フライトベース
帝国の首都レヴィアントの地下に位置し、先の見えない迷路のごとく通り抜ける〝ブリッジ〟に、地上と変わらず広がる空間を巨大な何かが悠然と直進し続けていた。
茜色に染まるトンネルに似たその空間に照らされているのは、十数台のトラックに似た大きな車輛とその両脇を固める数十体のディルオスだった。数珠のごときその並びはまさに圧巻だ。
一台の車輌に巨人二体が両脇を固めてもブリッジの幅は余裕があり、見ただけでも窮屈そうな感じは全くしない。さらにその前を遮る障害もなく、車輛の運転席に表示されているレーダーでも反応がないことから、目的地まで一気に辿り着くのは容易である。
その目的地とは、彼らの故郷の未来を左右するエネルギーを含むギャリア鉱石が眠る鉱山だ。
ただ、その場所へ行くためには数十体のシュナイダー部隊やその鉱石を運搬させるための車輛を揃える必要があり、かなり危険が付きまとうものなのは間違いなかった。なぜなら、その場所は得体のしれない生物が這いずり回っているからだ。
その車輛の脇を固めるディルオスを操縦していたガルディーニは、今の自分達の状況を改めて理解し、それを皇宮の一画にある【中央管理ブロック】へ通信で伝える。
『今のところ、ブリッジに異常はない。もうすぐでゲートに着く』
「分かっている。すぐに地上へ繋いで・・・やるから、そのまま進め」
『イエッサー!』
その通信を受け取ったルヴィスはただちにガルディーニ達を地上へ向かうための装置を起動させるためにその前面のデスクに座るオペレーター達に指示を出す。
するとタイタンウォールの前方に位置する警備ブロックの舗装された道路の一部が切り離され、壁を正面に向ける上部を支点に地下へと傾いていった。その傾いた道路がそのままブリッジへと繋がれ、地上へ行くための登り道が形成された。
さらにタイタンウォールの一部であるゲートが外側へと解放され始めた。そのゲートは今作られた登り道と繋がっており、ブリッジを通るガルディーニ達を地上へ迎え入れようとしていた。
「!」
ブリッジを通る中、その先にある登り道の上から光が差し込んでいることをガルディーニが目にすると、
『確認した。これより作戦行動に移る。私に続け!』
『『『イエッサー!』』』
メリアを含むアドヴェンダー達も、これから行われる作戦に気を引き締めた。
そして、車輛と共に登り道を渡り、そのまま解放されたゲートを通ると荒廃が進む閉鎖区へ進んでいく。全車輛とディルオス全機が閉鎖区に渡るとバラバラにならないように一ヶ所に固まり、そのままギャリア鉱石が眠る鉱山へと足を進ませるのだった。
「フライトベースの準備は?」
「全機出動できます。いつでもご命令を」
「よし。全機出撃!」
ルヴィスの号令に、皇宮に設置された滑走路から何かが発進し、空へと飛んでいった。その数は十も下らず、飛行も安定している。
その飛行している物体は、両端に翼が取り付けられた飛行体だった。その上には二体の巨人、ディルオスが横に並んで膝をついている。
空輸用滑空機〝フライトベース〟。
シュナイダーを輸送、および運搬を視野に入れ、開発された飛行型の輸送機である。
シュナイダーが単独飛行を行えない現状を補うための措置として利用されることが多く、戦闘でもシュナイダーによる空中からの奇襲にも使用される。
もちろんその中にはコクピットがあり、パイロットが操作できるようにしているが、シュナイダー側から自動でアドヴェンダーによる操作も行えるため、こうした運用面での不安を解消させている。
その滑空機がディルオスを載せて向かっている先は当然、飛んでいる鳥すら見かけない閉鎖区である。ディルオスに搭乗している彼らもガルディーニ達と共に鉱山へと向かっていたのだった。
ディルオスを載せたフライトベースが次々と発進する一方、ディルオスとは違う形状のシュナイダーが一体紛れ込んでおり、滑走路の前に立っていた。
「システムの異常はない。後は……俺次第か」
その中にいたのは背面部に翼を携えたヴィルギルトである。専用武器であるシュナイド・ソードは翼に取り付けられ、右手には専用武器と思われるライフルが握られていた。
そして、その機体に乗るレギルがそこにいるということは、その翼をはためかす時が来たということでもあった。機体の状態を確認し、いつでも動ける準備を終えた彼は気を引き締め、空を羽ばたく決意をする。
「ヴィルギルト、出撃するぞ……!」
レギルは左手の操縦桿を前に倒し、足元にあるペダルを踏むとヴィルギルトの背中に搭載されたスラスターが噴射され、周囲に温風が流れ出す。
そして、ジャンプするかのように飛び立つとスラスターをさらに噴射、かつ翼を展開させ、今フライトベースに跨っているディルオスの元へ大空を飛んでいったのだった。
これから閉鎖区へ向かおうとしている彼らにとって懸念していることが一つある。それは、閉鎖区への偵察だ。
閉鎖区への偵察なら、遠隔操作による無人機だけで状況を把握できるのだが、以前にその全体をカメラで把握しようとした時に何かが襲い掛かってきて、そのまま撃墜されたようだ。しかもそれを十回以上も繰り返していたのだが、それらすべてが撃墜され、ほとんど映像が残らなかったそうだ。
唯一カメラに映っていた映像には黒い影のようなものがあり、軍は即時ヴィハックの仕業だと断定した。デッドレイウイルスが蔓延している場所に生息する生物など一つしかないからだ。
だが、空中で映っていた映像のものとそれまで確認された個体を照合しても、帝国は別物だと判別された。ヴィハックの生態が不透明であることも含めて謎も多く、空を飛ぶ個体も存在するのではないかと推測するようになった。
それを想定してか、軍はフライトベースの開発に踏み切り、何回か投入させた結果、その存在は現実のものとなった。
ヴィハックはこの地球の環境に適応するために自らを進化させていることを駆除部隊の研究班が調べ上げ、近いうちに手遅れになることを恐れた帝国はヴィハックへの迅速なる対応を行うようになったのである。
「今のところ反応は?」
「地上部隊の周囲に強い反応はありません。順調に進んでいます。航空部隊も特に反応するものはありません」
「警戒は怠るな。いつ現れてもおかしくない」
「イエッサー」
レーダー担当を務めるオペレーターからも異常はないとルヴィスに伝える。そのヴィウは表情を変えず、眉を少し上げたまま腕を組んでいる。
ただ、彼が見つめる映像の一つにあるものが映り込んでいた。この作戦に参加させている白いシュナイダー、ヴィルギルトだ。
そのヴィルギルトは背中に搭載されたスラスターを噴射させ、二枚の翼で安定させたまま滑空を続けていた。
ルヴィス達がヴィルギルトの単独飛行を目にする中、それを見ていたのはルヴィスだけではなかった。その隣に前日までヴィルギルトの調整を行っていたキールとラットの二人もこの管理ブロックに立ち寄っていた。
「今のところ順調のようですねえ、殿下?」
「それは我が軍か、それともヴィルギルトのことか?」
「いやはや、両方ですよ。奴らの奇襲が無くて、何よりです。フフフッ……」
「…………」
閉鎖区に向かっている自軍の無事をホッとするかのようにニンマリと笑うキール。
だが、その不敵な笑みを、気持ち悪い奴だとルヴィスはキールに視線を向けて、心の中で罵倒していた。その一方でキールの隣にいるラットは彼を見ようとせず、モニターに視線を注ぎ続ける。
ただ、モニターに映るヴィルギルトを見る辺り、特に異常も見当たらず、シュナイダーによる単独飛行を続けている。
ここ数年でこの技術を確立できずにいた帝国にとっては、目覚ましいのである。もしもこの技術が行き渡れば、戦いの場を空に譲ることも可能であるとルヴィスは心を躍らせずにはいられなかった。
しかし、一方で奥ゆかしく歯ぎしりする人物が隣で嫌悪感を周囲に撒き散らすように唸っていた。
「ですがねえ……」
「?」
「何で、僕の技術があの黒いシュナイダーに流れているのかな~? それが一番の謎だよ、ホント……」
「何を言っているかは分からんが、我が帝国の中に内通者がいるとでも?」
「さあ? 我が国に相対する敵などいくらでもいますからね~」
「フン……」
言葉を濁すようなキールの発言にルヴィスは鼻を鳴らした。
だが、キールの言葉通り、ガルヴァス帝国には自国内でいがみ合っている者は少なくなく、今でも有権者同士による政争が続いている。
もちろん、帝国内に存在する貴族も同様であり、長年築き上げてきた地位による格差も存在する。平民と貴族の差より生まれながらに与えられた特権の違いが主に際立っているのだ。
権力による貴族主義と力による実力主義。この二つの意味は違えど、本質は似ていると言っていいだろう。
まず貴族の権力は先代達から後継者に受け継がれていくが、その後継者はそれに満足し、あえて実力を磨かず、威光をただ見せつけることが多い。
逆に平民など地位の低い者が自身の力を権力者に見せつけ、功績を認められることで権力者と同じ権力を勝ち取っていく。
その両者の違いはまさしく自身が権力を行使できる実力を持つかどうかだ。そして、似ていると言える本質は、単純に他者への認知だろう。
いかに権力や実力があろうと、それを目にする者、受け取る者がいなければその威光は何の効力も発さないのである。
噛み合わせが悪かろうと国を維持していられる理由は、貴族すら超える皇族の権力が予想以上に強くて貴族の権威を無理やり抑えつけられていることか、あるいは二つの異なる主義のバランスが意外に成り立っていることかもしれない。
「……ですが、今回の作戦で功績を立てれば、技術もさらに進ませることはできますよ。善かれ悪しかれ、我が国がさらに他国を凌駕させることにも繋がりますから……」
「「!」」
「ハハッ、確かにその通りだね~、ラット君」
この単独飛行の技術が確立できれば、この技術を応用した大質量の運搬を可能とすることができる。実際、単独飛行によるデータは今もラットが手に持っているタブレットに転送されており、しっかりと記録していた。
今のデータを採取し、次を生かすための記録を保存する、いかにも科学者らしい措置を取り方である。だが、それはある実験の失敗を前提としたやり方であった。
「けど、善かれ悪しかれっていうけどさ……」
「?」
「科学者にとって、失敗は許されるものではないこと、分かっているはずだよねぇ……?」
「!! ……もちろん分かっております、主任」
「なら、いいよ……。僕の研究が失敗ということはあり得ないからねぇ……」
「…………」
キールが変人である事実は既に周知である。ただ、その腕は確かなものであり、これまでも彼の研究がこの国を支えていたことは紛れもないものであった。
シュナイダーの開発にも彼が主に携わっていたこともあって、キールの存在はもはや必要であることが絶対条件となっていたのである。
「…………」
先程までふざけた口調と裏腹に考え込むキール。その眼には変わらずモニターに移り続けるヴィルギルトではなく、別のものをその眼に焼き付けていた。
(黒いシュナイダー……僕が考えた単独飛行をいち早く完成にこぎつけていたあの機体……。僕以外にあんなものを取り入れようとするなら……!)
ふとある人物が頭に思い浮かんだキールは「まさか!」と思い、絶句してしまう。
(彼女なら、あり得るかも……! いや、しかし……)
キールは自分の思い浮かんだ通りなら、アルティメスを完成させてしまうことも可能だと結論付ける。ただ、にわかに信じがたいことだと否定し続けるが、もしそれが事実だというなら、その人物がやっている行為は国家への反逆行為にあたるだろう。
何しろ、その人物は今この国にはおらず、行方が未だに知れない。その事実が彼の推測に辻褄を合わせていく。さらに、
「フフッ……!」
キールの口元がひどく歪み、怪しい笑みを浮かばせる。思わず口元を手で隠すものの、その震えが手に表れていた。
(……いいでしょう。あなたが我々に歯向かうというなら、あの時と同じように容赦はしませんよ……。ラヴェリア博士……!)
推測の域ではあるものの、キールは彼が思う女性の存在に心の中で喜びを爆発させた。だが、その喜びを表す表情は特に醜いものであり、まるで悪魔のような、人とは思えないほど歪み切っていた。
笑いを堪えるキールをよそに、その隣にいたルヴィスとケヴィルは傍目で彼の挙動がおかしなものになっていることを黙って見つめていた。
「…………」
「何をしているんだ、奴は? こんな時に……」
「別に気にする必要はない。私達はやるべきことに集中するだけだ。……好きにしてやれ」
「……分かりました」
不審な挙動を続けるキールを捨て置くルヴィスは、視線を正面に広がるモニターに再度目を向ける。キールの挙動はいつもの事であり、興味のない彼にとっては特に意味のないものであった。
しかし、そのキールの表情は喜びを通り越し、気持ちを引き締めてルヴィス達と同様にモニターに視線を移すのだった。
ルヴィス達が管理ブロックにて作戦を実行している一方、その管理ブロックが存在する階層に続くエレベーターが降りて来ていた。
その昇降路を通る、数十人が乗っても余裕があるほどの広々とした籠の中に二人の人物が乗っていた。
そのうちの一人は女性、しかも大の大人より少し小さめの年端のいかない少女だ。長い銀髪とその色に合わせたドレスが顔を見せずともその美しさを強調させる。
また、残る一人はその少女より左斜めに立っていて、少女を際立たせる。服装も軍人が来ている服とは異なり、タキシードのような礼装だ。スラっとした姿勢がまた美しい。
二人を乗せた籠がとある階層に止まると正面の自動ドアが二枚に分かれ、二人をその階に誘った。
そして、二人は誘われるままに長い直線が続くその階へ足を踏み入れるのだった。
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