ロードスの悲劇
ギャリア大戦の勃発からこの十年、世界は地獄と化していた。
当時、大戦の真っ只中に落下したヴィハックの群れを排除しようとガルヴァス帝国が開発した新型爆弾を自国に襲い掛かる大群に向けて直接投下させた。
その着弾点に巨大なクレーターが出来上がり、その周辺はヴィハックを含めて跡形もなく消え去り、すぐにタイタンウォールを起動させた。
タイタンウォールのおかげで放射能を周囲に広まるのを防ぐことはできたものの、人々は壁より先の大地を見ることができなくなり、首都を含めた壁より南下した大地に住むことを余儀なくされた。
領土の一部を失ったダメージは大きく、帝国は状況の整理をすべく即時、軍勢を他国から手を引いていった。それを知った他国も侵攻する目的を失ったため追撃をしようともせず、次第に冷戦状態へと流れていった。
その数日後、帝国を中心に突如として、避難を続けていた一般人が亡くなる事態が起こり始めた。
警備を務めていた警官だけでなく、警官と共に動いていた軍人達も動かなくなっていき、やがて世界中がパニックに陥った。
一般人が自覚症状がないまま突如苦しみだし、指を動かすどころか息すらできなくなるこの症状は、明らかに普通ではなく、天然痘やインフルエンザなど疫病に近い。
それが続いた後はいきなり命が消えるという突発性に近いこの病気は、下手をすれば命にも関わるものであることを悟るには、そう時間はかからなかった。
すぐさま医師達が症状を徹底的に調査していく。その症状で亡くなった人々の体を調べていると死体から採取された血液に奇妙な細菌が発見された。
レントゲンでも大量の黒い点が心臓をはじめとする、たくさんの内臓を食らい尽くすように映っており、一枚のレントゲンが真っ黒に染められていたのだ。
分析してもどこの記録にもなく、すぐに新種のウイルスだと判断された。同時にこのパンデミックを引き起こしているのもそれであることも判明された。
正体を掴んだ医師達はウイルスに対抗するためのワクチン製造、さらには調査の継続と同時に進行を行い、寝る間も惜しまずに作業を進められた。
ちなみに、このウイルスの症状はこう纏められた。
ステージⅠ……急な苦しみと共に、高熱や頭痛を訴える。
ステージⅡ……鼻や口など粘膜から出血し、ひどい時にはさらに目からも出血する。
ステージⅢ……体内で圧力がかかり、体から首筋にかけて血管が赤黒く浮き出る。
ステージⅢを過ぎれば、計算上でも死亡する。
皮肉にも戦争がすぐに終結されることになったものの、未だにこのウイルスによる被害は後を絶たず、病院内は戦争による負傷者はおろか、先の症状を訴えるたくさんの人々で溢れていた。
安静させるベッドはどこも満杯であり、毛布などが敷かれた廊下で横になるなど駆けつけてくる患者が急増し、一向に対応が追い付けていない。
テレビの画面に映るのはニュースばかりであり、パンデミックに関する映像しか出てこない。次第にはそれを見る余裕さえ無くなり、外に出歩く人すら見かけなくなった。
それでもワクチン製造の手を緩めないが、その対処がわからない医師達は、今も苦しむ患者に何とか鎮痛剤や解熱薬など軽い処方を施す。気休めに等しい行動だが、それしかできないことに医師達は心を痛め、異なる意味で苦しんだ。
何より事例が無いため対処が難しく、下手をすればさらに体に悪影響を及ぼす可能性もある。これが精一杯の処方であり、症状を軽くできればと医師達はそう願っていた。だがそれは叶わぬ夢に終わる。
ウイルスの脅威は収まらず、次々と人間の命を奪っていき、医師達の努力を無にした。どの薬品にも効かず、現在の処方では通用できなかったのだ。さらには治療に当たっていた医師達もなぜか同じ症状を発し、治療を担当する人手も少なくなっていった。
また、被害を受けていたのは人間だけではない。
実は動物や大地に生えた植物までにも影響し、動物の死滅、および植物の腐敗といった被害も各地で確認され、報告が後を立たなかった。当然、廃棄や収穫減少による食糧不足にまで発展し、国民への配給も困難となっていった。
この最悪な事態に、各国の首脳陣は緊急対策会議を実施、最悪のパンデミックに頭を悩ませながらもウイルスの感染を、混乱の拡大を防ぐための措置として感染者の即時隔離を行うことを決定させる。
同時に世界中にいる細菌を専攻させている医師達をかき集め、ワクチンの開発を急がせた。しかし、その場にかき集められたのがたった数十名しかなく、そのほとんどがウイルスにやられてしまっていたのである。
予想できなくもなかった事実を受け止めた医師達はウイルスを遮断するためのガスマスクや衛生服を纏いながら開発を続けた。
亡くなった患者の血液に含まれる恐怖のウイルスを解析してみた結果、かなりの感染力と致死性を持ち合わせた上、どの薬にも効きづらい耐性を持った最悪のウイルスだった。
そのウイルスは一度体の中に入り込むとウイルスが増殖し始め、瞬く間に体全体の臓器にダメージを与え続け、死に至らせていたのだ。
もちろん、人間以外の動物達も例外ではなく、同じような症状を出して死亡し、植物が感染した時には表面が黒く変色したり、それから生やしていた土までも腐敗させていった。食べ物だけでなく、おそらく水源にも影響が及んでいる可能性も捨てきれず、人々は何も口にすることすらままならない状況に追い込まれていく。
しかも空気感染によって広がり、瞬く間に犠牲者も増大していくと街は次第にウイルスに感染したかのように荒廃が進んでいった。
さらに食料の供給もストップしてしまい、食べ物を漁り始める者も出てきた。その広がりはもはや止められる術が無く、人々はこの混乱にただ苦しむしかできなかった。
調査を続けた結果、そのウイルスは人から人へ感染することはないのだが、いつどこで毒素が体内に侵入して感染したのか分からず、判別する方法すらなかった。
さらに発症しても、どの薬がそのウイルスに有効なのか、医者でも分からず対処も難航し、この凶悪な殺人ウイルスによって犠牲者を増やしていく一方だった。
それでも時は進み、犠牲者を数えることすら気が遠くなっていって、数ヵ月後が経ったその日、ガルヴァス帝国がウイルスに対抗できるワクチンの開発に成功させた。
最初に自国にいる多数の感染者に投与した結果、症状が少しずつ良くなり、次第に回復していった。それと並行して、植物や水にも試したところ、効果が現れ始めたのだ。その結果に科学者らは久々に大喜びした。それは、初めて人類に希望が灯った瞬間である。
各国がその結果を知るとすぐにワクチンの量産を薦めた。新たにワクチンを培養させるにもかなりの月日を必要とされるが、成功できたことに歓喜に震えたのか医師たちはペースを考えることなくワクチンを造り続ける。
最初は生産できる数が少なかったが、次第にワクチンが量産されると現在も苦しむ患者達を救うために世界中の国々へ届けられた。
ただ、ワクチンが全世界に提供できるようになった頃には既に人類の総人口が四分の一も消失する結果となっていた。その四分の一とは当然、ウイルスの感染によって亡くなったり、ワクチンが完成されるまでや治療が間に合わなかったりなど、これまでに築かれた犠牲者の数であった。
その後、各国は自国に蔓延するウイルスの除去に乗り出す。これによりワクチンの効力によって食べ物や飲み水の汚染も少なくなり、騒動は一旦収束の目処がついた。
ただ、新たにワクチンを製造することはかなり難しく、範囲を広げてのウイルスの駆除に手を回すことはできなかった。
皇帝の親族であるガルヴァス皇族らも、ある程度ワクチンを摂取することで命を取り留めることができたが、あくまで死を遠ざけるだけであり、一向に事態が収束されたわけではなかった。
その後の調査で、ウイルスが発生する原因が判明したが、国そのものを追い込みかねないそれは表に出されることはなかった。これに関してはまた別の話となる。
それから数日、世界各国の首脳陣はあらゆる生物や植物を死に至らせるこのウイルスを、【デッドレイウイルス】と名付けられ、その危機を救ったワクチンを【LKワクチン】と呼ばれるようになった。
さらにそのデッドレイウイルスが発生したその日を【ギャリアの悲劇】とも呼ばれるようになり、人類の未来にも大きく影響を及ぼしたこの事故は歴史に、世界中の人々の記憶に深く刻まれることになった。
そして、各国の中心部に大きな墓標が建てられることとなった。ワクチンを完成させるために払った犠牲は大きく、墓標には亡くなった人間の名前が刻まれることはなかった。代わりにその人に対して鎮魂を表すような文が刻まれた。
ちなみに、ウイルスに感染した遺体は大事を取って、研究に回されることになった。だが、それを機に遺体は忽然と姿を消し、それを管理していた者も消えていた。残ったのは人ではあり得ない、何者かが侵入したのか出ていったのかも分からない破壊痕だけだった。
世界は仮にも平穏を取り戻すことになったが、ウイルスは未だに根絶されたわけではない。現在もウイルスの感染が確認され、対処が間に合わず、死亡するケースも決して少なくはなかった。ウイルスの勢いが地球全体に広がったからだ。
また、新たにワクチンを開発するには現在も開発されている施設も少なく、数も限られていることから市民に定期的にウイルスの検査を行う必要があった。もちろん少量のワクチンを投与し、感染のリスクを減少させる狙いもあるのだが、国民はそれを反対することなく、ウイルスに抗うことを決めていた。
ワクチンの培養が進めれば、各地のウイルス汚染も浄化できると人々は信じた。かなりの時間を要することとなるものの、ようやく平和が取り戻しつつあると誰もがそう思っていた——はずだった。
デッドレイウイルスによって世界中がパニックになっていた頃、一方で生き残った人々に、ある異変が起きた。だがそれは一瞬で、すぐに煙のごとく消えていったのだが、一部の人間には都市伝説として噂されていった――。
一方、タイタンウォールの外側には除染が終わっていない地区、通称〝閉鎖区〟に滅びたはずヴィハックの存在が確認されるようになっていた。
滅ぼしたはずだと思っていた各国が帝国に追及する中、帝国は国の再建を行うため、自国の軍事力を持ってヴィハックの排除を実行する。
すぐに実行させようとしたが、開発者の人数がウイルスのせいで思ったよりも少なく、開発が思うように進まなかった。さらには軍籍を持つ者もほとんどがウイルスに感染したせいで部隊の立て直しなど、かなりの遅れに足を引っ張られることになっていった。
その遅れを取り戻そうと躍起になった皇帝は、国を再建させるために使用されていた【シュナイダー】を軍事兵器として再利用することを決定させた。
一部の開発者が抗議を立てるが、肯定はそれらを却下させ、強硬姿勢を崩そうともしなかった。
もっとも、新たに開発できるものが少ないなら、今あるものを活用するのは、人として正しい決断ではある。領土を取り戻すための手段なら、と問題の有無を言わせない皇帝の発言に誰にも文句を言えなかった。
その間にもヴィハックの姿を捉えることが多くなり、軍事兵器として生まれ変わったシュナイダーが開発された頃は、既に半年以上もかかったそうだ。
それだけ開発者達の腕は決して悪いものではないが、シュナイダーの再開発に主に時間が消費されていった。ただ、その時間は新たに配属された兵士達の連度を高めるには十分なものであり、シュナイダーを動かすアドヴェンダーの適性を見出す者も現れだした。
ようやく軍として機能され始めたのは、ギャリアの悲劇から五年が経った時であり、初めてシュナイダーが投入され始めたのもその時だった。
ヴィハックが世界中に潜伏している可能性を考えていた皇帝は、謝罪と称したシュナイダーの開発データを各国に提供することで、一気にヴィハックの数を減らそうと各国を利用し始める。
その企みは、各国の首脳に疑われたものの思った以上に功を制し、それに力を入れ始めた。同時に不可侵条約を締結させ、一旦国同士による戦争を中止させることに成功した。
ヴィハックの駆除に専念するようになったガルヴァス軍は、兵器として生まれ変わったシュナイダーの戦果は非常に良いものであり、軍事力を誇る帝国にとってはまさに朗報であった。
ヴィハックの駆除も順調に進み始めたかに思えたが、思った以上に数が多いことや戦場に立つ経験の差もあってか、被害が出ることも少なくない。
その理由に関しては別の要因も含まれており、現場にいる者達から見ればそれは、まさに常識の外れたものである。軍もそれに苦しめられており、ズルズルと鼬ごっこが続いていった。
そして、さらに五年が経ち、現在では既に住民達にとって悲劇は過去のものとなっていたのだった。
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