ガルヴァス皇族
ガルヴァス皇宮の眼下に捉える首都レヴィアント。
その街中を大勢もの市民が行き交う中、一人の若者が足を止め、空を見上げる。その眼には一つの飛行物体が小さく映った。
地上からかなりの高度で空を行くその大型の飛行物体は高度を維持したまま、ゆったりとしたスピードで都市を形成する複数のビルを真下に捉えつつ、まっすぐ皇宮へと進路を取っていた。
その飛行物体の正体は間違いなく、かなりの重量のものを積載できる大型の飛行艇だった。
飛行艇の形から、色は異なるが、先日レギルやキールが乗っていたとされる飛行艇と同型のものだ。その下には物資を搬入するためのシャッターのようなものがあり、何かを運んでいるのは明らかだ。
ただ、この飛行艇がその物資を運ぶという役割を持っているように思えるだろう。ところが、それを主に役割を果たしているわけではなく、二の次である。それはこの飛行艇に乗っている人物に理由があった。
飛行艇に配置された窓のある客席に、複数もの人々が一同に集まるかのように座っている。ただ、空席の数が多く、座席に座っているのもたった数人しかいない。だが、その人物達は一般人や軍人のとは思えない派手な服装であり、独特の雰囲気を周囲に醸し出している。
また、普通のとは違う装飾が所々に施されており、その服を身に着けていることから、身分の高い人物であることは明瞭であった。
「久しぶりに戻ってきたな……。我が生家に……」
「今頃、あの方々も迎えに出ている頃でしょう。皇女殿下も、早く会いたいのでは?」
「フン……今日だからこそ、会いに行くだけだ。そんな期待など、この私がするわけがないだろ?」
「は、はあ……」
客席に悠然と腰を掛ける一人の女性が、飛行艇が向かうこの先を憂うかのように、無意識に呟いた。
それを反対側の席に座る一人の青年が、その隣にいる彼女が喜ぶであろう良い情報を、目上を敬うように伝える。ところが、当の本人は期待すらかけていなかったようであり、彼女の答えを聞いた青年は思わず声を詰まらす。
「だけど、彼らがまだ生きているなら、一回会うべきだと私は思うがね。これまでだって離れながらも通信で顔を合わせてきたけど、こうしてこの目で見るのが一番じゃないのか?」
「そ、それは……」
「大事な家族でもあるんだ。それに、この日は我々にとっても特別な日だから、その発言はあまり口にしてはいけないよ」
「…………」
それを女性の前に座る一人の男が諭すように言葉を口にする。さらに軽く咎めた言葉を付け加えると女性は逆らえないのか、ただ押し黙るしかなく、彼女の隣にいた青年も自然と口を閉ざしていた。
静寂が広がる中、金髪の青年はあることを思案していた。
(皇宮に戻ってきたら、父上に伝えなければならないな……。ただ、それを受け止めてくれるかどうか……)
――ポーン!
そこに彼らが乗る客席に楽器のような音が入ってきた。皆それに注目する。
『皆様、皇宮が見えてきました。これより着陸態勢に入ります。トラブルが発生しないよう、こちらも気を払います』
客席から離れた操縦席に乗る機長らが客席に向かってアナウンスを入れると、機体の高度を今の状態から少しずつ低く入っていった。
高度を下げた飛行艇が長い滑走路の中に入り、機体の下部から展開された四つの車輪が地面に触れるとスピードを落としながらそのまま滑走し続け、最後は滑走路の初めの場所まで自走するに至った。
飛行艇が所定の位置に停まるとすぐに梯子やスロープが取り付けられたタラップ車が駆け付けてきて、飛行艇の側面に位置する開閉ドアにタラップを上げた。
そのタラップとドッキングするとドアが開き、中から金髪の男性が最初に出てきた。その後には紫色の髪を持つ女性、その後ろには複数の青年など客室にいた人物全員がまとめてタラップに足を踏み入れた。
その彼らを皇宮に来させることが飛行艇の本来の目的のようだ。つまり、この飛行艇はレヴィアントとは別の首都に位置するルビアンからやって来たということを意味する。
全員が滑走路に立つとその近くにガルヴァス皇族の金髪の青年ことルヴィス、銀髪の少女であるルヴィアーナがやって来た。
「よくお戻りになられました。ラドルス義兄上、ヴェルジュ義姉上」
「なあに、特に危険なことなど起こらなかっただけさ。今日だからこそ、ここに戻ってきたのだからね」
「そうですか。ありがとうございます」
二人が畏まって、話をしている男性は、ラドルス・ライドゥル・ガルヴァス。皇帝ヴェルラの息子ことガルヴァス帝国第一皇子だ。彼の近くに訪れた二人と比べても、ラドルスの方が一番身長が高く、一目だけでも兄であることが理解できる。
彼は皇帝の本妻から産まれた実子であり、同じ皇族である二人や周りの者からも尊敬されていることもあって、次期皇帝として着目されているのだ。
そのラドルスの後ろからルヴィス達より背の高い紫色の髪を持つ女性が出てきた。
「まあ、お前達に心配されるようなものではないということだ。父上の専属騎士を寄越しただけでもありがたいと思えばいい。違うか?」
「「い……いえ」」
女性が現れるとルヴィスとルヴィアーナが若干引くような感じとなり、一歩後退る。その高圧的な態度を取る女性は、ラドルスと同じく第一皇女ことヴェルジュ・クルディア・ガルヴァス、すなわちルヴィスとルヴィアーナの姉にして、隣にいるラドルスの一番目の妹である。
弟妹を前にしても彼女はその態度を崩そうともせず、逆に弟妹二人は額に汗を浮かばせており、先程とは対応が全く異なる。
その態度を取るヴェルジュの肩にラドルスの手が軽く置かれた。
「まあまあ。せっかく会いに来たんだから、これくらいにしておくべきだよ。あの人達の前に立つのだからさ……」
「! は、はい……」
またもラドルスが諭すような言葉を口にするとヴェルジュは肩の力を抜き、さっさとその場を離れていった。どうやら義兄には逆らうことができないようだ。
「ヴェルジュ殿下! お待ちを……!」
その後を一人の青年こと、彼女の専属の騎士であるヴェリオット・ラーガンが付いてきて、共に皇宮内へと姿を消していった。
「済まないね。二人共」
「いえ。こういうの、慣れてますし……」
「そうですよ。それに、こうして会いに来てくれましたから……」
「……さて、我々も行こう。初めに父上に顔を見せないとね……」
「「はい」」
ラドルスは二人を引き連れるようにこの場を離れようと足を動かし始める。しかし、何か頭に浮かんだのか、一旦動きを止めた。
「君達も一度父上に顔を合わせるといい。その後はゆっくり休みたまえ」
「「「イエッサー!」」」
彼が振り向いて声をかけたのは、共に客席に座っていた青年達だ。その中には女性も含まれているものの、羽織っている服は白一色に統一されており、その中に着ている服はそれぞれ異なっている。
よく見ると皇宮に訪れてきた頃のレギルと同じ格好であり、彼らはこの場にいる軍人とは異なる地位を持っていることは明らかだ。その彼らもラドルス達の元に近づいてくる。
そして、ラドルスはこの場にいた士官らに飛行艇に積まれた荷物を運ぶよう指示を行うと彼ら三人の元に一人の青年が近づいてくる。
「では参りましょうか。ヴェルジュ殿下も陛下もさすがにお待ちになりますので……」
「そうだったね。では改めて……」
彼の名はアイオス・ハンプトン。
ルビアンにて彼の補佐をする人物であり、少なくともこの皇宮に留まっているガルディーニやキールよりも高い伯爵の爵位を有する。
その彼に促されたラドルスは再び足を動かし始めると、ルヴィス達と共にようやく皇宮内へと進んでいくのだった。
皇宮内に戻ってきたラドルスとヴェルジュが向かった先は彼らの父こと皇帝ヴェルラの元である。そのヴェルラがいる場所は、皇族や貴族が一斉に集まっても広さを持つ【謁見の間】だ。
その謁見の間は、皇宮の上階にあたる一画に位置しており、使われることはあまり少なくない。他国の代表との会議でもこの一画が使用されていることが多々ある。
豪華な装飾が施された金色の椅子が数段もの階段の上に否応なく目立っており、地位や身分よりも人の上に立つという、いかにもな見下ろしが多分に含まれている。この椅子に座るのはこの国を背負うリーダー、ただ一人だ。
今この場にいるのは、皇帝をはじめとする、高貴な血を持つガルヴァス皇族、ケヴィルなどのその皇族の補佐を務める者や皇帝に実力を認められ、貴族よりも高い地位を築かせたレギルを含めた専属騎士達もこの場にいる。
このことから、その皇族と結びつく者達が一同に集結していた。
皇族達が立つその場所よりも高い場所にある椅子に深く座るヴェルラの足元から敷かれた赤い絨毯の先から一直線上に映る一つの扉との間に二人は皇帝の前で膝をついていた。
「第一皇子ラドルス・ラウディ・ガルヴァス」
「同じく第一皇女ヴェルジュ・クルディア・ガルヴァス」
「「皇帝陛下専属騎士二名と共に、ここに帰還いたしました」」
「うむ。顔を上げろ」
二人が顔を下に向けたまま皇帝に挨拶すると、ヴェルラは顔を上げるように促し、二人はそれに添うように顔を上げた。
「お前達がここに戻ってきた理由、分かるな?」
「ハッ! この日こそが、かつてこの国、いや世界中が混沌に陥った忌まわしき日を弔うためであります。毎年行われてきましたが、私は一日たりともこの日を忘れたことはありません」
ヴェルラから言い渡された言葉にラドルスは丁寧に答える。
聡明で、人々の心に深く刻まれた傷を受け止めつつ、前に進むその姿勢にこの場にいる誰もがそれに感心するだろう。この男の器の大きさが垣間見える。
「……ヴェルジュは?」
「義兄上と同じ思いでございます。ですが、その感傷に浸れるほど、我々には余裕などありません。あの化け物との戦いも月日が経つたびに激しくなる一方であり、私自身も時折、戦に呑まれてしまうこともあります」
「!」
一方、ヴェルジュは義兄とは異なり、少し自傷するような言動が目立つ。その前にも彼女を含めた自国の現状を嘆くような言葉も口に出しており、自身を悲観的に捉えていた。
彼女の近くにいたルヴィアーナも、いつもの義姉ではないその弱音に違和感を覚えた。
「そうか。まだまだ精進が足りぬということか……」
「仰る通りかと……!」
同じようにそれを耳にした皇帝は、少し眉をひそめながらも彼女の言葉を軽く受け止め、それを則ったかのような言葉を述べるとヴェルジュも否定もせず、ただ受け止めた。
「陛下。折り入ってですが、私から一つご相談があります」
「? 何だ?」
「……今から私が伝えることは、この国を大きく揺るがしてしまうこととなりますが……よろしいでしょうか?」
「……言いたいことがあるのなら、申してみよ」
「分かりました」
ヴェルラからの発言の許可を頂いたラドルスは、改めて自身の身長よりも上の場所に座る父に、あることを伝えた。
彼の言葉が続くたびにこの謁見の間にいる全員が次第に目を大きく開かせる。ラドルスが考えていることは、それはまさしく自国を揺るがしかねない重大なことであった。
時を同じくして皇宮の近くに位置する格納庫内では、滑走路に停めた飛行艇の積載場から搬入されたものをトレーラーなどで運搬していた。
その格納庫内に取り付けられているデッキにあるものが収められる。その近くに怪しい笑いをする青年が立っていた。
「キシシシ……まあた、専属騎士様のシュナイダーがやってくるとは……!」
「主任。この場合は戻ってきたのが正解ではないのですか? あれらは主任がお造りになられてものでしょう?」
「ハハッ、そうだった、そうだったね~。でも、こうして集まったのは何ともいいことだと思うがね~」
あっけからんとした口調で話すシュナイダーの開発主任ことキール・アスガータは、目の前にあるシュナイダーにご執心だった。
それもそのはず、彼とその部下であるラット・グラジルが開発に携わった機体がズラリと並んでいたのだからだ。
ピンクという派手な色に塗られた大柄な機体に、戦闘機に似た羽を背中に持つ灰色の機体など、どれも個性的な形状をしており、搭乗するアドヴェンダーに合わせてか色もバラバラとなっている。その中にはレギルが操縦するヴィルギルトも含まれていた。
「これで我が軍の戦力が揃ったということですか」
「まあ、僕が開発したシュナイダーと陛下の専属騎士が加われば、他国もうかつに手を出してこないよ」
「そうですね……」
飛行艇から運搬された数機のシュナイダーを前にして、キールは皮肉った言動をする。ラットもそれに同意するものの、専属騎士が乗る機体を前にして彼はどこか少し感情のない仏頂面をするのだった。
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