裏側

 ガルヴァス帝国のシンボル、ガルヴァス皇宮。

 都市の中でも敷地が最大の広さを誇るそれは、一般人でも立ち入ることのない、まさに聖域と呼ぶにふさわしい雰囲気があり、敷地の外まで広がり続けている。

 また、高さはそれぞれ階層に分かれており、身分の高い者ほど、その階に踏み入れる箇所も決まっていた。

 格納庫など、多数の軍事兵器が揃っている所は、地下を含めて一番下の階層にまとめられている。その上からは軍籍を持つ者や貴族の地位を持つ者が踏み入れており、それより下の人間では踏み入れることはできない。

 さらにその上部に位置する階層は皇族といった、ごく僅かな者しか足を踏み入れることを許されておらず、近寄ることも禁じられている。

 特に最上部にあたるその場所は主にガルヴァス皇帝こと、ヴェルラ・ライドゥル・ガルヴァスが各国との通信を行うための一画が存在しており、皇族といえど、そこに立ち踏み入れるには許可が必要となる。それほどまでに規則に厳しいからだ。

 その一画である広い空間がある部屋にヴェルラが豪赤な装飾が施された椅子に座り込んでいた。だが、彼とは他に座り込んでいる人物が二人、ヴェルラと向かい合っていた。

「……して、ヴィハックの掃討は進んでいる。我が血を受け継ぐ子孫達がもうすぐ終わらせる頃合いだ。そちらは、どうなんだ?」

『こちらは進んでいる。元から被害が少なかったから、今はアジアと提携を行っている』

『我がアジア連邦は領土の問題もあるが、回復はできている。もう少しで全体まで行き渡りそうだ』

「そうか……。なら、後は我が国にある閉鎖区だけか」

 今ヴェルラが話している相手はアジア連邦、およびEU連合の首相、つまり各国のトップだ。もっとも、この二人が帝国に来ているわけではなく、実態を持たないホログラム映像である。

 そして、三人が話し合っていたのは、もちろん各国に潜伏しているヴィハックのことだった。

 ヴィハックは帝国にある閉鎖区に潜伏しているとは限らず、各国のどこかに隠れている。その隠れている場所のほとんどが、ギャリア鉱石が埋まっている鉱山地帯であり、かなりの数がそこに集まっている。

 長年の調査で奴らがギャリアニウムを狙っているのは明らかであり、同時に人間を食らうことも判明している。その原因は何でも、強いエネルギーに反応していると言われているらしく、人間もそれ程のエネルギーを保有しているそうだ。

 ただ、鉱物を食らうという生物としては少しあり得ない行動に見えなくもないが、その生態に関してはあまり情報が少ないのが現状である。しかし、採掘されるエネルギーを横取りされることは彼らにとっても許されることではないのは明白であった。

「しかし、そなたらが国の再興を進められたのは何とも意外であったが?」

『フッ……こちらには最高のスポンサーがいるのでな。それにEUと組んだおかげで、あなた方よりも祖国が元通りになりかけているということだ』

「……それは結構。もし閉鎖区の再興が終われば、今後のことについてゆっくり話し合おうではないか?」

『それもいいが、あまりヘマをしないことをお勧めしますよ』

『では、また』

 ――ブツン!

「…………」

 二人の映像が消えるとヴェルラは無言となり、目を細めた。ヴェルラはこの二人との会話に、いつものような腹の探り合いを行っていたのだ。

 ちなみに、この探り合いは月に一度開かれる。もはや彼らにとっては恒例のものであり、こんな茶番がいつまで続くのかとヴェルラは怪訝そうな表情で二人がいた場所を見つめていた。

(いつまでも、キツネの化かしあいをし続けるわけにはいかないな……。あの二人にも戻ってくるようにしておくか……。後は、アレの完成も急がせるか……)

 ヴェルラは思考を切り替え、この先のことを考え出した。その姿はまさに歳を重ねた当主というものであり、傍から見れば悪い感じはしない。

 ましてやこの十年、ヴェルラは祖国を立て直すことに専念し続けていた。

 ヴィハックの襲来、デッドレイウイルスの蔓延、LKワクチンの開発など、国を失わせない政策を彼は息をするように取り続け、立ち回っていたのだ。

 一旦落ち着いてから他国との交渉や会議を行っていたのだが、彼にとっては単純に暇潰しでしかなく、退屈としていたようだ。本当に人間なのかと思うような思考だ。

 そもそもヴェルラはギャリア大戦でも、自国の力を見せつけるように宣戦布告するほど、武力行使を推進する人物であり、かなりの強硬派である。

 ただ、ギャリア鉱石が最も採取できることや他国をはるかに凌ぐ技術力など、本気で世界そのものを支配しかねない程の力を有しているため、強気な姿勢を取るのも当然だ。

 さらには貴族という上から見下ろさせる権力を産まれた頃から持つ者も少なくはない。その根拠があるのかも分からない自信がそれを拍車に掛けており、勝つことがすべてと豪語することも簡単に想像できるだろう。

 その多くの野心を持った強硬派をまとめ上げられることができる一族こそ、この国を治めるガルヴァス皇族なのだ。

 そのトップであるヴェルラは椅子から立ち上がると肩から広がっていたマントがまっすぐに伸び、その生地が地面に触れる。そのままヴェルラは部屋を出て、その場を後にするのだった。



「…………」

 皇宮のある一画。そこはあまり知ることのない空間で斬り取られていた。その場所に一人の青年が足を動かしていた。白衣を纏ったその後ろ姿はどこか見覚えがあるのだが、普段ふざけている時とは明らかに様子が違っていて、一瞬、別人かに思えた。

 その青年が大きな扉の前に立つと、扉を塞いでいると思われるパネルに手を着き、パスワードを入力する。そのロックが解除されると扉が二枚に分かれ、左右に開き出した。

 そして、青年はそのまま扉の奥へと進み出し、青年を飲み込むように開いていた扉は元の位置に戻るように閉じていった。

 青年が歩みを止めたそこには、駆除部隊と同じ白の衛生服を着た人物達が目の前の液晶ディスプレイを操作していた。周りは照明をつけていないため、ディスプレイの光が一層光を放つ。それだけでも不気味さが際立つ。

「どう? 調子は?」

『順調に進んでいます。後少しで調整・・が終わるかと。後、陛下からご指示がありました』

「陛下から?」

『急がせろ、と』

「了解……」

 その時、青年の口元がひどく歪んだ。その特徴的なその歪みは、シュナイダー開発担当主任を務めるキール・アスガータただ一人しかいなかった。いや、その人物がここにいるかは分からない。たとえそこが駆除部隊の〝研究班〟だとしても。

「ククク……。そろそろ彼らを目覚めさせる頃合いか……。楽しみだねえ、ホントに……」

 不気味な笑いを続けるキールが見つめるのは、彼の目に映る透明なガラスで仕切られたその先だ。

 彼らが今いる場所の一つ下の階層に、妙なカプセルが多数設置されている。数だけでも四十は下らない。 しかもその空間に、キールと一緒にいる白の衛生服を着た人間も少なからず確認できた。

 さらに顔が見えないようにマスクを被った白衣の人間達が見るカプセルに、眠るように瞼を閉じるの姿があった。

 当然、その周囲にあるカプセルにも人間の姿が確認でき、まるで保存されているかのように思えた。ただ一つ言えることは、何らかの実験を行っているということだ。

 しかも、年齢が少なくとも十代後半から三十代までバラバラであり、規則性という感じは全くしない。だが、カプセルに保存されている見た目だけでも、異常であることは明らかだ。研究班が行っている活動にしては不気味すぎる。

 ガルヴァス帝国の隠された闇がまた一つ、垣間見えた瞬間であった。



「――それで、お前達にもギャリア鉱石の発掘作業に加担させてもらう。これ以上、我が国の領土をヴィハック共にのさばらしにするわけにはいかん。陛下もそれをお望みだ。分かったか?」

「「イエッサー‼」」

 執務室にいるルヴィスから呼び出され、その説明を受けたガルディーニとメリアは敬礼を行う。だが、ガルディーニはその話題について、あえて踏み込んできた。

「もしかしてですが、アルヴォイド卿を呼び寄せた本当の理由は……」

「お前の察しの通りだ。この手の作業は、専属騎士の一人を加えないといけないレベルだからな。お前達の命がいくつあっても足りんだろ?」

「はあ……」

「少なくとも、あの黒いシュナイダーが現れた時の保険だと思ってくれ。おそらく足止めをしてくれると思う。奴の背後も探らないといけないからだ。お前達にも悪くない話だ」

「「!」」

 ルヴィスの言葉にガルディーニとメリアは揃って目を見開く。自分達にとって喉から手が出る情報が目の前にいる青年によってもたらしてくれたことは、まさにうまい話だ。

 また、黒いシュナイダーこと、アルティメスと対峙できるのは、量産型のディルオスを軽々と凌駕するヴィルギルトの方が適任であり、性能としてはおそらく互角だと思った方がいいだろう。両者をぶつけるのも簡単なはずだ。

 だが、メリアはなぜか口を閉ざし、沈黙を続けていた。

「…………」

「? どうしたんだ、メリア?」

「できれば、ヴェルジュ殿下やラドルス殿下を待ってからの方が……」

「私の言葉に不満があるとでも?」

「! いえ、滅相にありません! ただ、まだ気が早いのではと思っただけですので……」

「フン。だが、決定が覆ることはない。これは命令だ。いいな?」

「「イエッサー!」」

 メリアの助言を消極的と断じたルヴィスは自身の指示を押し切ろうとする。

 しかし、貴族より地位に高い皇族である彼の言葉にガルディーニ達は反論する余地もなく、命令を受け取るとさっさとこの場を立ち去っていった。

「……殿下。今のは、少し強引だったのでは……」

「お前も私に歯向かうのか?」

「! そういうわけでは……。ただ、ヴィハックに対抗するための戦力が未だに足りないということでして……」

「それが消極的というのだ。ここで手柄を取らねば、義兄上達にも負けたままだからな。それに戦力を増強しようにも、どうやって仕入れるつもりだ?」

「…………!」

 ガルヴァス帝国の軍事力のほとんどはギャリア鉱石を形成させるギャリアニウムで賄われている。

 石油枯渇や温暖化など長年続いた問題を一瞬でクリアさせたギャリア鉱石は、世界各地の地中内で発掘されているが、帝国の元領土であるロードスでの発掘は現在、中断させたままである。

 今より前に発掘チームを閉鎖区に派遣、発掘作業を再開させたことがあるのだが、その最中でのヴィハックの襲撃に発掘チームは全員食われ、亡き者となった。それからというもの、度々派遣を繰り返しては次々と新型が現れるヴィハックに苦戦し、最終的には誰一人として、レヴィアントに帰ってくる者はいなかった。

 そのため、閉鎖区での鉱石発掘は進まず、派遣する数が揃うこともなかった。まさに奴らに生きたエサを与え続ける無駄を繰り返すだけであり、もう一つの発掘地域であるルビアンから仕入れるしかなかった。

「それに義姉上なら真っ先に食いつくに決まっている。元々あそこは、義姉上が治めていた都市だからな……」

「殿下、まさか……」

「勘違いするなよ。先にも言ったとおり、ヴィハックをのさばらせるのも限界だということだ」

「分かっております」

「ならいい。ただ、万事の際は全力で退ければいいだけだからな……」

 義姉の性格を理解していたルヴィスは、その義姉よりも先に閉鎖区を取り戻すことを改めて決意する。主に手柄を取ることを優先としているが、彼なりにこの国のことを思っているのは確かだ。

 発掘ができない時に犠牲を少なくするように考えていることも含めて、ルヴィスは今後のことを深く思考を張り巡らせるのだった。



 一方、執務室を後にしたガルディーニとメリアは皇宮の内部を張り巡らせる廊下を渡り歩いていた。

「まったく、殿下は……」

「仕方ありません。それが我々の役目ですから……」

「そうだな」

 階級の順位は絶対順守である。いかなる理由があろうと決定するのは順位が高い者が決めるわけであり、下の者が決定を覆すことは少ない。ガルディーニ達が貴族の出身であろうとそれより上の地位を持つ皇族に逆らえるわけがなかったのである。

 しばらく廊下を歩いていた時、ふとメリアが足を止める。するとそれに気づいたガルディーニも足を止め、彼女がいる方向へ顔を振り向ける。

「!」

「…………?」

「そう言えば、ある噂をお聞きしたのですが……」

「噂?」

「我が国のとある貴族の家が何か、怪しい動きをしているとか……」

「!?」

 メリアの突発的な一言によってガルディーニの背筋は凍り付き、二人の周囲は徐々に凍り付いていった。

 それは彼ら、いやこの国の裏に潜む黒い何かが蠢いている証であり、その様々な人物達の思惑が、この巨大な城の中で渦巻き続けるのだった。

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