ヴィルギルト
一方、ガルヴァス皇宮の内部に広がる格納庫では、一人の科学者が一体の巨人と向かい合うように、その前に置かれた操作パネルのキーボードを操作しながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「これで、完成っと……!」
カチッとコンピュータに接続されているパネルのキーボードをクリックし、データのアップロードを開始する。そのアップロードの画面の背後に映っていたのはデータとして表示されていたヴィルギルトであった。
アップロードが完了されるとその画面を見つめていた、ガルヴァス帝国のシュナイダー開発を担当するキールは、至福の喜びを上げた。
「ハハハハハ! やった、やったぞ! これでヴィルギルトは完成した!」
「良かったですね、主任。向こうで完成させていたのを含めて、とりあえずはすべて完了したようです」
「そうだね。でも、まだ僕にはやらなきゃならないことがあるから、後は君に任せるよ~」
「はい!? またですか!?」
「じゃあね~」
ヴィルギルトの完成にキールと喜びを分かち合っていたラットだったが、そのキールがささっとその場を退散したため、何とも傷まれない表情を浮かばせる。科学者に暇はないとはこのことかもしれないが、この頃彼の様子はおかしかった。
(おかしなことをするのは、ずっと前から変わらなかったが、あまりにも露骨すぎる……。何をやっているかは知りたくないが……少し確認してみるか)
キールとはずっと前からの付き合いであったラット。その様子の変化に敏感であった。彼の後をついていこうとしたその時、そのラットに一人の人物が訪れる。
それはヴィルギルトを操縦するアドヴェンダー、レギル・アルヴォイドであった。
「グラジル副主任。ようやく私の機体が完成したんですか」
「ええ。後はテストを実施して、実際のデータを手にしたいところですが……」
「……それなら、協力してくれそうな人物がいるのですが……」
「?」
レギルの提案に不思議そうに首を傾げるラット。その意味は後で理解することになるのだった。
格納庫とはさらに下、すなわち地下に位置する、地面が舗装された演習用のグラウンド。周囲は壁一面で仕切られていて、その上部には透明な防弾ガラスが付けられている。また、天井には照明が取り付けられており、天井とのあまりの高さもあって、人が使うには大きすぎるほどだ。
そこに一体のシュナイダーがポツリと立ち尽くしている。ただ、巨人一体だけでも天井とはかなりの距離があり、すっぽりと収まってしまう。
そもそもそこはシュナイダー用の演習場としての機能しており、その周囲の広さも問題ない。シュナイダーが何体でも収まってしまう場所にただ一体だけがそこに突っ立っていた。
そのシュナイダーとは、ガルヴァス帝国の量産機ことディルオスだ。背中にはバトルアックスが、右手には大型のランスを持っており、そのコクピットにはガルディーニ・ヴァルトがシートに座っていた。
「……まさか、こういうことになるとはな……」
これから行われる演習に対し、ガルディーニは激しくため息をつく。
その内容は、先日ここに配属されたレギル・アルヴォイドとの手合わせ。つまり、彼が乗るシュナイダーとの模擬戦であった。
グラウンドの端では彼と同じくシュナイダーを操縦するアドヴェンダーを務める士官達がガヤガヤと騒いでいる。そこには整備班を務める者も含まれており、自身と同じ爵位を持つメリア・アーネイもいた。
だが、ガルディーニは彼らの今の心境とは裏腹に、腕を組みながら今行われる模擬戦について考えていた。
(いくら、殿下からの命令とはいえ、こういう余興に付き合わなければならないんだ……? 確かにあの男の実力が見られることはいいのだが、私にその役目を押し付けるとは……)
明らかにガルディーニは不満そうな感情を表に出しており、それが表情にも現れている。あんな若造にナメられたくないという、貴族ならではの高いプライドも相まって、どんどん表情が強張っていく。
ちなみにそのルヴィス殿下は、自身の補佐であるケヴィルと共に執務室にて、その机の上に表示されるモニターからグラウンドの様子を見ていた。自分の義兄が寄越した騎士の実力が見られると思ったのか、表情はやけに嬉しそうであった。
怒りや喜びなど、様々な期待がこのグラウンドに集まる中、を打ち破る音が壁の奥から響いた。ズシンと耳に障るような音が地面に鳴り響き、その元である巨大な白い足が外に出てきた。そして、その全貌がガルディーニ達の瞳に映った。
それはどんな色にも染まらない、純白の巨人、ヴィルギルトであった。
アルティメスと同様に、背中に羽が生えたような外観となっており、両腰に鞘に収められた剣を携えている。さらに騎士にも似た装甲を纏っており、金色の装飾が全身に施されている。誰が見ても間違いなく騎士だということを証明させていた。
また、頭部は耳にあたる部分が鳥の羽を模しており、姿でもクロウに似てなくもない。もっとも、それを作った製作者がいたら、偶然だと間違いなく否定しているだろう。
だがそれを抜きにしても、その姿はまさしく〝白騎士〟という名に相応しかった。
それに乗るのはレギル・アルヴォイドである。これこそ彼と共に来たシュナイダー、すなわち相棒であった。そのレギルは戦闘用のパイロットスーツを身に纏い、コクピット内で動かしていた。
「ほう……」
「あれが……」
ルヴィスとケヴィルは息を漏らす。レギルが配属される前からそのデータを閲覧していたのだが、改めてその全貌を知ると一瞬で心を動かされたようだ。夕日で色褪せているように見えるものの、それでも美しさを失うこともなく、今でもそれを醸し出していた。
ルヴィスはあのシュナイダーの性能を早く見たいと、無邪気な子供のように一層心を躍らせる。
一方、メリアもそのシュナイダーの姿を見て、一瞬驚いた。だがそれが終わると、すぐに視線をガルディーニが乗るディルオスに向けられる。
「…………」
その目にはガルディーニなら、せめて引き分けに持ち込めるという半分諦めにも近い思いが込められていた。あのシュナイダーは自身に牙をむいた黒いシュナイダーと同様に未知数であるため、彼が勝つ確率が見えないという理由が含まれていた。
「お待たせしました!」
レギルの声がこの場にいる全員にまで聞こえるようにグラウンドに響いた。オープンチャンネルで通信を開いていたようだ。対するガルディーニもレバーを握っていた左手を使ってオープンチャンネルで通信を開く。
「それがお前の機体か!」
「はい。名はヴィルギルトと申します」
純白の騎士――――ヴィルギルト。次世代型のレギルが乗る純白のシュナイダーの名前であり、その姿はまさにレギルの真っ当な精神を現したものであった。
ヴィルギルトは再び歩み始め、モニターに映っていたガルディーニ達を横切っていく。そのままディルオスに相対するような形で足を止めた。
「ガルディーニ卿、あなたのお手を煩わせることになってすみません」
「フンッ、相変わらず律儀な奴だ」
「いえ、自分の家があまり堅苦しいものでありまして……」
「まあいい、さっさとやるぞ」
「……はい」
レギルの張り詰める空気をいきなり吹き飛ばすような言葉に、ガルディーニは意外にも苦笑いしてしまう。レギルもそれに合わせ、空気が一瞬で和らぐ。
偶然か必然かはわからないが、両者は入っていた肩の力が自然に抜けていく。端からはそう見えないが二人の周囲には緊張感が漂っていたようである。
そして、改めて両者は模擬戦を行おうと意気込んだ。
ガルディーニはディルオスの右手に持っていたランスを左手に持ち替え、その背中にあるバトルアックスを右手に取りつつ構える。
レギルもヴィルギルトの両腰に掛けられている鞘が収められた一対の剣こと〝シュナイド・ソード〟の柄を取り、鞘から引き抜いていく。引き抜かれた剣はX字を作るように交差した。
「いくぞ!」
「はい!」
この場にいる士官達、執務室にいるルヴィス達が見守る中、ガルディーニはディルオスの脚部にあるスラスターを噴射させ、そのままヴィルギルトに向かっていった。
同時に、レギルもヴィルギルトを前に出し、ディルオスへ向かっていく。そして、両者の手に持つ得物の刃がぶつかり合った。
――ガキィイイ‼
シュナイド・ソードとバトルアックスの刃が交錯した鍔迫り合いが発生する。だが、徐々にヴィルギルトがディルオスを押し出していき、パワー負けしたディルオスは元の位置まで後退る。
「っ!」
ガルディーニは何とか態勢を整えようとするが、ヴィルギルトはその隙を逃すまいと背中にあるスラスターを噴射させ、距離を詰めよる。さらに二枚の翼からもスラスターとして噴射されており、その加速度は並ではなかった。
「ハァア!」
ヴィルギルトはそのまま右手のシュナイド・ソードを振り下ろすが、ガルディーニはそれを躱し、左に移動させる。だが、ヴィルギルトはそのままソードを左に振り、ディルオスに斬りかかった。
「クッ!」
追撃を掛けられたガルディーニは間に合わないと知ると、バトルアックスで剣戟を防ぐ。しかし、剣戟を防いだとしてもその衝撃を受け止められず、ディルオスのコクピットは激しく揺さぶられた。
ガルディーニは何とかディルオスを踏み止まらせるが、ヴィルギルトのパワーに翻弄されるばかりであった。
「中々の機動性とパワーだな。ディルオスが既に時代遅れとしか言いようがない……」
「まったくですな。しかし、これを耐えきるガルディーニ卿も褒めるべきです。まだまだ彼らには働いてもらわないと……」
「ああ……」
防弾ガラスの向こう側にいるメリア達と異なり、執務室からモニターで戦況を見るルヴィスとケヴィルは ヴィルギルトの性能に関心を寄せる。次世代機という肩書きは本物であることを証明させていた。
その二人の前にはキールからヴィルギルトの調整を任されたラットがそのヴィルギルトの性能に満足していることに微笑んだ。
「では、いかがでしょうか。ヴィルギルトの力は」
「確かに素晴らしいな」
「はい。何しろ実戦で鍛えさせてもらいましたから」
「何!? すでに実践に投入させていたのか!?」
「あの時はまだ、追加武装が完成されていなかったもので……。もっとも、十分なデータは既にとっており、主任がアップロードを済ませました。これなら、〝ドレイク〟が出ても……」
ルヴィスはヴィルギルトがこの都市に来る前はまだ十全ではないことを知り、愕然とする。この都市に運ばれた時にまだ調整があることを知っていたが、あの時に武装の調整を行っていたことにようやく気付くのだった。
「なかなかの強さだな。だが、私はこのままやられるわけにはいかんのでなっ!」
ガルディーニはディルオスの右手に持っていたアックスを捨て、左手に持つランスを両手で抱え、長物で相手を貫く、いわゆる〝突き〟の態勢に変えた。
「これで終わりにしますか!」
レギルもアドヴェンド・ソードを構え、迎え撃つ態勢を取る。そして、ガルディーニが握っていた操縦桿を押し出し、ディルオスのスラスターを噴射させて突き進んだ。
「!」
一方、ヴィルギルトは逃げも隠れもせず、微動だにしない。ランスの穂先が届こうとしたその時、
――ジャキィーーン!
二体のシュナイダーが相対するこのグラウンドに何かが宙に舞う。
それが重力に惹かれて地面に落下し、重く鈍い音が、四方が囲まれた空間内に強く響いた。
「なっーー!」
ランスを突き立てたはずのガルディーニの目に映ったのは、ただの壁一面と穂先をなくしたランスだけであった。
それをガラス越しに見ていたメリアもさすがに驚きを隠せなかった。
ガルディーニは急いで強い音の正体を探ろうと思考を切り替え、周囲を見渡す。コクピットの左側のモニターに何かを捉え、それを拡大させると、今使用している大型ランスの穂先と思われる破片が地面に転がっていた。
「! 奴は……!」
ガルディーニはヴィルギルトの姿がないことに気づき、後ろを振り向くが、その視界に現れたのはそのヴィルギルトであった。
しかもソードの剣先を胸部のコクピットに突き立てており、数センチで触れるほどの距離を詰められていた。しかもヴィルギルトは無傷であり、こちらの攻撃が通っていなかったことにガルディーニは驚愕する。
「まだ続けますか? ガルディーニ卿」
「…………!」
レギルからまだ戦いを続けるという提案。だが、今のディルオスでは太刀打ちできないことは誰の目にも明白であり、続けることの無意味さを分からせていた。
その圧倒的な力というのを、既に理解していたガルディーニにとっては、その意味が分からないわけではない。
その突きつけられている言葉の裏に、「降参しろ」という、分かりやすい言葉が隠れていたのだ。
そして、ガルディーニは「参った」というたった一言が周囲に響く。その決着は意外なようで、その場にいた者達がある意味、驚愕する形で付くことになった。
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