疑心

「これは、ヴィハックの……記録?」

 エルマは表示されたファイルの内容に目を丸くなりながらも、カーソルを使って画面を下に動かしていく。すると気になるものがあったのか、画面の一部を拡大し、動画として張り付けられているものを再生してみると……

「………………え? 何……これ……」

 再生された動画の内容に、瞬きすらできなかったエルマはワナワナと体を震わせる。さらに彼女は驚きを通り越して、ただ呆然とするしかなかった。そこには信じられないものが映り込んでいたのだからだ。

 まさしくそれが、彼女の母がであることを――。


 学園の敷地外にある舗装された道路内に、一台の灰色のトラックが走ってきた。そのトラックは後ろに荷物の入った荷台をけん引しており、何かを運んでいるようにも見える。

 そのトラックが何かをどこかに運んでいる最中なら、このまま通り過ぎるはずである。しかし、トラックが学園と外を隔てる校門の前に近づくとスピードを緩めていき、校舎と向かい合うように停止させた。

 そして、運転席の窓が降り、中からは皇宮に向かっていたはずのガルディーニと、その隣の助手席にはメリアが乗っていた。彼らが見据える先は当然、学園の校舎だった。

「最初はここですか?」

「そうだ。私立ニルヴァーヌ学園、ここには研修用として最初に開発されたシュナイダーを保有していると聞いている」

「最初に開発された、あのグランレイを?」

「ああ。それにこれだけの広さなら、シュナイダーを隠すにはもってこいだからな。とりあえず、ここの責任者に事情を話してもらうとしよう」

「そうですね」

 彼らがここに訪れた目的は、ここがちょうど第三ゲートに通ずるブリッジを通る所であるからだ。その通る場所の上にたまたま学園が重なっていたのである。しかも、広大な敷地が存在するこの場所なら、ガルディーニの言う通り、隠れ蓑として使われている可能性も否定できなかった。

「しかし、ルヴィス殿下もよく許可をくれましたね。本来なら、突っ撥ねられるかと思いましたが……」

 メリアはルヴィスがこの調査を許可いただいてくれたことに、不思議そうな様子を見せていた。それは、数時間前のある出来事まで遡る。


「ブリッジの調査?」

 第三ゲートから戻ってきたガルディーニとメリアはすぐさまルヴィスがいる執務室に向かい、ブリッジの内部調査の申請をする。その申請を聞いて、ルヴィスは怪訝そうな顔をした。

「はい。先の出来事から、あの黒いシュナイダーがこの都市に潜伏しているのではないかと、我々は睨んでいます」

「……その根拠は?」

「これまでの出現や、先の戦闘の際に第三ゲートやブリッジが勝手に開かれたことを考慮した結果、奴は我々のすぐ近くにいるとしか考えられないのです。おまけに隠れる所はたくさんありますが、人目に付かずに移動するには、やはりブリッジを通るしかないかと」

「…………」

 ガルディーニの言い分に、向かい合うルヴィスは熟考する。あの時はタイタンウォールが勝手に解放されて冷静でいられはしなかったが、今はそんな様子も微塵も見せない。その考え抜いたルヴィスの答えは……

「しかしだな、そのブリッジが勝手に開いたことを調査することが、お前達の役目であってでな……そう簡単に許可するわけにはいかない」

「「!」」

「もちろん熟知しています。ですから……」

「……だが、お前達の言い分も分からなくもない。確かにブリッジには迷路のように広がっているから、中にはカメラにも映らないところもあるはず……」

 地下道を通るブリッジは、かなりの広さと奥行きが見えないほど長い。その上、いくつかのルートにも分かれているため、案内が表示されていない限り、正しく進むことはできない。それゆえに、隠れる所も多い。

 ガルディーニが言いたいことがそれではないかとルヴィスは推測する。そして、

「殿下……」

「分かった。この件については、お前達二人に一任させてもらう。それでいいな?」

「ありがとうございます」

 ルヴィスは二人の懇願を承諾することに至り、二人はニルヴァーヌ学園に向かったのだった。


「とりあえず中に入って、調べるぞ」

「イエッサー」

 ガルディーニ達はトラックから降り、そのまま授業のない休日を過ごす学園の敷地内に入っていく。

 だが、実は彼らの他にこの学園を怪しむ者が一人、先に動いていた。



 一方、薄暗い空間が広がる地下から地上に戻ってきたルーヴェは校舎の中を歩んでいた。

(学園の地下にこんな空洞があったとは……。ということはまさか、十年も前から……?)

 そもそも学園内には地下のブリッジへと通じる非常階段が設置されているのだが、実はそれとは異なる通路が存在していたのだ。明かりが少なくて年月までは分からないが、おそらく五年か経ってもおかしくもない。それを見つけたルーヴェはその通路を伝って、教員達が集まっていた秘密の空間に辿り着いたわけである。

 そこは校舎全体の地図には映ることがなく、使い道が存在しているとは思えないのだが、教員をはじめとする一部の者がその通路と同じ区画にある空間を含めて、何かしらの目的で造り出されたのではないかとルーヴェは睨んだ。

 実際、校舎にいるはずの彼らが一斉に集うことなどよくある話だ。ところが、なぜ地下で集まっているのかと考えてみると、理由はただ一つ、生徒達にも知られたくないものがあるからだ。それこそ、彼らが口に出していた〝抗体〟だろう。

 その〝抗体〟を持つとされるエルマを彼らが目を付けた以上、彼女に危機が迫ることはもはや考えるまでもない。その危機を感じたルーヴェはまっすぐにエルマの元へ急ごうとしていた。

「!」

 急いで廊下を歩くその最中、ルーヴェはある人物の姿を自身の視界の外ギリギリで捉え、ふと足を止める。彼はそのまま頭を右に向けるとそこに、エルマの友達の一人であるルルが壁に背中をつけていた。

「――はい。分かりました。では、これまで通りにということで……」

 ルルはスマホを片手に取りながら電話越しの相手に話しかける。いつもながら無表情である彼女だが、この時ばかりはどこか様子が違っていた。

 そして、通話を切り、スマホをポケットに仕舞ったルルはこの場を離れようとした時に、自身に目を向けていたルーヴェと鉢合わせすることとなった。そのルーヴェが彼女の傍に近寄ってくる。

「誰かに話しかけていたようだけど、もしかして君のご家族?」

「え、ええ。そうだけど」

「……そうか。なら、いいけど。邪魔したな」

「?」

 一方的に話しかけたまま、去り行くルーヴェの姿を見て、ルルは若干首をかしげる。

 そのルーヴェは歩みを進めながらポケットに入れていたスマホを取り、今度は自分がある人物に電話を繋ぎ始めるのだった。



 一方、メモリの中に潜ませていたデータをすべて閲覧したエルマはすぐにパソコンの電源を消し、パソコンを閉じる。そのまま本体に繋いでいたメモリを外し、大事そうにポーチに仕舞った後、学生寮を出た。

 その彼女が向かった先は学生寮の近くにある学園の校舎である。エルマはある人物の元に向かおうと足早に進めた。

(こんなとんでもないものを寄越したんだったら、その責任は取ってもらわないと……)

 先程まで閲覧していたデータの中に、信じられないものを目にした彼女は、なぜ自分に話したのか、改めて問い質そうとしていた。

 今でも信じられない様子ではあるが、直接聞かない限りその興奮は冷めることはないだろう。彼女自身、理解できないわけではないが、今動かずにはいられなかったのだ。

「!」

 エルマは目の先に、親しい中であるイーリィとカーリャを見つける。向こうも自分の存在が気づいたのか、カーリャが大きく手を振っていた。それを見て、何か閃いたエルマはすぐさま二人の元に近づくのだった。

「どうしたの? 何か忙しそうだったけど」

「ちょうどよかった。少し探したい人がいるの。手伝ってくれない?」

「「へ?」」



「――ということだ。少しの間邪魔してもらうぞ」

「……分かりました。では、こちらへ」

 その頃、学園に立ち寄ったガルディーニとメリアは理事長室にて椅子に腰を掛ける目の前にいる男に向かって今回の調査を説明していた。男も彼の言葉に了承し、すぐさま席を立ち上がった。

 立ち上がったその男とは、この学園の理事を任せている人物こと、ガラウス・バリフォークであり、ガルディーニが言う、責任者でもあった。その責任者はこの学園に尋ねてきた二人と共に、理事長室を後にし、非常階段へと足を進ませるのだった。

「しかし、軍の方がこの学園に立ち寄ることがあるということは、やはり余程のことが起きていることでしょうか?」

「別にそういうわけではない。今回の場合は、ただの調査と思っても構わないだけだ」

「そうですか……」

 理事長は今回のことについて話を進めていくと、特に悪いことではないと安堵する。そのまま非常階段がある所まで案内し、地下へと進んでいくとブリッジへと繋ぐ扉の近くまで辿り着いた。

「では、異常はないかごゆっくりしてください」

「そうさせてもらう」

 ガルディーニは理事長の案内で辿り着いた扉を開け、ブリッジへと足を進めた。

地上と同様に、普段の外と変わりなく広がるブリッジを見て、二人は茫然とする。だが、すぐに我に返るとその周辺を探り始めた。これだけ広い空間ならば、機体を隠すことはできる。また、ブリッジの明かりが少ない上に機体そのものが黒に染まっているため、視認もしにくい。

 その薄暗い空間の中を彼らは自分の目で確かめながら、自分達が追い求めるアルティメスを見つけようと手を動かし続けた。しかし、その成果は一向に得られることはできず、二人は諦めて扉の元へと引き返していった。どうやら読み違えたのだと理解するしかなかったようだ。

「今度はシュナイダーが保管している場所まで案内してもらいたい」

「分かりました。では、こちらへ……」

 成果を得られなかったガルディーニ達は手掛かりを求め、理事長に次の場所へ移動するよう指示すると、理事長は二人を案内し始めた。

 二人は意志を固めつつ、前に進む一方、案内を進める理事長は二人とは異なる考えを抱えていた。

(まさか、我々のことを探りに入れてきたのではないかと思っていたが、どうやら違ったか。なら、このままやり過ごせばいい……。なに、いざとなれば……)

 理事長は右のポケットに手を突っ込む。それはこの学園の責任者とは思えない、あまりにも歪んだ考えを表すものが入っていたのだ。それはすなわち、理事長も彼らと同類であることを意味していた。



 イーリィとカーリャの二人と合流したエルマは、三人で校舎の中を周っていた。

「でも、何で彼を探さないといけないの?」

「少し気になることがあってね。急ぎの用なの」

「え? それって……」

「自分の目で確かめないといけないことができたってことよ。彼にはその案内役とさせてもらう」

「「?」」

「…………」

 そう、彼女は自分の目で真実を確かめようと前に進み始める。その眼に迷いは存在していなかった。

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