立場が異なることを証明していた。

 ちなみに彼らがいる場所は、ルーヴェが戦闘前に通信を出し、その相手が務めていた場所であり、その時は明かりがついていなかったのだが、現在は明かりがついており、全体がわかるようになっていた。その中にはルーヴェの通信相手をしていたオペレーターもいた。

 そして、ハルディが彼らに声をかける。

「彼(・)の調子はどうかしら?」

「大丈夫です。今のところは心配ありません」

「アルティメスも問題ありません」

 ハルディの問いに女性オペレーターがアルティメスを操縦するルーヴェのことを答え、その右隣の男性オペレーターもそのアルティメスの調子について答えた。

「そう。でも、特に彼には気をつけたほうがいいけど……」

「……わかっています」

 ハルディは目の前にある椅子に向かって歩きながら心配する様子で右の画面を見る。先程答えたオペレーターも返事する。その後、ハルディは手をかけた椅子に座り、右足を上にするように足を組む。

「あれから数日経っていますが、帝国の動きはありません」

「なら、そろそろこちらから動かないとね。次の手を撃つわ」

「では……」

「ええ、始めましょうか。私達の〝戦争〟を……!」

 オペレーター達がハルディに視線を向ける中で、彼女は怪しい笑みを浮かべるのだった。



「ルーヴェ君。一つ聞いてもいい?」

「何だ?」

「私達の記憶が消去されているって言っても、どうやったらそうなるの?」

「確か、人間の脳は目で見た情報をデータとして保存していると聞いたことがある」

「へえ……」

 ルーヴェの説明を聞いて、エルマも納得する。人間の脳は生物の中でも特に発達されているため、記憶に留める量も多い。だが、その記憶は日に日にアップデートを繰り返すわけであり、古い記憶は消去されていくのが一般の常識である。

 ところが、意図的に記憶の一部を消去させるということは、かなりリスクが伴う場合もあり、ふとしたきっかけで、唐突に思い出すことがある。いわば、フラッシュバックと呼ばれる現象だ。

「たとえ、その人自身が忘れたとしても、脳自体は忘れたわけじゃないから、その記憶は留まっているそうだ。もし記憶を消去させるなら、脳自体に干渉させるということだ。嫌なことがあれば、脳そのものが負担を掛けないようにわざと記憶をなくすということもあるらしい」

「ルーヴェ君、結構物知りだね」

「……ラヴェリアは、こういうことにも研究していたからな」

 元々、ラヴェリアはLKワクチンの開発に携わっていたため、人間の身体、すなわち脳に関することを知っていても不思議ではない。だが、何よりルーヴェ自身がそれに精通していることがカーリャにとって驚きであった。

「着いたぞ」

 ルーヴェが足を止めたその場所は、ブリッジまで続く非常階段のちょうど中間地点のところであった。なぜ、この場所に止まったのかエルマ達は疑問であった。

「…………」

 だが、ルルは無表情ながらも内心どこか焦りがあった。ポーカーフェイスを貫いているにもかかわらず、この場所に止まったのがまずいのだと思ったのだ。しかし、ここで口をはさむことは逆にルーヴェだけでなく、エルマ達にも疑われることになる。そのことを恐れて、彼女は口をはさむことをできずにいた。

 それは、からだった。

「でも、何もないよ? 後に続く階段しか……」

「いや、俺がここの存在を知った時には、扉のようなものがあったんだ。おそらく、ブリッジとは異なる空間に繋ぐためのものだ。こんな風にな……」

ルーヴェは右の壁に手を着けると、その一部が奥へと押し込まれ、その隣の大きな壁が右に移動し始めた。

「――――!」

「うそ……!」

 エルマ達の目の前に現れたのは壁ではなく、奥へと続く道。まさか、隠し扉があったのは思いもしなかったであろう。

「行くぞ。真実を確かめるためにな」

「……もちろん」

 我を失っていたエルマ達にルーヴェが先へ進もうと促すと、彼女達は我を取り戻す。

そして、意を決したルーヴェ達は、この学園に隠された真実をこの目で見ようと闇が広がる巣窟へと足を踏み出すのだった。


 隠し扉を通り、ブリッジとは異なる黒い空間の中を歩くルーヴェ達。そのルーヴェを除いたエルマ達はただただ、その異様さに圧倒されていた。

「まさか、学園の地下にこんなものが……」

「そう言えば、あの時って言っていたけど、何でこれがあるのを知ったの?」

「それは教員達がなぜか、非常階段のところに向かっていたのを見てな……。気になって後を尾けていってみたら、この空間を偶然発見したというわけだ。俺も最初は目を疑ったよ」

 このような空間を発見したことで、ルーヴェはこの学園が何らかの意図をもって、建てられていることを確信することができた。前段階か後付けでそうなったかは知らないが、疑わずにはいられないだろう。

「で、どこまで行くの? 大分歩いたと思うけど……」

「ああ。ちょうど、この辺りだ」

「?」

 目的の場所がここにあると告げるルーヴェは、左側の壁にあるパネルを発見する。その後にエルマ達もそれを目にした。

「何でこんなところに……?」

「おそらく暗証番号を入れて、この先へ通る仕組みとなっている。つまり、教員達がここを根城にしているってことだ」

「ちょっと待って。教員達がって、まさか私達の記憶を……」

「張本人ってことだ。おそらく軍も関わっているだろうな」

「まさか……」

 自分達の記憶を操作させられていることを怪しんだイーリィ達は、この学園の教員達がそれを行っていたことに衝撃を受ける。身近にいた人物が自分達を操っていたなど信じられないからだ。

「……けど、どうやって入るの? まさか、知らないってことはないよね……?」

「…………」

 暗証番号を入れることに疑問を感じたエルマの質問に、ルーヴェは口を閉ざしてしまう。どうやら、この先へ行くための番号を知らないことに、彼女は次第に焦りを感じていた。

「……裏技を使うとするか」

「裏技?」

 ルーヴェの一言に、誰もが彼の行動に目を向ける。すると、ルーヴェはパネルの前に手を置いた。

「!」

 ルーヴェの目が青く光り出し、パネルの画面が赤から緑に切り替わる。そして、彼らの前を遮っていた壁が勝手に横に開き出した。

「う、うそでしょ……」

「ホラ、行くぞ」

 非常階段と同様に、また隠し扉があったことにイーリィは度肝を抜かれたが、ルーヴェはさっさと彼女を含めたエルマ達四人に前に行くよう手で促した。そして、そのまま五人は扉の向こう側にある広い空間へ足を運んでいった。

 誰もいないはずなのに、明かりが灯る空間に足を踏み入れたイーリィ達は、目の前に映るものに驚きを見せた。

「な、何なの、これ!?」

「モニターとか、いっぱいなんだけど……!」

「…………」

 周囲がモニターだらけとなっているこの空間に、ルーヴェの後をついて来ていたカーリャとルルもさすがに驚くしかなかった。ましてや、地下にこのような空間があるとは思いもしないからだ。

「何だ、君達は!?」

「「「「!!」」」」

 そこに別の声が響く。それはこの場に彼らとは異なる人物がいることでもあるからだ。ルーヴェが視線を動かすと、そこには多数の大人達が椅子に座っていた。

「先生達……何をしているんですか?」

「いや……それは、その……」

「俺達を監視して、治安を維持していたって言い訳がつくでしょうけど、そんなの意味ありませんよ」

「クッ……」

 教員の一人がポケットに手を入れ、そこから何かを取り出そうとする。しかし、その手を一旦止めた。なぜなら、それよりも早く危機を察し、抵抗を無力化されたからだ。

 彼の目の前にルーヴェが銃を取り出して、銃口を教員達に向けていた。

「そのポケットにあるもの、そのテーブルの上に置いてもらいましょうか? ま、どうせ、俺らの記憶を消去させるものでしょうけど」

「!」

 教員達の反応を見て、ルーヴェは鎌をかけるために放った言葉が真実であることを確信する。さらに傍から見ていたエルマも、教員達の反応を見て、ルーヴェと同様にその確信に辿り着いた。

「信じられない……。あなたが言っていたことは本当だったというわけね……」

「ここ数日、誰かに見られているような感覚があったからな……。まさかと思っていたが、監視カメラでここにいる学生達の行動をモニターで見ていたってわけだ」

「「「…………」」」

 さっさと出せとルーヴェは頭を動かして、教員達にポケットの中身を取り出させるよう促す。教員達はその脅しに屈そうにもしなかったが、彼の目を見ても本気であることを理解すると促されるままに、スマホのようなものがテーブルに置かれた。

「さて、先生方。少し退場をさせてもらいますよ」

「ッ――――!」

 その時、教員の一人が飛び出してきた。その教員は男性で、大人の力でルーヴェを抑えつけようと上から被さってくるが、彼は右足でその男性教員の腹を強く蹴り込んだ。

「グァハッア!?」

 男は絶叫にもならない声を上げ、宙に舞う。ルーヴェはさらに右足で教員を蹴り込み、後ろにいる教員達へと蹴飛ばした。

「俺に勝てると思ったのか? 普通の人間である、貴様らに」

 その時、ルーヴェの瞳は隠し扉を開けた時と同様に、青く光り輝いていた。それを間近で見ていたエルマは、大の大人を片足で片付けたことに驚きを隠せなかった。

「…………」

「ど、どうなってるの? ってか、ルーヴェ君、つよ……」

 信じられないほどのルーヴェの強さにイーリィ達も驚きを隠せなかった。

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