グランレイ
そもそも祖国が抱える事情をあまりよく知らないエルマ達がこのカリキュラムを受けるのは、自分自身の興味から来るというのが主な理由だろう。
例えば、自分は機械が好きだとか、やることがないだとか、この分野に優れているだとか、そんな深い意味がないのが普通だ。実はというと、このカリキュラムを受けているエルマやイーリィもそのうちだったりする。
そう言葉を交わしているうちに、格納庫内に留まっていたグランレイが動き出した。片方の足が宙に浮くとそのまま一歩踏み出し、次にその反対の足が宙に浮くと先に踏み出した足を超えていった。
そして、その足音が格納庫の外にいるルーヴェ達が見守る中、研修用として再起動したグランレイは彼らの前に現れた。
ガタン、ガタンと足音を立て、たどたどしく進むグランレイ。その操縦席に乗り込む男子学生は、操縦に慣れていないのか顔を歪ませる。機体に振り回されているのは明らかであり、傍観し続ける他のクラスメイト達を心配させていた。
「オーイ! あまり無茶するな! ゆっくりでいい! 全員こっちに来い!」
「「「はい!」」」
男子教員が声を張り上げて三人に呼び掛ける。その三人はそれぞれ教員達がいる方角に向いておらず、教員の呼びかけに応じても、全員の操縦があまり不慣れであることが図らずともさらけ出されていた。
いつまでも教練が始まらないことにルーヴェ達の目はスゥと目を細めていくのだった。
その数分後、ようやく三機のグランレイが並び、男子教員の指導の下、改めてシュナイダーの教練が開始された。
クラスメイト全員はそれぞれグランレイの操縦席に乗りつつ、一定の間だけ動かすと別のクラスメイトに譲り、そのクラスメイトはその次に乗り始める。そんな中、操縦がおぼつかない、小さな悲鳴が上がっていた。
「~っと、っと、うわっ……」
「ストップ、ストップ!」
「ワッ……!」
――ガン!
学園保有するグランレイ三機のうちの一機が操縦者のおぼつかない操作によって、両膝を着いてしまう。その際、鉄パイプが落ちる音を発し、その衝撃からごく小さな砂煙が舞い上がる。さらにその周囲にいるクラスメイト全員を騒ぎの中心に振り向かせた。
そして、その騒ぎの中心である人物はというと、
「あ~、またやっちゃった……。も~、これ難しいよ~」
「コラー! まったくお前は、何度やったら分かるんだ!」
「すいません! でもこれ、加減が分からなくって……」
そのグランレイの近くに走り寄ってきた教員にメチャクチャ怒られていた。
その操縦席に座っていたイーリィは何度もグランレイを操作しているにもかかわらず、あまり上達させていなかったそうだ。彼女自身の手先がいかに不器用であるかをボロとして出ていた。
その脇でエルマは困ったかのような表情を浮かばせながらじっと見つめていた。そこにルーヴェが近寄ってくる。
「……あの子ったら、またやっちゃったか……。本当に、困らせるんだから……」
「……別に珍しいことじゃないだろ。マニュアルを読んだだけでも分かるわけではないし、こればっかりは何度も繰り返すしかないからな。ま、失敗は成功の何とやら、だ」
「! 気が合うね。私も今そう思っていたところだけど……」
「これが実戦だったら、間違いなく命取りだぞ。彼女のこと、少し考えた方がいいんじゃないか?」
「……そうね。今後のことも含めて……急いだ方がいいかな?」
「いやいや。その前に彼女の考えも一応聞いた方が……」
教練そっちのけで言葉を交わすエルマとルーヴェ。会って数日しか経っていないのに、彼らの会話はまるで何十日も付き合うかのような会話で弾んでいた。そのエルマも知らずのうちに真剣な言葉を口にし続ける。
どちらも赤の他人かつ友人であるイーリィのことを思いやる言葉で並べているのが丸わかりだが、途中からそれを耳にしていたイーリィが近寄ってきた。あのまま操縦席から降りてきたようだ。
「ちょっと! 何私を無視してんの、二人共!」
「「!」」
「何か、二人でコソコソと話してたし……」
「それは、その……」
「? アンタの今後についてだけど……?」
「! ちょっ……!」
彼女が問い詰めようとするとエルマはすぐさま誤魔化しに入るが、対してルーヴェは逆に誤魔化すことも隠そうとせず、先程の議題を話してしまう。その返答にエルマは瞬時に頭部をルーヴェに向ける。
「あ、アッシュ君? 先程、君が言った言葉覚えてる?」
「それを含めて、今聞いた方が早いだろ。ズルズル引きずるよりはマシだと思うんだが……」
「…………?」
「イーリィだっけ? アンタ、こういうこと向いていないの、ホントは自分で分かっているんじゃないのか?」
「「!」」
ルーヴェからの突然に問いにエルマとイーリィは息を飲む。特にイーリィは彼の口から出た言葉が無防備の体に深々と突き刺さった。
一方、エルマはルーヴェを制しようとするが、それを察していたルーヴェは表情を変えようとせず、振り向かないまま先回りをするように左手で逆に彼女を制す。
そして、彼に問いを出されたイーリィの口から出た言葉は案外、予想通りの言葉であった。
「やっぱり? まあ、自分でも分かってたけど。でも、こういうの、実は興味はあったんだよな~。ハハハ……」
「そうか……。だが、無理な言い方は自分をさらに傷つけるだけだと知った方がいい。……もっとも、俺は嫌いじゃないけどな。そういうの」
「…………!」
まるでイーリィの心情を見透かしたかのような言葉に彼女は何も言えず、そこから自身を通り過ぎていくルーヴェを目で追っていった。
そこにルーヴェの手によって抑えられたエルマが近づく。
「まったく、とんでもないこと吹っ掛けてくるんだから……。気にしなくていいよ、彼の言うことなんか」
「ううん。彼の言う通りだよ。結局は私のヤセ我慢だし……。けど彼は、ハッキリと私に伝えてきた。この間転入したばかりなのに、ホント、カッコいいよね……」
「別に、カッコつけだと思うけど……」
イーリィ自身、身に合わないものだと自覚していたが、ずっとそれをフタし続けてきたようだ。ただ、ルーヴェの彼女の心を慮っての発言にイーリィは晴れやかな表情を表に出した。ルーヴェのクールさにイーリィは少しばかり彼に釘付けとなる。
ただ、エルマは先程の確執があってか、あまり認めようとせず、辛辣な言葉を並べる。その口を尖らせるエルマにイーリィは「ハハハ」と苦笑いするのだった。
「次! アッシュ!」
「ハイハイ」
教員の呼びかけにルーヴェは返事し、今無人の状態で膝をついているグランレイの元に近寄る。滑り止めのグローブをはめ、操縦席に乗り込んだルーヴェは機体に導かれるかのように操縦桿を握り始める。
数日前から噂を立てる転校生がシュナイダーを操縦する。その興味が掻き立てられたクラスメイトの数は多く、エルマやイーリィも見守る。どういう結果となるのか、見ものだと誰しも思わずにいられないからだ。
その数多くの視線を一身に受け続けるルーヴェは、アルティメスを操縦する時と同様に目を細めていき、操縦桿を後ろに動かすと彼が乗るグランレイの膝が地面から離れていった。
ルーヴェは操縦桿を左右上下に動かし、グランレイの指の動きを確認する。ある程度操作方法を頭に入れ、足元にあるペダルを軽く踏むと最初に左足が地面から離れていった。
そのまま操縦桿を前に倒すと左足はズシンと音を立て、一歩先に踏み入れた姿勢となる。さらにその次に右足が上がると先程と同じように左足の前を過ぎて踏み入れると少しずつ前に歩き出した。
「へえ、案外やるじゃん。ねえ、エルマ?」
「……確かにね。でも、何だか慣れている感じに見えなくもないけど……」
ルーヴェの操縦にイーリィは関心を寄せる。対してエルマはそれに同意するものの、彼の操縦の連度に気づきかける。
まだ学生の身分であるエルマ達にはシュナイダーを搭乗する機会が少なく、操縦におぼつかないのは当たり前のことだ。
初期型のグランレイはそんなに操縦が複雑というわけではなく、むしろ易しいぐらいである。また、時代が進んだ技術によって、アップデートを繰り返しているため、メンテナンスも軽く済み、誰もが扱いやすいマイルドな仕上がりとなっている。
軍もアドヴェンダーの育成にはこの機体のデータを参照させており、実践訓練でも一般的に使用されている。
「でもさ、初めてじゃなくても指の動きも足の動かし方も完璧だし、彼、こういうのに向いているんじゃないかな? 言うだけのことはあるし……って、アレ? もしかして気に入らなかった? だとしたら、ゴメンね」
「…………」
「まだ乗っていない奴、空いたらすぐに乗れ! 時間もあまりないぞ!」
「! はい!」
周囲に響く教員の呼びかけに、本日まだグランレイを操縦していないエルマは返事して、操縦席が空いた別のグランレイの元に駆け寄り始めた。
一方、ルーヴェが乗るグランレイはスムーズな歩行を続けていた。
学生達の粗削りな歩き方とは異なり、上手くタイミングや加減を理解しての歩行だ。初期型ゆえに人の歩き方とは大違いだが、重心を崩すこともなく、ほぼ一直線の態勢を維持しながら歩行している。まさに理想的である。
しばらくこの演習場の壁際を歩いた後、まだ操縦していない学生の元に赴き、その人物に譲るように膝をついた。ルーヴェはそのまま操縦席を降り、グランレイの元から離れようとしたが、それを先回りしていた学生達に取り囲まれてしまう。
「スゲー! お前初めてなのにこんな上手いのかよ!」
「ねえ、今度教えてよ!」
「いや、最初は俺だっての!」
「私よ!」
ガヤガヤとあらゆる方向から声が聞こえ、行き場を失ったルーヴェは自身を囲む学生達をかき分けながら前に進もうとするが、学生達はアリの行進のように彼の後ろをついていく。それをチラリと視線を向けたルーヴェは目立つほどの養子と同様に嫌な気分に陥り、表情を歪ませるのだった。
「ハハ、また集まっちゃった……」
その様子を遠くから見ていたイーリィは苦笑いする。あまり操縦技術が乏しい彼女にとっては、むしろ操縦を諦めざるを得ない気持ちに浸るしかなかった。
彼女を含めて、シュナイダーの操縦に適性を持つのは、この学園でも数は少ない。その上、軍に入隊する者は指の数ほどしかいないのが現状であり、アドヴェンダーを目指す者はそれよりも少ないのである。
実際、軍はシュナイダーを起用することを推進しており、今でも戦車や戦闘機を保有する中でもシュナイダーが一番信頼できる。もっとも、閉鎖区を拠点とするヴィハックに対抗するためにもシュナイダーを投入する機運は皇宮内でも高まっている。
苦笑いを続けるイーリィの近くに巨大な影が彼女を覆いつくす。
「ちょっと、こっちを向きなさいよ!」
「! あ、ゴメン!」
その影があるものから声がかかると、イーリィはそこに振り向いた。もちろん、その正体はグランレイに乗り込んだエルマであった。
「じゃあ、上手く動かせているか見ていて!」
「りょうか~い!」
エルマは操縦桿を握ったまま前に動かすとグランレイの足が動き出し、一歩ずつ足を踏み入れていった。先程のルーヴェの操縦と同じ態勢でしっかりと重心が整っており、今のところバランスを崩すことはなく、前に進んでいる。
迫ってくる学生達から離れ、エルマがグランレイ動かしているのを見かけたルーヴェは同じく視線を向けるイーリィの近くに寄ってきた。
「アレ、アッシュ君? 他の皆はどうしたの?」
「うざいもんで、邪魔だ!と追い払った」
「ハハ……もしかして、君、人間が嫌いなの?」
「そんなんじゃない。ただ、甘い蜜を吸おうと寄ってくるのを見るのが嫌いなだけだ」
「あ、そうなんだ。なら、良かった」
変な所で納得したかのように思えたルーヴェだったが、答えるのも面倒に感じ、あえて言葉を発さなかった。ちなみに、視線はエルマが動かすグランレイを捉えたままだ。彼女の操縦を見て、ルーヴェは一つの疑問を浮かべる。
「……ところで彼女、かなり操縦がいけるようだが……」
「うん。私達の中でアレを動かせるのは、今操縦しているエルマやルルしかいないからね。まあ、私は興味でここにいるけど」
「つまり、適性があるってことか……。なら、将来は決まったも同然じゃないのか?」
「いやいや、エルマはアレに乗るつもりはないよ。科学者になりたいって言うし……」
「科学者?」
ルーヴェはエルマ達四人の中で二人がシュナイダーの適性があることを知るが、あまり表情を変えないまま耳を傾ける。
だが、イーリィが放った科学者というキーワードにルーヴェは強く反応を示し、眉をひそめた。
アドヴェンダーとしての適性を持ちながら、それとは異なる道を歩む者は少なくない。シュナイダーを動かすことに恐怖を感じる者もおり、彼女もその一人ではないかとルーヴェはそのエルマを見つめるしかなかった。
「…………」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます