噂
正午の時間を回り、学園は今一度の休憩に入っていた。学生達は校舎と隣接する食堂にてそれぞれ自販機に描かれたメニューを選んで昼食を摂っている。
その食堂は昼食を摂ろうとする学生達でいっぱいであり、広々とした空間に置かれたテーブルと椅子の数が足りないのではないかと思う程、学生達で埋め尽くされていた。
だが、校舎の屋上でただ一人立ち尽くしていた人物がいた。その人物とは、目立つことを嫌うルーヴェであった。
「ああ。どうも少し怪しいところがあってな。それで詳しく調査してほしい」
『分かったわ。だけど今、〝アレ〟の最終段階まで行っているから報告が遅れることは覚悟してちょうだい』
「なるべくにな。アンタの娘が含まれていることも忘れずだ」
『……了解』
耳を傾けているスマホを介して通話の先にいる女性と言葉を交わすルーヴェ。
その女性との通話を切るとルーヴェはそのままスマホを制服の右ポケットに仕舞い込み、外の風景に目を移し、黄昏始めた。
「…………」
(私立ニルヴァ―ヌ学園……。シュナイダーを保有し、それを操るアドヴェンダーを育てることが有名だと聞くが、ある噂が立つという……。考えたくはないが、それが本当なら、あの二人にも……)
ルーヴェがこの学園に潜入してきた理由にはいくつか存在する。
一つ目は、とある人物の捜索。二つ目は、この国に留まれる隠れ蓑。三つ目はこの学園に囁かれている噂の調査である。
それら三つのうち、一つは既に満たしているものの、残り二つに関しては未だに進めていなかった。ましてや捜索の方は現状、進むことが難しく、事を荒立てるわけにはいかないのだ。なぜなら、彼自身の立場を揺るがしかねないことでもあって、今は動くべきではないとルーヴェは望んでいる。
そして、残りの一つは今のところ目立った動きはなく、この調査を進めるには自ら動くしかない。ただ、味方がいなければどうしようもないのが現実だ。そのためにも自分以外の協力が必要としているのだが、その協力者である女性はこの学園にはいないのである。
(あいつらを呼びつけようにも、この国を知るわけがないからな……。だとしたら……彼女達に協力させるしかないか……)
ある意味仕方ないと諦めた感情を吐き出したルーヴェは気持ちを改め、自身の背中にある屋上へと繋ぐ扉へ体ごと振り向き、歩き出した。
「問題はどう協力させれば――!」
扉にあるドアノブに手を掛けようとしたその時、先にドアノブが回り、扉が勝手に開き出す。さらに扉の奥から誰かがルーヴェの前に現れる。その誰かとは、ルーヴェのクラスメイトのエルマであった。
「「あ……」」
「……フゥ……」
同時刻。
あまり広くもない空間にただ一つだけ設けられた研究用デスクの前に一人の女性が溜息を吐く。さらに両手で目の位置に掛けていた眼鏡を取り出し、デスクの上に置いた。
その手元には液晶ディスプレイがあり、その上には映像を映し出す液晶画面が設けられている。また、その脇には額縁で囲まれた写真立てがあり、その中には一枚の写真が入っている。
女性は前側の髪がセミロング、後ろ髪が髪留めでしっぽ状に垂れたロングでまとめられている。さらに上半身には白衣を羽織っており、一目だけでも科学者であることが理解できる。
その女性の名はラヴェリア・ベルティーネ。
先程ルーヴェが電話を掛けていた女性であり、彼の協力者だ。
だが、今の彼女は何だか疲れたような様子が止め止めもなく垂れ流しており、彼女にとって気に病むことが頭の中で渦巻いていた。
「……本当なら、あの子を巻き込むつもりはなかった」」んだけど……」
ふと写真立てを見つめるラヴェリア。細めたその眼には悲壮感が漂っており、辛そうな表情で塗り固められている。その表情からでも彼女は心を痛めているのは明白だ。写真には彼女が忘れられない人物が映っているのである。だが、その人物は――今・はいない。
その悲しみに明け暮れるラヴェリアはスッと瞼を閉じ、デスクの上に置かれていた右手の握り拳をさらに固める。
「……あなただったら、同じ選択をしていたでしょうね。……でも、私には……あの子を守らなきゃならない義務があるのだから……!」
改めてラヴェリアは写真立てにある人物に向けて決意を語る。そして、デスクにある液晶ディスプレイを操作し、画面に何やら設計図のようなものが表示された。
その表示された設計図は、何とアルティメスと同じ、いやそれに似た顔面を持つ人型のロボットの全体図が所狭しに描かれていた。それがいくつもあり、どれも形状は異なる。
(そのためにも……アレは何としても完成させなければならない……!)
そして、ラヴェリアの表情は先程より引き締められており、別の映像を映し出すよう操作する。映し出されたその映像には、設計図と同じ形状を持つ巨人達が目覚めを待つかの如く立ち並んでいたのだった。
ラヴェリアが大切にする写真の人物には自分と、小さな茶髪の女の子が三人・・一緒で幸せそうに写真に映り込んでいた。しかし、あの写真と同様に彼女の幸せは二度と来ることはなかった……。
「噂?」
「ああ。この学園、確か数々の生徒が転校するって噂じゃなかったか? 何でも他の都市でも起こっているようだけど……」
エルマとばったり会ったルーヴェは、先程頭にあった任務を一部だけ隠す形で彼女に話し込んだ。ルーヴェはその噂を知っていそうな人物として、今近しいエルマ達と言葉を交わした方が得策だと判断したからだ。
一方、エルマは彼のことを探していたらしく、午前の教練について言いたいことがあったのだが、ルーヴェの方から話しかけてきたため、やむなくその話を聞くことにしたのである。話を聞いたエルマは噂の詳細について口を動かし始めた。
「まあね。何でもその生徒、ずっと連絡も何も来ないのよ。何て言うか、隔離されているらしいって……」
「隔離? それって、まさか……」
「デッドレイウイルスの感染が確認されたってこと。あれから度々、いなくなってるのよ……」
「それって、五年前の大規模によるウイルス検査か?」
「! ちょうど、それくらいだったっけ……? 十五以上の人が連続して……」
なぜか十代後半を対象とした人物がいなくなっていることにルーヴェは、五年前の検査について疑い出す。ちょうど、自分が再び目覚めた年月であるため、関係ないとルーヴェは思いつつも、その時にあった出来事について興味を抱かずにはいられなかった。
そして、彼よりも先にあることに気づいた人物がいた。
「……現在だと二十、つまり成人になってもおかしくない……?」
「「!」」
「本当なの、ルル!?」
この屋上にはルーヴェとエルマ、二人だけでなく、エルマと近しい友人達三人もそこにいた。その中でルルは二人の話を照合させたのである。そして、ルーヴェはそこからさらに一つの事実に辿り着いた。
「計算では、間違ってはいない……。だとすると何のために……?」
「分からないわよ」
「……だったら、調べてみるか」
「え?」
「決まってるだろ。その噂の調査だ。気になっている奴がいるなら、一緒に行動した方がいいんじゃないか?」
ルーヴェの方から出た提案。それはこの五人で神隠しに似た現象を自ら調査することだった。そのことにエルマは、
「ホントにいいの? 私達も含めて……」
「別に構わんさ。人手が多い方がいいしな……。それに……」
「?」
「危なっかしい奴がドジ踏まないか心配だということだ」
その余計な一言に、ある人物がダメージを食らったかのようにバランスを崩しかけた。その人物であるイーリィに向かって、エルマ達は苦い顔をしながら視線を動かした。
「……そうね。こっちも色々、探さなければならない人もいるし、協力することにするわ」
「なら、お互いのこともあるし、アンタらが探したい人物は誰なんだ?」
「中東部を卒業してすぐにこの学園から去っていった、ルヴィアーナ・カルディッドっていう人だけど……」
「‼」
エルマの口から出た人物の名前にルーヴェは驚愕し、大きく目を開いた。その強い反応を見たエルマは何かあったのかと首を傾げた。
だが、ルーヴェは一度心を落ち着かせ、質問を返す。
「それって、カルディッド家の一人か?」
「ええ。確か、一人執事のような人も含まれていたけれど……」
「何でも家の事情がとか、何とかって……」
「…………」
「?」
ルーヴェが言うカルディッド家は、ガルヴァス帝国の貴族の一つである。その貴族のお嬢様が何かあったのか、エルマ達はそれが心配だったのである。しかし、ルーヴェにとってエルマ達がその人物とは知り合いだったことが何よりの驚きであった。
「分かった。その人物も含めて、調査するとしよう。ただし、ヤバいことだったら、即時手を引け!」
「「「「!」」」」
「おそらく、アンタ達の自由は今後とも保証されないことになっていく。それだけは覚悟しておいた方がいい」
ルーヴェの、笑いのない真剣な眼差しでエルマ達に向ける。そのエルマ達もルーヴェの言葉を一言たりとも聞き逃さなかった。
「……分かった。ところで、アッシュ君はなぜこんなことを?」
「……ある人物の依頼でね。それでここに来たわけよ」
「そっか。なら、そのある人物とは?」
「……アンタの母親ってことにしておくが?」
「!?」
「え!?」
ルーヴェの予想だにしない言葉にエルマも、イーリィ達も驚きを隠せなかった。それだけ大事だったのである。
「……今どこにいるの?」
「…………」
「今、あの人はどこにいるのって聞いてんの!? 分かる!?」
突然、ルーヴェの胸倉を掴むエルマ。言葉も少し乱暴である。
その普段の彼女からは想像できない、突発的な行動にイーリィ達も驚嘆した。遅れて彼女達はエルマの元に駆け寄り、ルーヴェから引き剥がそうとする。
そして、エルマとの距離が空くとルーヴェは表情を変えずに胸元を直し始めた。
「そうカリカリするな。って、言っても無理はないか……」
「だから、今どこにいるの!?」
「少なくともこの国にはいない。ただ、アンタのことを巻き込みたくないとか言ってたけど……」
「!?」
「まあ、調査を進めてからっていうことでいいか? 午後の授業もまだあるだろ?」
「…………!」
「じゃあ、俺はここで」
言うことだけを言って、屋上を立ち去るルーヴェ。だが、それをエルマは待ったをかけ、彼を立ち止まらせた。
「待ちなさい。あの人に会わせること、忘れないでよね」
「……分かっている。それに加え、いいことを教えてやる」
「?」
「アンタとルル、このままでは軍に入隊されるぞ。気を付けておけ」
「「!?」」
改めてルーヴェは屋上から扉を通り抜け、奥に消えていった。そこに残ったのは、感情を荒立てる一人の少女とその対応に困った三人の友だけだった。
「…………」
午後の授業。
ルーヴェと言葉を交わした昼の時からエルマは少し不機嫌だった。それでも授業の問題を答えるために教卓の後ろの壁と一体化したブラックボードに城のタッチペンで回答を書いていた。
「この回答で……正解ですよね?」
「あ、ああ……正解だ」
エルマは教卓の後ろにいた教師に確認を取らせる。対して教師はその回答全てが完璧だと言い放つと彼女はすぐに自分が座っていた席に戻っていった。
教師は自分が出した問題を解いたことに驚きを隠せず、乾いた声を出すしかなかった。彼が出した問題は学生が解くには難しいものだったが、エルマは難なくと回答を出してしまったからである。
彼女とは段差が異なるデスクにて、その様子を見ていた二人の男子学生がコソコソと話し合う。
「やっぱ、すげえよな」
「ホント、天才ってこういうことなんだな」
彼女は自分に視線を向ける生徒達にも目をくれず、一度両目を瞑った。
(色々聞きたいけど、我慢、我慢!)
今すぐにルーヴェの元に赴いて、すべてを吐き出させたいのだが、たくさんの目が周囲に存在するこの教室では、あまり行動に移すことができなかったようだ。それ程、エルマの頭は煮えたぎっている証拠であった。
その様子を見ていたルーヴェはというと、
(さすがは、アイツの娘だな。母親譲りとはこういうことだな)
と、心の中で褒め称えるのだった。
授業が終わった後の放課後。
学生達がこの学園で生活するための学生寮に戻った頃、エルマ達も自分達の部屋に戻り、バッグの中身を取り出していた。
「そう言えば、アンタの母親って何者なわけ?」
「? 急に何?」
「いや、アッシュ君が知り合いだって言うからさ。ちょっと気になって……」
イーリィのいきなりの質問にエルマは特に表情を変えることなく答える。ただ、その表情は午後から何も変わっていなかった。
「別に大したことじゃないよ。科学者ってことだけ」
「へえ。じゃあ、エルマと同じ?」
「そういうことになるかな。けど……」
「けど?」
「……何でもない」
「?」
イーリィが首を傾げる一方で、エルマの表情は徐々に無感情の仮面となっていくのだった。
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