追悼式典

 一方、ニルヴァ―ヌ学園では街中と同様に全校生徒に実施されたワクチン接種を終え、生徒達はそれぞれの教室に戻るとすぐに話を別の話題に切り替え、現在はそれに持ち切りとなっていた。

「追悼式典?」

「そ。十年前に起きた【ロードスの悲劇】から毎年この日に、この都市にて追悼式典を行っているの。知らないの?」

 教室内でエルマから声を掛けられたルーヴェが放った言葉に、彼女は本日行われる行事を説明する。

「いや、そりゃあ、知ってはいるけどさ……。この後すぐっていうのは……」

「分からなくはないよ。でも、毎年この日は必ず行われるって話よ」

「そうか……」

 彼女の説明を聞いてルーヴェは明後日の方向に顔を向ける。なぜか彼が神妙な顔つきになっていることにエルマは首を傾げた。

「どうしたの?」

「……もう十年も経つのかと思ってな……」

「……そうよね。この日が訪れるたびに思い出しちゃうっていうか……」

「…………」

 ――【ロードスの悲劇】。

 ガルヴァス人にとって、たくさんもの犠牲を出した忘れもしないその日。それがちょうどこの日を迎えていたのだ。

「しかし、わざわざこの日に調整するとはな……」

「まあ、命を大事にすることを意味してのものだと思うよ。お母さんも同じことを言っていたし……」

「命をね……」

 そもそも定期的に行われているワクチン接種だが、この日は国民にとっても大事な日であること、そして、過去に起きたあの日の記憶を忘れないようにするため、あえて調整させたのだろう。ウイルスが身分も地位も関係なく人類に脅威をもたらしたからだ。

 ルーヴェもまたその日を忘れたわけではない。だが、その後に起こったことなど彼にとってはが生まれていたため、彼にはよく分からないのだ。

 ただ、目の前にいるエルマやその後ろにいるイーリィ達が悲しそうな表情をしていることから、地獄と化した十年前から辛い日々を送っていることが言葉にせずとも理解できた。

 ワクチンが普及しない時代を生きてきただけあって、ルーヴェは彼らがここにいることはむしろ逞しさすら覚えるのだった。

「ところで、式典の主催は皇族がやるんだよな?」

「ええ。過去にも皇族の一人が代表として、式典の中央にある慰霊碑の前で追悼の言葉を添えているのよ」

「…………」

 エルマ達が感傷に浸った所をルーヴェは式典の詳細を求めるとエルマがそれを答える。それを聞いたルーヴェは腕を組みながら考え始める。するとイーリィ達も彼に倣うように考え始めた。

「そういえばさ、今年は誰がやるんだっけ?」

「確か、去年はルヴィス殿下が代表を務めてたんだよね? もしかして、今年もあの方が務めるんじゃないかな?」

「でも、確か皇族にはもう一人いたような気が……」

「「!」」

 ルルの何気ない一言がルーヴェとエルマを奮い立たせる。その二人の様子が変わったことを感じ取ったルルは二人を目やる。

「どうしたの? 二人共――」

 するとイーリィが彼女の視界に割り込んできて、驚いたからか思わず一歩後ろに下がった。

「本当なの⁉ その話って……!」

「! い、いや、何かそういう噂があるとかないとか、だけど……」

「あれ? 確か、その慰霊碑には王妃様や皇子様も含まれていたような気が……」

 イーリィに迫られたルルはたどたどしく自身が口にした言葉の理由を答える。だが、カーリャがそれに対する矛盾に気づき、眉をひそめた。

 すると今度はカーリャも参戦した状態でイーリィはさらに追及を始めるが――

「そこまで」

 そこにエルマが待ったをかけ、二人は動きを止めた。

「黙って聞いていたけど、完全に話の趣旨が変わっていたわよ? 一旦この話は後にして。いい?」

「でもさ、気になるとは思わないの?」

「そりゃあ、私も気になるけど、深く考える必要はないって。ホラ、そうこうしているうちに時間が来るわよ」

「「「時間?」」」

 エルマが言う時間とはもちろん、追悼式典が始まる時間である。彼女は顔を横に向け、三人に時計がある場所に目を移させる。

 スケジュールでは正午から式典が始まるように設定されている。今の時間は式典よりも三十分前の状態であり、しばらく経てばそれが始まる時間でもあった。

 それを示すかのようなアナウンスが絶妙なタイミングで学園中に響いた。

『今から三十分後に追悼式典が行われます。全校生徒は先生の指示に従い、ただちに体育館に集合してください。繰り返します、今から――』

「……バカ騒ぎは式典が終わってからにして、俺らも行くとしますか」

「そうね。あなたたちが気になっていることは式典で明らかになるし、今はあの放送通りにするわよ」

「「「……はい」」」

 イーリィ達三人が騒いでいたことがようやく収まるとルーヴェ達は教室を後にし、再び体育館へと足を運び始める。ただ、生徒達と混ざるようにルーヴェとエルマは足を動かしながらも、

(まさかとは思うが)

(今年は)

が出てくるのか?)(が出てくるかも……)

ある人物をシンクロするかのように急に思い浮かべるのだった。



 ワクチン接種が実施されてから少しだけ時間が経ち、正午を周ろうとしていた頃。

 学園から遠く離れた街中では、もう少しで恒例の行事が行われることもあって、街中を歩く市民らはこの日に限って動かし続けていた足を一旦止め、巨大なビルの壁に設置された大型のスクリーンに目を向けていた。

 しかも周囲には警備員や大型の車がいくつもあり、一般車を立ち入らせないように厳戒態勢をとっている。ここには自らの足で移動する市民だけだ。

 そして、ビルの電光板に映し出された時計が正午の十二時を周ると先程まで天気やニュースを映していた番組が、一斉に別の映像に切り替わる。そう、行われようとしているのは【ギャリア大戦】、そして【ロードスの悲劇】の十回忌、十回目の追悼式典だ。

 スクリーンに最初に映ったのは白い花。それがたくさんも飾られてあり、シンボルにも見えるように天高く伸ばす慰霊碑の前に置かれている。地面には赤の絨毯が敷かれているが、既に清掃していたのかホコリは一つも見当たらない。

 その慰霊碑の近くには、この国のトップとして君臨するガルヴァス皇帝ヴェルラと、その血を引く子孫であるガルヴァス皇族達を先頭に、その後ろには名高い貴族が横一列に並んでいる。

 どれもその身分に相応しい、高貴な装飾が施された正装を身に着けているが、これから行われることを考えるとなると、そんなに目立つような服装ではなく、また彼らの表情はどこか堅苦しさがあり、どこか寂し気な感情が顔から出ていた。

 それは彼らにとっても誇らしき人物を失ったこと、そして国全体が受けた大きな傷にまだ受け止めて切れていないことである。

 その彼らを見下ろすその慰霊碑は何事も言葉を発することもなく、ただ今の彼らを悲劇があった時の姿として映し出す巨大な鏡のごとく立ちはだかるのだった。



 これから行われる恒例の式典を、この国の人間を含めた世界中の人々が様々な思いを抱えつつ口を噤んだまま、家のテレビや街角で見かけるスクリーンなどに映るそれに釘付けとなっていた。

「…………」

 その中で明かりを点けないまま、今テレビなどで映っている映像と同じ画質のモニターにて、レンズの奥にあるその瞳にしかと焼き付ける者がいた。

「……あれから十年か。いつもながらだけど、長いわね……」

 その空間内で、ラヴェリア・ベルティーネは目の位置にかけていた眼鏡を外し、かわりに右手で目元を抑える。そして、惨劇があった過去を思い返した。

『お願い、返事をして! ねえ、ねえ、ったら! お願いよ! 頼むから、返事をして……! 私達を置いていかないで……! あああぁーー‼』

 それはかつてに、両目から大量の涙が溢れ、立ち直ることすら困難な絶望に見舞われていた、忘れもしない悲しい記憶だ。

 その記憶は時が経とうとも、今でも当時逆行するがごとく蘇ってくる。彼女はその日が来るたびに涙していたそうだ。そして、部屋の片隅に置かれた写真立てを見て、ラヴェリアの目に悲壮に包まれた雫が今も零れていた。

 ただ、彼女に寄り添う者はこの部屋には誰一人としているはずがなかった。なぜなら、ラヴェリアにはもう、愛する人はこの世にはいないのだから……。



 ニルヴァ―ヌ学園の隣接する体育館では、学園に通う数百人もの生徒達と彼らを養う教員達が建物の空間全体に敷き詰められていた。

 生徒達の中にはルーヴェやエルマを含んだ高等部の生徒に加え、中等部、そして初等部の生徒も全員、体育館に集結している。彼らが見据えるその先には、ステージの上に設置された巨大モニターがあり、そこに街角のものと同じ追悼式典の映像が映し出されていた。

「「…………」」

 モニターを見据える生徒達が様々な思いを巡らせる中、ルーヴェとエルマもまた、同様であった。

 父を亡くし、その数日後に自分一人を置いてこの国から姿を消した母。二人の親を失ったエルマにとっては、この日は忌まわしき日でもあった。思い出されるのは父の墓参りだ。だが、そこには母の姿はなく、何度訪れようとも姿を現さなかった。

 しかし、その墓の前にあったのは自分達よりも先に献花された花束だけだ。それを置いたのは誰なのかはエルマには分かり切っていた。

(いったい何をしているの、お母さん……どうして、私の前に現れてくれないの……?)

 でも、一回も連絡も寄越さない、そんな関係が十年も続く中、娘である彼女には少し複雑な気分が入り混じり続けるのだった。

 一方、列を作る生徒達に混じるルーヴェもまた、式典が映し出されるモニターを見て、何とも言えない表情をしていた。

(…………)

 心の中で放ったその言葉は、まるでかのような言葉だ。その言葉の意味に何があるかは、ここにいる彼自身にしか分からない。

 母に対する思い。自身に対する思い。両方とも複雑な思いを抱える二人が見つめる中、式典は行われた。



 慰霊碑の前に立てられたマイクスタンドの前にルヴィスの配下であるケヴィルが近寄り、一歩引くような姿勢で口を動かした。

『これより【ギャリア大戦】および、【ロードスの悲劇】の追悼式典を行います。では、私から挨拶を……』

 ケヴィルの挨拶は、この国を誇りに持つ者、恨む者、この国の劣情を憂う者すべての耳に入っていく。どれも正しく、聞こえのいい言葉が紡がれ、人々の精神に刷り込まれる。

 ただ、それを認めぬ者も少なからず、敵意を隠したまま射抜かんと視線を動かそうとしない。このガルヴァス帝国には敵が外側にもにもいるからだ。

 その挨拶が終わると、ケヴィルは予定されていたスケジュールの一つである追悼の言葉を伝える人物の名を出した。

「では、ルヴィアーナ・カルディッド・ガルヴァス皇女殿下、追悼の言葉をお願い致します」

「はい」

「「⁉」」

 ケヴィルの呼びかけに若さと清らかさを持った少女の声が周囲に響くと、横一列で並ぶ皇族達の中から銀色の髪を生やした少女が彼らよりも一歩先に前に出る。

 彼の口から出たその名前に学園にいたルーヴェとエルマ、そして一部の生徒達が騒ぎ出す。エルマは思いがけないその名前に多少驚き、一方、ルーヴェはその驚きを飲み込みつつ視線をモニターに焼き付けていた。

 そのモニターの先にいるケヴィルは恭しく頭を下げて後ろに下がると少女は慰霊碑に赴いた。その少女の姿をモニターに捉えると、

「「「「「「!」」」」」」

 見る者すべてが驚きを隠すことはできなかった。それは、少女の全容があまりにもからだ。

 輝かしいまでの銀色の髪とそれに合わせた色が目立つドレス。見ただけでも一目惚れしそうな美貌と宝石のような蒼玉の瞳。まるで月の輝きが浮き出る美しさを身に宿した少女であり、まさしく人を導く皇族に相応しい。

 さらに流水のようなその歩みには気品さを感じ、どの色にも染まることすらないその姿は、まるで絵本やおとぎ話に出てくるお姫様である。

 ただ一つ、気になることがあるとすれば、その顔つきがどこか彼女と同じ蒼い瞳を持つ少年と似ていることだけだ。そう言われてみるとその面影を感じられる。

 緩やかに、上品に足を運ぶ彼女から発せられる雰囲気に、貴族達の視線は彼女に釘付けとなり、頬を赤く染める。本来なら以前から対面し、見慣れていたはずなのに、やけに一段と美しく見えてしまったことが原因だろう。

 相手を自分の虜にしてしまうその振る舞いは、間違いなく魅了という言葉が一番あてはまる。もっとも、彼女にその自覚はないのだが。

 それを画面越しに見る人々も、「え……」や「あの人、誰?」など素朴な疑問が思わず口にしてしまいそうな雰囲気が周囲を支配していた。

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