戦いを終えて

「…………」

 直上で見つめるメリア達と同様に、遠くからアルティメスの姿を、ディルオスの頭部に接続されたメインカメラの映像で捉えるガルディーニ。

 彼らにとっても今は敵ではないと願うだろうが、この先、また会うこともあるだろう。その時は、命を削り合う敵になるかもしれない。そうなる時まで自分達も死ぬわけにはいかないと改めて決意するのであった。

 駆除部隊が除菌作業を終えると、ガルディーニ達は除菌が施された死骸の一部を慎重に運び出し、一台の大型トレーラーの後部に積載している荷台に載せた。

 現場に残された死骸はそのまま打ち捨てられるかに思えたのだが、今度はランドセル型の焼却用バーナーを背負った、赤色の衛生服を着た二人が死骸の傍に近寄って行く。

『焼却、開始!』

 男と思わしき掛け声と共にランドセルに繋がれたバーナーから火が吹き、死骸を燃やしていく。その死骸を燃やす火が照明の代わりに夜の大地に光を灯していった。

 どうやら集められた死骸を焼却処分するようであり、跡形も残さないつもりだろう。

燃やされた死骸から火の手が上がり、灰色の煙がモクモクと上がっていく。地面に生えた草木なら一瞬で作業を終えることができるが、生物といった肉が含まれているものは灰になるまでは数時間もかかるのは確実だ。当然、彼らもそれは承知である。

 バーナーを背負った二人は地面に転がり続ける死骸を万遍なく火で焙っていき、除去部隊と同様、死骸の隅々まで火を通した。

 駆除部隊と同じ衛生服を着ている彼らも実は駆除部隊のメンバーでもあった。

 厳密に言えば、彼らは証拠隠滅のための焼却処分を担当する【焼却班】だ。

 火をイメージした深紅の赤が目立ち、国を脅かす対象を隠滅させる役目を負っており、一番の汚れ掃除役である。

 また、先に除菌作業を進めていた白衣の彼らは、それを担当する【除菌班】。

 無色を意味する白の衛生服を着る彼らは、主にヴィハックの除菌作業を進めており、駆除部隊を率いるリーダーを務めている。

 そして、自然をイメージする緑の衛生服を着る彼らがいる【研究班】。

 この班は前の二班と異なり、主に研究用として残されたヴィハックの死骸の運搬を務めると同時に、ヴィハックの研究を務めているのだ。

 もっとも、この場で彼らが活躍する機会はほとんどないが、荷台に積まれたヴィハックの死骸を研究することがこれからの彼らの活躍なのである。最も忙しいのはおそらく彼らだろう。

 その焼却を務めていた焼却班は死骸がすべて燃えていることを確認すると炎を放射していたバーナーを消した。

「よし、撤収準備にかかれ!」

 撤収の掛け声が周囲に響くとすぐに、焼却班を含めた駆除部隊は彼らがそれぞれ乗っていた車輛に戻っていく。

 バーナーによって燃焼が今も続いているヴィハックの死骸はそのまま放逐されていた。すべて燃え尽きるまで時間がかかることが彼らにとって、あまり気が遠くなることでもあるからだ。さらには別の個体のヴィハックに襲われる恐れも否定できないため、これ以上の長居は無用なのである。

 用意していた装備を車輛に戻し、駆除部隊のメンバーが全員運転席に座るとエンジンをかけ、車両をヴィハックの死骸がある場所から背を向けていくと、彼らについていくようにガルディーニ達もディルオスを移動させ始める。

 そのまま彼らは閉鎖区を後にし、化け物を阻む壁の向こう側にある故郷へと帰還するのであった。

そして、誰一人いない廃墟だけが並ぶ閉鎖区のど真ん中に、赤々と燃え続ける山だけが残っていった。その火の山から生まれた煙が天に昇っていく。

 元の体以上に黒ズミと化すヴィハックの死骸。

 本来であれば、この場を去る際、水などで死骸を燃やし続ける火を消していくのが妥当だが、ガルヴァス軍はあえてそうしなかった。

 その死骸で築き上げられた山が燃えるその姿は、まるでこの地に住み、死んでいった者達への鎮魂を表す配慮に思えた……。


 故郷である帝国へ帰還しようとディルオスのスラスターを噴射させてホバー移動を行っていたガルディーニにメリアが通信を繋いできた。

『ガルディーニ卿。確か、ヴィハックの死体は皇宮の研究所に運び出されるんでしたよね? 自分、あまり知らないのですが……』

「私もそう聞いている。まあ、〝ワクチン〟を造るためにも、あの死体が必要だそうだ」

『……ちょっと、おかしくありません? わざわざ、我が国に持ち込む(・・・・)なんて……』

「ん? 何を言っているんだ、お前?」

 トレーラーの荷台に載せられたヴィハックの死骸は皇宮から遠くに離れた土地にある研究所に運ばれる。ただ、その前に皇宮に持ち帰り、飛行艇に積んでから研究所に運ばれる手筈になっているそうだ。

 だが、そのことを怪しんだメリアは表情を曇らせる。

「この十年、ほとんど奴らのデータを取ることができました。その対策もできているにもかかわらず、研究を続けるってのは、どうも……」

「……奴らの生態には、不自然な点が多い。その事を含めて、我が帝国は生態を解明するために研究を続けないといけないのだ。消毒も済んでいることだし、危険は少ないと考えていいだろう」

「……分かりました。出過ぎたことを申してしまって……」

 メリアの疑念はガルディーニの言い分によって上手く丸め込まれてしまう。実際、それに関するデータは既に揃ってはいるものの、未だに解明されていない部分が多く、研究も未だに続いている。

 ただ、帝国にこれ以上の数を抱えるのは得策ではなく、逆にこちらに危険が及ぶ可能性もある。それを防ぐためにも、焼却による隠滅を図る必要があった。それだけヴィハックの存在が害悪なのである。ガルディーニの言葉には嘘偽りがない。

 だが、彼女は未だに共感ができずにいた。

(あの行いは本当に正しいのか……? まるで事実から目を背けさせているような……。何だ、この違和感は……?)

 あの行いとは当然、ヴィハックの死骸の山である。あのまま留まることは確かに危ないが、アルティメスが去っていった辺り、そんな危険には早々立ち会うことはないはずである。それなのに死骸を燃やすのをそのままにするのは、いささか違和感があるからだ。

 メリアはそのことを頭の中に留め続けているとだんだんそれに駆られていく。その疑念は確実に信憑性が伴っていき、彼女を謎解きへと進ませていくのだった。


 閉鎖区から戻ってきたガルヴァス軍がタイタンウォールを通るとゲートは閉ざされ、また壁の一部として機能していく。そして、ようやく事態は終結することに至った。

 その後、首都全域に勧告していた避難警報は即時解除、シェルターに避難していた住民も無事地上に戻っていった。特に地上も被害という被害は受けてもいないため、何事もなかったかのように自分達の居場所に戻っていく。

 ただ、時間は既に深夜を過ぎているため家に戻るとすぐさま眠りにつく人も多く見られた。避難で張り詰めていた緊張が糸のごとく途切れたのは間違いないだろう。特に学生といった、まだ十代の人間にとっては酷である。

 時間が経ってまた日が昇れば、彼らはいつもと同じ時間を過ごすことになるだろう。壁に隔たれた閉鎖区で起きた戦いを知ることもなく、ただ穏やかに平和を謳歌するのだから。


 ガルヴァス皇宮の内部に匿われている格納庫に数十機のディルオスと駆除部隊の車輌が戻ってきた。ディルオスはそれぞれ壁面にあるハンガーに収まり、車輛はまた別の場所に移動していく。そして、ディルオスの胸部から出てきたアドヴェンダーは昇降用のロープを辿り、コンクリートで固められた地面に降り立った。

 アドヴェンダーが降り立つのを確認した整備班らはすぐさまもぬけの殻となったシュナイダーの整備に取り掛かるのだった。


 一方、また執務室に戻ったルヴィスはタブレットを片手にとって、ケヴィルと共にこの戦闘の顛末を再確認していた。

「とりあえず、我が軍には犠牲は出なかったようですね。第三者の介入があったとはいえ、これは幸運と見るべきでしょう」

「そうだな。その第三者の姿をこの目で見ることもできた。思わぬ収穫だが、まあ、いいだろう。ただ……」

「ただ?」

「……あの黒いシュナイダーについてはまだ、父上に報告するべきではない。ケヴィル、お前には引き続き調査を続けさせる」

「な、何を仰るのですか!? それは陛下に逆らうことになるのですよ!?」

 ルヴィスの突発的な発言にケヴィルは焦り出す。彼のこの行為は、間違いなく彼の父親である皇帝を騙すことに繋がるからだ。そうなれば、彼はおろか、彼の母親を含めた貴族まで仕打ちがもたらされる。

 しかし、ルヴィスもそのことを重々承知であり、表情が強張っていた。

「分かっている! だが、こんな不測があって、それに助けられることがあっては、他国にどう言い訳をすればいいのだ!? ましてや、この土地の人間は我々の行動をよく知らないのだぞ……!」

「…………!」

「義兄上や義姉上なら、まだいい。ただ、コイツの詳細を明らかにさせない限り、不安を撒き散らすことになるんだ。お前にもわかるだろう?」

「……申し訳ありません。引き続き、水面下での調査を行いたいと思います」

「それでいい。それに、知られたくない奴がまだいるからな……」

 困った表情をしたまま視線を右に移すルヴィスを見て、ケヴィルはその表情の意味を察する。彼らの敵というのは、何も国外とは限りないからだ。

 改めてルヴィスの指示を受けたケヴィルは主に背を向けつつ執務室を後にすると、その主は肺の中にある空気を抜き出し、肩の荷を下ろすように深く椅子に背を預ける。

 そして、ルヴィスは机の上に置かれてあるタブレットに目を向けた。

「…………」

 その眼の先にあるのは当然、アルティメスだ。姿形だけでも自分達の技術とは明らかに異なることが分かる。さらにはディルオスよりも高い性能、飛行能力など既存の技術を軽く凌駕しており、もし戦うことになっても勝てるかどうか分からない。

 いや、間違いなく一方的に潰されるのが瞬時に想像でき、先程のヴィハックとの戦いでも同じ結果に終わることも明らかである。その事を認めたくもないのか、ルヴィスは膝の上に置いてある右の握り拳がさらに強く握られていった。

(こんなふざけた設計ができる国は、アジアでもEUでも考えにくいが……)

 ルヴィスはタブレットの画像として映し出されたアルティメスを見ながら、この機体を開発した国を頭の中で整理していく.のだが、どの国にも見当たる要素が何一つないことに歯がゆい気持ちとなる。

 軍事力に関してどの国よりも先立っている帝国にとっては、何分興味が深いものである。それと同時に、自分達でも造れるという意味の分からない根拠というより、嫉妬という感情が沸いていた。

(義兄上達には悪いが、この私があの機体を頂くとしようか……)

 詳しく知るためにも配下であるケヴィルに調査を任せているものの、やはりこの手で自分のものにしたいという、いかにも人間らしい欲が感情の深淵から湧き出していた。


「…………」

 ルヴィスのとは同じなようで異なる趣を持つ大きな空間を持った部屋に一人の少女が窓際に立っていた。その窓からは光が差し込んでおり、少女はその身を捧げるように光を浴びている。

 後ろ姿で顔が分からないが、白く輝く銀色の髪が異様に目立ち、膝まで届くほどの長さが背中を隠す。また、背中を向けながらも肩や下半身から伸びるフリルが髪の色に合わせた銀となっており、袖の隙間に出る肌を除いて銀一色に染まっていた。

 その彼女と後ろの机と椅子から遠く離れた大きな扉からまた一人の人間がその部屋に入ってきた。緑のタキシードを着た、水色の短い髪と同じ色の瞳を持った少女だ。その扉を閉めた後、彼女の近くにある机の前まで足を進めた。

「……昨日から数少ない時間ですが、お眠りに入れましたか?」

「…………」

「……やはり、お眠りにできなかったようですね。ですが、もう少し横になられた方が……」

「昨日の今日で横になるとは、少し周りの方々にとっては軽率ではありませんか、ノーティス? お義兄様だって、昨晩から今でも働いているのですよ」

「!……出過ぎたことを申してしまったことを許してください、姫様! しかし、お体に障るようなことがあっては……!」

 少女に制され、頭を下げたノーティス・カルディッドは高貴を表す身分を少女に向かって、改めて心配を口にする。その対応だけでも二人の身分に差が存在しており、銀髪の少女から一歩引いた姿勢が彼女に表れていた。

「お気持ちはありがたいですが、いずれはその余裕がなくなることもあるのです。これくらいで倒れるわけにはいきません。それに、あの閉鎖区に現れた侵略者がいる限り……」

「それは私も同じでございます。……ちなみにですが、ルヴィス殿下からまた動きがありました。その閉鎖区についてでございます」

「!」

 あるキーワードを耳にした少女は、興味が膨れ上がるように自身の背中と机の後ろに控えるノーティスに振り向く。そのノーティスから少女から頼まれていた調査の報告を口にするのだった。

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