転校生

 レギルがルヴィス達に挨拶を行っていた一方、帝国が開発した軍用兵器を保有する格納庫に一台の大型トレーラーが駐留していた。

 トレーラーに積まれたコンテナの長さはおそらく十五メートルはあり、」シュナイダーの全高と同じ高さであることから、その中には今ハンガーに収納されているディルオスと同じシュナイダーか、それに合わせた新兵器であることには間違いないだろう。

 そのトレーラーに集まる軍の整備班らの期待を膨らませた視線が中身の見えないコンテナへと集中する。その後ろから白衣を着た男二人が現れた。

「ホ~イ、そこをどいて~」

「!」

「あなたは……キール主任! それにラット副主任も!」

 つい先程、この皇宮に戻ってきた二人である。その二人が人混みを押しのけて、トレーラーに近づく。それに合わせて整備班らも少しだけ二人から距離を取る。

「今からから、ちょっと離れて~」

キールが両手を振って、整備班らにその場を離れるようジェスチャーするとその場にいる誰もが二人だけでなく、その後ろにあったトレーラーからも距離を取り始めた。

今にも何かを始めようとしたその時、格納庫に繋がる通路の奥からやって来た一人の青年こと、レギル・アルヴォイドがこの地に訪れる。

「そうだよ。今のうちに、調整も済ませておきたいしね。じゃ、始めようか、ラット君」

「はい」

 キールの呼びかけにラットはトレーラーの後部に回り、左手に抱えていたタブレットを操作するとトレーラーに積んでいたコンテナがトレーラーの後部からはみ出るように動き出した。さらに積まれていたコンテナがその下にある油圧シリンダによって、ダンプカーの荷台のごとく水平に傾いていき、コンテナは地面に下ろされた。

 その後、ラットがまたタブレットを操作し、正面に向かれたコンテナのハッチが左右に開かれるとその奥を見た整備班らは、「オォ‼」と口を揃えつつ驚きの声を上げる。

 そして、レギルとキールもその開かれたコンテナの前に移動する。その彼らの前に現れたのは、コンテナに固定させるための軽いロックが掛けられた一体の巨人、穢れを受け付けない純白に彩られた巨大な騎士――「ヴィルギルト」であった。

 同じく騎士を模したディルオスとは明らかに設計が異なっており、いかにも人に寄せた外観である。さらには頭部に二つの緑の瞳を模した水晶があり、その上に被っているように見える兜も含めて騎士というよりコロッセオで戦う剣闘士に近かった。

「後はハンガーに戻すだけだから、ここから先は君の出番だよ、アルヴォイド卿!」

「……はい!」

 キールに促されたレギルはそのまま、自らが乗る愛機である白騎士の元へ赴くのだった。


 ヴィルギルトの胸部――操縦するコクピットに座ったレギルは、目の前にある赤の起動ボタンを押すとその上にある液晶ディスプレイに光が灯り始める。

 さらにその周囲に光が灯り、レギルの左右と正面にあるモニターが外の映像を映し出すとヴィルギルトの目が光った。

 その近くにいたラットはさらにタブレットを操作して、ヴィルギルトに掛けられていたロックを外す。

 ロックが外れるとレギルはコクピットの操縦桿を握りつつ、前に押し出すとヴィルギルトの右足が動き出し、舗装された大地に一歩足を踏み入れた。その次に左足が前に出て、同じく大地に足を踏む。

 こうしてレギルが操る白の騎士、ヴィルギルトが今ここに降り立ったのだった。

「では、主任……」

「オーケー。次の作業へ進めるとしようか」

 格納庫に立つヴィルギルトの姿を確認したキールとラットは、ヴィルギルトを載せていたのと同じ形をした数台のトレーラーに目を向ける。

 当然、そのトレーラーに積まれたコンテナにはシュナイダー用の武装、すなわちヴィルギルトのために開発された武器がいくつか積まれている。

 今のヴィルギルトはいわば丸裸といった状態であり、全身に懸架、もしくは所持する武装がない。しかし、別のトレーラーに積まれている武装を付け加えることで、アドヴェンダーの操縦技術も含めてヴィルギルトは本領を発揮できるのだ。

 それを今から行おうとキール達は整備班らと共に、武装を載せたコンテナがある複数台のトレーラーへと向かっていくのだった。



 それから日が落ち、空が黒くなった頃、小さな光が灯る場所に一人の少年が立っていた。

『手続きは既に済ませておいたし、しばらくはそこに身を隠せばいいわ』

「……分かった。だが、アンタの所のと会うことになってもいいのか?」

『!……特にバレなければ、それでいいわよ。あまり……』

 スマホから若い女性の声が耳に届く。その耳の持ち主は、目立ってしまう銀髪を帽子で隠す少年、ルーヴェだ。その彼は今、とある場所の敷地外を通る道路の上にいた。

「……そうか」

 そう言い切って、スマホの通話を切ったルーヴェは後ろに振り向いたその先に、ある建物が存在していた。学び舎のような趣のある建物に加え、その周辺には似た様式の建物がいくつか設けられている。当然その建物とは、エルマ達が通う、ニルヴァ―ヌ学園であった。

「なんで今更……」

 その学園の敷地にルーヴェは一歩足を踏み入れる。さらにまた一歩、その敷地を踏んでいき、学園へと赴いていく。

 この静まった夜中に彼がこの学園に赴く目的に、なぜか彼自身はうんざりしており、表情からも嫌そうな顔をしていた。

 電話の相手が言っていた〝手続き〟から連想するものは一つしかない。メリットはあれど、どうも納得のいかないルーヴェはこれからのことを含めて、渋々従うしかなかった。

 さらには電話の相手である女性にとって、あまり関わりたくない人物もいるという。その事に関しては、少し言葉を濁している節が見られた。

(まあいい……。少しの間だけ〝隠れ・・蓑・〟となってもらうとするか……)

 ルーヴェはチラリと学園を見て、ため息を吐く。その目的はもちろん、当分の宿であることは明らかだ。この方、ルーヴェはほとんど野宿をしていたことになり、寝床は当然アルティメスしかなかった。

 ちなみに、彼が乗るアルティメスも別の場所に移している。

 元々、アルティメスを都市部のど真ん中にある人が通ることの少ない場所に隠していた。もしものために人に見られない措置・・を施していたのだが、帝国の、主に首都の警備はあまりにも厳しく、いつまでもそこに留めているわけにもいかなかったのだ。

 探し出されると厄介なため、ある場所に隠すことにし、自身も女性の言葉通りにこの学園に隠れることにしたのである。

 当分、綻びが出ることはないだろうとルーヴェは考え、一旦心を落ち着かせるのだった。


 そして、夜が明け……。


 数日前まで化け物が蠢いた夜の出来事を何も知らず、今日も自分達が学ぶ教室に留まり続けるエルマ達。数日前まで避難をしていたにもかかわらず、何事もなかったのように自分達の生活のペースを取り戻し始めていた。

 生徒達がいつも通りの会話を続けていると始業のチャイムが鳴り、生徒達はまた自分の教室に戻っていき、その教室の机と同じ材質で出来た椅子へと座り始める。

 しばらくして教室にこのクラスを担当する男性教師が入ってきて、生徒達が座る机の前に置かれた教卓の後ろに立つと生徒達は表情を引き締めた。

 その表情を見渡した教師は、いつもと同じ表情で生徒達に向かって、いつもの会話を行う豆にあることを言い出した。

「あー、みんなに朗報だ。このクラスに新しい生徒がやってくるぞー」

「「「!」」」

 教師が放った言葉に生徒達はそれぞれ隣の座席にいる生徒の顔を見て、ヒソヒソと小声を上げ、徐々に騒ぎ始めた。それもそのはず、この時期に転入生が来るなど珍しく、何かの前触れではないかと疑い始めたからだ。ただ、中にはどんな人物が来るのか皆、その期待に膨らませる。

「…………」

 その期待を持ちかけられた人物は生徒達と同じ制服を着ていて、左手に学園指定のカバンを持っていた。

 そして、教師は自身が入ってきたドアから「来たまえ」と声をかけると、そのドアが横に開かれ、この教室に転入生が入ってきた。

「…………!」

 この教室にやって来た転入生を見て、この教室にいる生徒全員が氷のように固まった。その眼はまっすぐにそれを捉えており、視界から消えないように顔を動かす。

 その転入生は他でも見ない銀色の髪と水色の瞳をした少年であり、顔もそれに合わせてか美形に整っている。女子生徒はその魅力に我を忘れてしまい、声を上げようともしない。少年から出るその美しさが周囲に満ちていき、周りの者を巻き込んでいった。

 もちろんその正体は、少し前までこの学園に訪れていたルーヴェ・アッシュであった。

 彼がここにいるのは当然、ここを隠れ蓑にするためだ。あまり目立たなくするための策ではあるのだが、ルーヴェは目の前に広がる光景を見て、来て早々、それが失敗だと気づくのだった。

「…………」

 男子生徒は冷ややかな温度、対して女子生徒はどうも熱っぽい温度を持った視線が同時にルーヴェに突き刺さっていたのである。

 実はルーヴェはこの顔に対して強いコンプレックスを持っている。生まれつきの銀髪を含めて、まるっきり目立ってしまうため普段は帽子を被って隠しているものの、このような顔を隠すことのない場では、逃げ場もなく目立ってしまうことがある。

 まるでアイドルのような扱いで見ているような感覚であり、何より視線が痛かった。その視線の大部分に含まれる嫉妬と羨望を同時に受けて、微妙な気持ちとなっていたルーヴェは表に出そうとせず、無表情の仮面を装っていた。

「ほら、あまり騒ぐな。……じゃあ、挨拶を」

 そこに教師からルーヴェを援護する声が上がり、一旦静寂が生まれた。

 そして、ルーヴェは改めて気持ちを落ち着けて、口を開いた。

「……ルーヴェ・アッシュ。……以上だ」

「……え? 以上?」

「以上だ」

 あまりの簡素な挨拶に教師を含めて、この場にいる全員が呆気を取られ、ポカンと口を開けていた。特にその美麗な顔と同様の言葉を並べてくれると思っていた女子生徒は、意外な受け答えに一気に視線に含まれていた熱の温度が急激に下がっていった。

 冷ややかな視線を向けていた男子生徒もさすがに、自分以上の冷えた言葉に何も言えなかった。

「……で? 自分はどの席に座ればいいのですか?」

「あ、ああ……。あの奥の席が君の席になる……。移動してくれたまえ……」

「分かりました」

 ルーヴェの近くにいた教師も、彼の受け答えに恐れを抱いたからか、複数並べられた机の後ろに指さしながらも言葉が所々途切れていた。ルーヴェから発している大胆不敵なプレッシャーに額からも冷や汗が流れていた。

 ルーヴェは教師が指差した方向に目を向けると、すぐにその場所へと足を動かし始めた。

 五段構造となっている机の隣にある階段にルーヴェが足を踏み入れるとあらゆる方向から視線が今でも突き刺さる。机に座る生徒達を通り過ぎるたび、その傍目にいる生徒達の目がまっすぐ彼を捉えているが、ルーヴェはそれに構おうともせず、一段一段と上がっていく。

 その時、ルーヴェは一瞬エルマがいる席を見るとすぐに視線を逸らして上がっていった。

 しかし、エルマは自分に目が行っていたことに気づくが、「?」と彼女の頭はそれしか浮かばなかった。

 そして、ルーヴェは最後尾の机がある場所に辿り着くとすぐにその席に座った。その席は左の壁に窓が設けられており、いつでも外を見られるようになっている。つまり、外から太陽の光が通すようにもなっており、しっかりと教卓にいる教師からも見えるようになっていた。

 ルーヴェが席に着き、気を取り直した教師は改めてホールルームを開始するのだった。


「…………」

 だが、ルーヴェは一つだけ気がかりな所があった。それはある人物を目撃したことである。

 その人物とは、転入する前、ニルヴァ―ヌ学園に足を踏み入れる前に、通話した女性が言っていた、彼女と深い関わりのある人物であった。

 実はルーヴェは一瞬だけその人物と目が合ってしまったようだ。一瞬だけだが、相手もあまり気にしないだろうと心のどこかで安心するのだった。


 一方、ルーヴェから離れた席にいるエルマはチラリとルーヴェを見る。彼女だけでなく、今も彼を見る生徒もおり、手つかずの状態となっている者は少なからずいた。ただ、その彼を見ていたエルマはなぜか首をかしげていた。

(何だか、見たことがあるような……)

 その理由は、ルーヴェのことを知っているような言葉を彼女は頭の中で浮かべていたことだ。

 しかし、ルーヴェとは初対面であるはずなのに、親近感よりデジャヴのような、見たことがあるという霞に近い状態となっていた記憶が呼び覚まされようとしている。その曖昧なものがエルマの頭の中を支配していったのだった。

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