白の騎士

 空を表す青が広がる中、一機の輸送機が大空のど真ん中を進んでいた。高度もかなり高く、同じく飛んでいる鳥も高度まで飛べるのがいない。完全に一人旅のような優越感がある。

 その輸送機はかなりの大きさであり、機体にはタカを横で見る時の姿を模した紋章のようなものが描かれている。これが国のシンボルとして描かれている所は一つしかない。

 その中にはそれに相応しい大きさを持った白い巨人が仰向けのまま横になっていた。この輸送機はそれを運んでいるのがよく分かる。

 ゆったりと空を通る中、輸送機はその下に海を囲んだ大きな島を捉えた。その島は横よりも縦に広がっており、かなりの広さがある。それはもう国という領土をちっぽけなものに見せるほどの大きさを持った大陸だった。

 その大陸の上を通り、先端がピラミッド状になっている塔が数本あり、どの建物よりも高い王城が見えると輸送機はその場所まで高度を下げていく。その王城とはもちろん、ガルヴァス皇宮である。この輸送機はガルヴァス帝国所有のものだったのだ。

 皇宮の敷地内に設置されている滑走路が見えると輸送機はそれに沿って、下部に展開させたタイヤを地面に下ろしていった。ブレーキをかけ、完全に止まるとそのまま皇宮の滑走路の正面にある大きな入り口に向かって進んでいった。


 輸送機が入り口を出る侵攻方向に機体を向けて停止すると階段が取り付けられた昇降機が現れ、機体の操縦席のすぐそばの左側にある扉に近づく。その扉が左に動くと奥から人が現れ出し、昇降機にある階段をゆっくりと降りていく。

 また、輸送機の後方にある大きなハッチが降りてきて、地面に着くとその奥から何やら大きな荷物を荷台に積んだトレーラーがハッチの上を走り出し、そのまま皇宮内の一画に存在する軍の格納庫へと進んでいった。

「いや~、ようやく着いたよ、ホントに」

「主任、さっさと前に行ってください。後がつかえているので」

「ハイハイ。もう少し喜べばいいのに……」

 皇宮に降り立つとすぐに悪ふざけをするような振る舞いをする眼鏡をかけた一人の青年、キール・アスガータをその後ろにいる青髪の青年、ラット・グラジルがそれを咎める。冷淡な感情を露わにするのを見て、キールはもう少し感情を豊かにしろと口を尖らせた。

 だが、それをまた後ろにいる金髪の青年が声をかけてきた。

「お二人共、まずは会わなければならない人がいるのではありませんか? そういうやり取りは後で取っていてください」

「確かに……」

「じゃあ、さっさと行きましょうか。僕の研究成果と共に。フフフ……」

 その薄気味の悪い笑みを浮かべるキールを見て、その後ろにいた二人は揃ってため息を吐くのだった。


 皇宮の上階に位置するルヴィスの執務室を出入りする扉の前にケヴィルが立ち、右手で扉にコンコンと軽くノックする。

「!」

「ルヴィス殿下。例の騎士を含めた以下三名を連れて参りました」

「そうか。入れ」

「はい」

 ルヴィスが執務室に入ることを許可するとケヴィルは扉を開き、彼が言う三人を引き連れてルヴィスの前に現れる。そのまま彼が座る机の前まで赴いた。やけに物静かな空気が周囲を包み込む。

 ケヴィルはすぐさまルヴィスの左隣に移動し、三人を向かい合うように立ち位置を変えた。三人はルヴィスの前に立ったままだ。皇族に礼儀を示すように姿勢を正し、右の手のひらを左胸に押し付ける。

「お前達、今一度名を名乗れ」

「ガルヴァス帝国名門、アルヴォイド家長男にして皇族専属騎士、レギル・アルヴォイド。ルヴィス・ラウ・ガルヴァス殿下、お久しぶりでございます」

「帝国軍、シュナイダー開発部主任、キール・アスガータ」

「同じく副主任、ラット・グラジル」

「以下三名、ラビアンよりただいま戻りました」

 ルヴィスの前で名乗った三人は、それぞれ皇帝の専属騎士、そしてシュナイダーの開発部の担当を務めていることを改めて答えた後、首都レヴィアントより南下した領土にある【ラビアン】から戻ってきたことを伝えてきた。

 ガルヴァス帝国は首都レヴィアントの他に、南下した大陸の【ルビアン】、北上した【ロードス】がある。ただ、そのロードスは【ギャリア大戦】でヴィハックが占領した都市であり、今は閉鎖区と呼ばれるようになった忌まわしき場所でもあった。

 それぞれ、皇族の一人が都市を治める権利を持っており、ロードスはルヴィスとも異なる皇族の一人が治めていた。もっとも、今は部下を引き連れ、義兄と同じルビアンにいるそうだ。

 通例に近い言葉を聞いてルヴィスは涼しい顔をしたまま、「よく帰ってきたな」と答えるとレギルの右側にいるキールがルヴィスの前に出てきた。

「そりゃあ、僕が開発したシュナイダーとアルヴォイド卿の実力があってこそ、ですよ。おかげで、ラビアンに残っていたヴィハックを掃討できたのですから!」

「そうか……。では向こうにいる義兄上は何と?」

「〝義弟おとうとをよろしく〟と言っていました。何しろ、閉鎖区の方が一番危なっかしいと仰っていましたから、その手伝いに向かってくれと……」

「つまり、世話を任されたというわけか……」

「そのように解釈してよろしいかと……」

 ルヴィスの前に立っている青年、レギル・アルヴォイドは彼が先に言った通り、皇帝の専属騎士である。皇帝より認められた実力を持つ彼は、本来なら皇族の足元にも及ばない身分であるにもかかわらず、それに近い地位を築いていた。

 そもそもガルヴァス帝国では多数の貴族を控えており、そのいくつかは皇帝一族の護衛を任務としているのもある。

 アルヴォイド家もその一つであり、帝国でも名高い貴族としても有名と言われている。中でも実力が高い騎士を多数輩出してきた貴族の名門中の名門と言われており、当然、皇帝の子息である皇族の護衛も務めている。

 見た目だけでもルヴィスより年齢はあまり変わらないが、騎士に選出されるだけあってその実力はあると言っても過言ではないだろう。

 皇帝騎士という名誉は、帝国にとって輝かしい地位であり、ガルヴァス皇族にも近づくことができる唯一無二の身分だ。他の貴族達も逆らうことが難しく、仮に逆らうとしても皇帝直々に認められたその実力の前では形無しである。

「……ところでだが、お前達がやって来たということは、まだ義兄上は……」

「はい。まだ後始末をつけている最中かと……落ち着いてから来る予定と申しておりました」

「なら、義姉上はどうなんだ? 聞いてはいないのか?」

 ルヴィスは義兄の現状について尋ねると、今度はラットが答えてきた。騒ぎが落ち着けば戻ってくることを知ると同じルビアンに留まっている義姉についても尋ねてみた。

「一応、我々から伝えましたが……こういう言葉を預からせていただきました」

「?」

「〝愚弟を任せる〟と」

「…………」

 レギルの嘘偽りのない言葉にルヴィスは何やら苦い表情となり、思わず左手で顔を掴むように抱えた。ケヴィルは心配そうな様子で「殿下、大丈夫ですか?」と言いつつ視線をルヴィスへ向けた。

 一方、レギルの表情はルヴィスに対する同情からか、苦笑いを浮かべており、言葉が見つからないためか、無言のままだ。

 疲れを表すようなため息が深く吐くとルヴィスは改めてレギルの顔を見た。

「お目付け役、という訳か……。……わかった。では貴公は、本日からこの私の専属騎士に任命する、でいいな?」

「この身に代えて、殿下をお守り致します!」

「いいだろう……下がれ」

「イエッサー!」

 レギルは力強い瞳と共に敬礼を示し、執務室を後にする。それにキールとラットもついていき、揃って執務室から消えていった。

 レギルの気配がなくなるとルヴィスは肩に力が入っていたのか、椅子の背もたれに背中を打ち付け、疲れた様子でため息をついた。

「兄上からか……。また心配をかけてしまったようだ……」

「いえ、殿下は立派にやっています。ただ、今回は状況が今までとは違いますから……」

「そうだな……まあ、〝奴ら〟の好き勝手にはさせたくないのは義兄上も同じではあるからな」

 ケヴィルのフォローにルヴィスは思わず顔が緩む。その後、引き締めるように目を鋭くさせた。

 〝奴ら〟とはもちろん、ヴィハックだ。当時と比べ、勢いは弱く見られるようになってきたが、数はまだまだあると思われ、依然として油断はできないのが現状である。

 実際、レギルが向かっていたラビアンでも存在が確認されたが、特に被害というものは見られなかったようだ。おそらく、そこに留まるヴィハックがすべて駆除されるのも時間の問題だろう。

 それが終われば、後は閉鎖区を自身の祖国の領土に戻すことに専念できるようだ。それまでは自分がこのレヴィアントを守らなければならない。その使命感にルヴィスは一層気を引き締める。

「義兄上達の前で恥ずかしい真似などできるわけにはいかない……!」

「そうですね。……ですが、あのシュナイダーの件も気を配らなければなりませんし……。自分も手伝います」

「それは心強いが……お前、調査はどうした? あれから何も来ていないが……」

「す、すいません! まだ、何も……!」

「なら、早急に情報を集めろ! 何か掴んだら、すぐ私に伝えるんだ! いいな!」

「イ、イエッサー!」

 主の思いに応えようとその近くにいたケヴィルは自身に課せられた任務を頭の隅から引きずり出し、すぐに任務へと全うしようと丁寧に扉を閉めて執務室を後にした。

 執務室にただ一人となるとルヴィスは、再び肩の荷を下ろし始めた。

「フゥ―、……本当に何者なんだ、奴は……!」

 彼の頭の中にあったのは、ケヴィルに指摘された、彼らが追っているアルティメスただ一つだ。祖国が開発されたものではないと分かっていても、敵であるかも怪しく、かといっても、味方であるかも分からないのである。それを確かめるために、ケヴィルが動いているのだが、なぜか頭から離れずにいた。ルヴィスも、メリアと同じくアレに魅了された一人であった。



 執務室を去っていったレギルは、格納庫に戻るキール達と離れ、光を受け入れる窓がある廊下を歩いていた。その時、彼は二人の男女を目にし、思わず足を止める。その男女とは、ルヴィス達と同じくアルティメスを調査していたガルディーニとメリアである。

 二人もレギルを目にしたらしく、両者は無言のまま、カツカツと歩きながら相対するかのごとく近づいてきた。

「貴公が本国から来た騎士か?」

「ええ……その通りです、ガルヴァーニ卿。それにメリア卿もお久しぶりです」

「そうだな……。確か、騎士任命式以来……だったか」

「あの時は、お互いの顔を知る程度でしたが……」

「今では皇帝専属騎士、か……」

 ガルヴァーニはレギルの思わぬ出世に呆れたように呟いた。

三人は騎士任命式と呼ばれる騎士の称号を与える式が行われた時に知り合っていたのである。もっとも、その時の騎士の称号を頂いたのはレギルであった。

 ただ、レギルの実力が高かったため、彼は知らずのうちにメキメキと地位を上げていき、青年という若さで皇帝専属騎士の称号を受け取ったのだ。

 ガルヴァーニとメリアは、レギルとは年齢の差があったためか昔は自分達の方が高い地位を得ていたのだが、今では知らずの内にその地位が逆転されていた。

今この場で顔を合わせても、レギルが若者らしいにこやかな表情をしているのに対し、ガルディーニ達は何故か嫉妬やら羨望やらと複雑な感情を抱いていた。

「何だか、暗い表情をしていますが……やはりアレですか?」

「アレとは?」

「アレですよ。あの黒いシュナイダーが現れた、という話」

「そちらにも伝わっていたのか……」

 レギルの問いにメリアが反応する。その問いとは当然、閉鎖区で起きた出来事であった。

 ガルディーニはアレが昨晩現れたという事実がまだ広まっていないにもかかわらず、遠くに離れた都市まで広まっていることに苦虫を噛み潰すような表情を浮かべ、右手を顔の右半分を覆った。

「その情報はどこから……?」

「実はと言うと、自分がいたルビアンでも見かけたことがありまして、一緒に行動していた皇女殿下もそれに驚いたそうですよ」

「それって、ヴェルジュ皇女殿下が?」

「はい。かなり驚いていたそうですよ? アレがほとんどのヴィハックを潰していったそうです」

「…………!」

 レギルの言葉を聞いて、ガルディーニ達は自分達が掴んだ情報がルビアンで起きていたことだと察した。そして、既にレギルやヴェルジュ達にも目撃していたことに小さな驚きを見せた。

「かなり悔しかったんだと思います。何しろ自分達の優位性を覆しかねないことですから……。久しぶりですよ、自身が無力であることを思い起こされるとは……」

「確かに、このままコケにされたままでは終われんからな」

「ええ。もしかしたら、あなた方の協力も必要になります。アレと対峙するには、手が足りないと思っていますから……」

「……そうか」

「では、自分はこれで」

 レギルが自分達を必要とされていることに不思議とガルヴァーニは気分が上がっていた。レギルは二人を横切り、そのまま歩いていくとその場に残された二人も彼が歩いていた道を巻き戻すように進んでいった。

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