責任

「…………!」

 ニルヴァ―ヌ学園の体育館にある大型モニターから映し出されるルヴィアーナを見ていた学生達が「……綺麗」とポロっと口にあるものを零すかのように呟く。

 さらにはあまりにも優れた美貌の前に見とれてしまう者もおり、自我を失う様子もあった。その心中は穏やかではなく、誰もが声を漏らす中でエルマは言葉すら出てこなかった。

 だが、彼女は目の前にいる人物が今行おうとしていることを目にして、すぐに冷静さを取り戻す。もちろん、ルーヴェも冷静に彼女を見つめていた。

 絶世の美貌を持つルヴィアーナを見て、誰もが心を奪われた。その魅力は機械で正確に測れるものではなく、もしかしたら、世界が彼女にひれ伏してしまうことがあるかもしれない。

 ここまでの美しさを持った少女を見るのはもちろん初めてではあるが、同じ女性でも羨ましいものであると同時に、妬ましいものでもあった。モデルとしての完成度は世界中でもトップクラスに入るだろう。

 ちなみにこの挨拶は年々、皇族の一人が担当しているが、今回は彼女がそれを担当するようだ。本来なら死を悼むためのものなのだが、まるで彼女のお披露目のようなものに彩られる結果となってしまった。

「…………」

 ルヴィアーナを見ていた市民らは画面に映る彼女から目を逸らさないまま息を強く飲む。その一挙手一投足が気になってしょうがないからだ。

 実際、彼女が表舞台に立つのは、これが最初であり、緊張することは間違いないだろう。それなのに、この落ち着き様はさすが皇族だということだ。もっとも、当の本人はどういう気持ちなのかは本人にしか分からない。

 ルヴィアーナが慰霊碑まで足を運ぶとその前にはマイクが取り付けられたスタンドがあった。また、その下には慰霊碑までの道のりが続く赤い絨毯が敷かれているものの、慰霊碑に添えられた白い花まで途切れている。そこはまるで死者と生者の切れ目にも見える。

 そのマイクスタンドの前に立ったルヴィアーナ。真剣な表情を表に出す彼女にはある思いを抱えていた。


「まさか、姫様にこのような役目が来ることになろうとは……時代は早いですね」

「いえ、ようやく回ってきたということです。これは、私が負うべき責任なのです」

「そう……ですね」

 追悼式典が行われる数時間前、ルヴィアーナとノーティスは鏡の前で身なりを整えていた。ノーティスがルヴィアーナの美しい髪を髪串で解いている最中だ。髪串で解いていてもその美しさは変わらない。

「それに……この私の姿をあの人達に見せてやりたかった。一緒に過ごしたあの時間がもう消えたとしても、この姿はお兄様にもお喜びになられると、あなたはそう思いませんか? ノーティス」

「……はい。実はというと、私もそれを心の中で待ち望んでいました。ですが、もしかしたらきっと見てくれると思います」

 ルヴィアーナが本音を切り出すと続けてノーティスも本音を口にする。二人が思う人物は既におらず、もう会えないことを嘆いていた。その人物とは、彼らにとっても大事な存在なのだ。

 しかし、彼らはその悲しみを受け止め、前を進もうとさっさと衣装合わせをし、現在まで間に合わせた。

 そして、覚悟を決めた皇女は目の前にあるマイクに向かって口を開いた。

『私(わたくし)はガルヴァス帝国第二皇女、ルヴィアーナ・カルディッド・ガルヴァス。今回の答辞を行うこととなりました。かつて世界中の各国を巻き込んだ【ギャリア大戦】、そしてたくさんの人々を亡くした【ロードスの悲劇】から十年が経ちました。現在も、その爪痕は残っており、この地、いやタイタンウォールという殻の中で暮らす皆さんにとっては、苦しいものだと思っております。十年経った今でも、【デッドレイウイルス】の脅威は続いていますが、もうじき解放されようとしています。このガルヴァス帝国の立場は未だに厳しいものですが、どうか皆様のお力を添えればよろしいと願っております』

 彼女の言葉には、過去の惨劇の振り返り、現在の暮らしの窮屈さ、そして未来への回帰といったものがすべて込められていた。

 純粋という名の聡明さが広がる美声を持つ彼女の言葉に誰もが息を飲み、静かに耳を傾けていた。先程のケヴィルの発言とは明らかに言葉の重みが違う。

 ガルヴァス帝国の生まれと言っていいのかと思うぐらいの慎ましさに、国民らは違う意味で度肝を抜いたであろう。

 ルヴィアーナがその言葉を終え、深く慰霊碑に頭を下げると画面越しに見ていた市民らも、自然とパチパチと拍手をしていた。

 そして、彼女がまた口を開く。

『黙祷』

「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」

 鎮魂を表すその言葉に、近くで聞いていたヴェルラを含む皇族も、大きくせり出す慰霊碑をスクリーン越しで見ている市民も一斉に言葉を噤み、目を閉じる。息を殺したその沈黙は一分間続いた。

 一分が過ぎるとルヴィアーナは閉じていた瞼を開け、もう一度深く頭を下げるとまたも人々から喝采が起きる。この放送を見ていた他国の人々も、我を忘れて両手を叩いていた。

 そして、ルヴィアーナが慰霊碑から立ち去る。その間でも喝采は止まず、彼女を出迎える。人々はルヴィアーナの魅力の余韻に浸っていた。まさにミツバチのごとく。その余韻が消えると市民はようやく自我を取り戻し、自分達が向かう場所へ歩み始める。

 これでこの番組は終わろうとしていた。しかし、この放送はまだ続いており、画面は切り替わることはなかった。

 本来なら、いつも通りのニュース番組を放送するはずだ。しかし、画面は変わらず、放送され続けている。そのことにルーヴェは疑いの目を向けた。

 毎年行われている追悼は当然、ルーヴェも見ている。もしスケジュール通りならば、この画面は映し出されることはない。それでも映し出されていることはまだ何かあるということだ。ルーヴェの目が鋭くモニターを捉える。

 するとケヴィルが前に出て来て、再びマイクスタンドに向けて言葉を放った。

『これからのことですが、皇帝陛下からお言葉があります。皆様は引き続き、その場を立ち去らずに耳を傾けてください』

 彼の言葉にすべての人間は不思議そうに顔をかしげる。その中で鋭く視線を貫き続ける者は、ある一つの可能性を閃くのだった。

「「まさか……!」」

『今この場にいる全員に伝えておかなければならないことがある! これを見るがいい!』

 突然ヴェルラが言い出したことにこの国全員が戸惑う中、急に映し出された追悼式典のスクリーンにある画像が映し出された。

 それは、閉鎖区に蠢く怪物、ヴィハックだ。

 そのヴィハックを帝国が開発したシュナイダー、ディルオスが立ち向かっている。それぞれがぶつかり合い、相手が絶命するまでの命の削り合いを続けていた。どれも過去に起こった映像だ。

「何だよ、アレ!」

「キャアアア! 化け物よ!」

「オイ! アレ、シュナイダーじゃないのか!?」

 その映像を見た市民らは一斉に悲鳴を上げ始める。初めて見るその映像に初めはアニメか実写じゃないかと疑った。だが、皇帝はその騒ぎを耳に貸そうともせず、演説を続ける。

「これは、我が国の領土の一部であるロードスを乗っ取った怪物、通称、ヴィハックだ! この化け物共が初めて確認されたのはこの十年も前の話である! もちろん、わが国だけでなく他国に出没しており、それに対応を取られていたのだ! だが、この国の安全を考慮して、貴君らに言わずにいたことは申し訳ないことだと思っている! しかし、我々はあの化け物に対抗するための手段、機動兵器ことシュナイダーで奴らに奪われたロードスを取り戻すため、現在もそれに携わっている! 今このタイミングで発表したのは、貴君らが長年をかけて立ち上がった時を見計らってのことだ! それを理解してほしい! この場には我が国を守護する専属騎士も集結している! 我々は閉鎖区と化したロードスを、あの化け物共から必ず取り戻すことを誓う!」

 ヴェルラの強い迫力を持った演説に言葉を失った市民。我を取り戻すと無意識に拍手を行い、喝采が広がっていく。皇族や貴族らも拍手をし、皇帝を崇めた。

 先程までの悲鳴は既になく、ただあるのは皇族への期待のみとなっていった。国民の意志を統一させる皇帝の手腕が表れていた。

「…………」

 ところが、ルーヴェだけは拍手をせず、微動だにしない。彼の両目から出る鋭い視線がまっすぐにモニターに映るヴェルラを貫く。その視線には多分に含まれた怒りが篭もり、左手は強く握りしめるのだった。



 ようやく追悼を終えたガルヴァス皇族は揃って、慰霊碑がある場所からガルヴァス皇宮へと戻り始めていた。

「素晴らしい演説だったよ、ルヴィアーナ。君の言葉に民衆は深く浸透していったはずだ」

「ラドルス義兄様……。いえ、私は自分で思ったことを口に出したまでの事です。ですが、良かったのですか? ヴィハックの情報を世間に流して……」

「どの道知られるのも時間の問題さ。だったら、素直に腹を割った方が得策なのだよ」

「はあ……」

「君にはまだ分からない問題だったかな?」

「い、いえ」

 先程の皇帝の演説は、前日ラドルスが出した提案であった。このまま隠し続ける方が、もしバレた時に対応を行ったとしても、ただ状況を悪くするだけだ。そのリスクを回避するためにも、早めに先手を打った方が彼の言う得策である。

「けど、君の存在なら、国民の心を掴めるのは容易いはずだよ。あの時の君の振舞いは、さっきも言ったとおり、ちゃんと人々の心に残るさ」

「…………」

 次期皇帝と言われているラドルスがそこまで絶賛するのは珍しい。それほど、ルヴィアーナは高い評価を出しているということだ。

「フン……あれくらいのことをできなければ、皇族と呼べるわけがない! 自惚れるなよ、ルヴィアーナ」

「! ヴェルジュ義姉様……」

 眉を吊り上げ、高圧的な態度でルヴィアーナを咎めるヴェルジュ。

そもそも彼女の産みの母親は、元は皇帝を守る専属騎士を務めていたこともあったためか、騎士としての武の才能を持っており、その才能は娘であるヴェルジュまで遺伝している。その高圧的な態度もどうやら血筋らしい。

 ルヴィアーナはルヴィスと同様、その高圧的な態度が苦手なため、彼女に怯えるように歩幅を小さくした。それを傍目で見ていたルヴィスは一旦足を止め、真っ向から反論し始める。

「お、落ち着きください、義姉上。今日は何の日かお忘れですか!?」

「分かっている!」

「だったら、今日だけは大人しくしてもらえませんか? せっかくの義妹の晴れ舞台だったんですから!」

「……ルヴィス義兄様……」

 ルヴィスの物言いに、ヴェルジュだけでなくこの場にいる者全員が足を止め、騒ぎの中心部に顔を向ける。

 第二皇子であるルヴィスが義姉であるヴェルジュを諫めると、彼女はその意味に気づきつつも、そっぽ向けるだけだ。だが、ルヴィスはヴェルジュの意識が自分に向けていないことにため息を深く吐き、さらに言葉を続けた。

「義姉上は全く変わりませんね……。少しは気遣いとか、考えないのですか?」

「何を言う。そんなを吐いてどうするというのだ? 変わらないのはお前の方だ」

「…………!」

 一ミリも反省しそうにないヴェルジュの態度にルヴィスは怒りを込み上げながらも押し黙った。それでも彼は本当に困った義姉だと、どう言葉を返そうか悩み始めていると彼の頭の中に一人の少年が過(よぎ)った。

「!」

 幼い頃にルヴィスやここにいる義兄弟達と共に過ごした一人の人物がいきなりルヴィスの頭の中にフラッシュバックしたのである。その思いに駆られたのか無言が続く。義兄弟達がルヴィスの様子がおかしいことにようやく気付くと、彼の口が開いた。

「それは〝あの方〟に……に同じことが言えるのですか? 義姉上……」

「「「!」」」

 一人明後日の方向に顔を向けるルヴィスの言葉に、三人は口を噤み始める。彼が目を向けているのは先程まで行われていた式典会場だ。三人もそこに何があるのか察した。

 すると、二人の人物が揃って、異母兄弟の一人に視線を向ける。その視線を向けられたのは、先程まで強い口調を言い放っていたヴェルジュであった。

 四つ、いやルヴィスを含めて六つもの冷ややかな視線が細めた目から放たれる。表情もそれに合わせた感情を持たない、怖いものとなっている。

 それを一心に向けられた彼女はその視線の持ち主であるルヴィス達三人を見て、先程まで不謹慎な発言をしたことを自覚したからか、思わずたじろいでしまう。

「わ、悪かった、悪かったから……」

 式典が終わったとはいえ、行為を無碍にするような発言を続けたことが彼らにとっても、看過できなかったようだ。彼らの視線が針のごとく半分だけ血が流れている義兄弟に問答無用に突き刺さる。

 また、周囲にいる者達もその眼には、悲壮感や呆れが多分にある負の感情のようなものがモクモクと漂っていた。

 もっとも、本人にはそんな自覚もするはずもなく、ただ思ったことを言っているだけだ。しかし、今の状況はそれを許さないのが現実であり、責任は真っ先にヴェルジュが負うべきだ。これにはさすがにお手上げだろうと、彼女は折れるしかなかった。

 ナイフのごとく突き刺すような目をやめてくれと言いたげなヴェルジュは、両手で三人に待ったを掛けながら急に弱弱しい態度を取り始める。先程とはえらい違いだ。

 その声が聞けたからか、三人は冷たい空気を和ませるように、いつもの表情に戻り、強情さを捨て、諦めたヴェルジュは仕方なく口を開いた。

「……確かにの前でそう言うのは悪いかもしれないが、我々はそれに引き摺ってばかりにはいられないのだ。……自分勝手であることは理解している。しかし、我々自身ができることをすることがリーヴェル王妃への〝手向け〟ではないのか?」

「「「…………」」」

 ヴェルジュの、正論というよりも的を射た言葉に三人は、ヴェルジュと同じものを浮かんだのか口を閉ざしたまま沈黙し始める。その少年が彼らにとっても大事な存在であることが窺える。

「だったら、訂正してくださいね。もうこれ以上失いたくないのですから……!」

「だから、分かった! ……まさか、ルヴィスなんかに説教されるとは……!」

「ならば君の言う通り、我々ができることをしようではないか。これからはさらに大変なものになるだろうけど、一つずつこなしていけばいい。もっとも、君にとっては慌ただしいものとなるが、いいね? ルヴィアーナ」

「……はい!」

 皇族同士による口論は落ち着き、周囲にピリピリと渦巻いていた空気は一旦消失することに至った。最後はラドルスがまとめ上げ、皇族四人はそれぞれ自分を見直すのだった。

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