駆除部隊

 目の前にいる化け物と交錯したアルティメスはセイバーを胸から刃先を前に出した状態で構えたまま動こうとしない。

 一方のヴィハックも同様に動こうとしなかったが、一拍置いた後、そのヴィハックの体全体が縦一直線に斬られ、二つに分かれた。二つとなった体はバランスを失い、そのまま断面が上になるように倒れ込んだ。

 地面から砂塵が小さく舞う中、死んだことを受け入れていないのか、ピクピクと震えながら死骸となったヴィハックの体は断面から特有の黒血が地面に流れ始めた。

また、ルーヴェはアルティメスの姿勢を正し、次の行動に移し始める。

「…………!」

 それを後方で傍観していたメリアは絶句する。

ルーヴェは東洋の言葉で唐竹割りと呼ばれる斬り技を駆使して、ヴィハックの体を直接斬ったのだ。こんなにも綺麗に斬れるのかと疑う程に、アルティメスが持つ剣の鋭さに恐ろしさを覚えるのだった。

 反対に、同胞の最期をその目に焼き付けたすべてのヴィハックはタイミングを合わせるように目の前にいるアルティメスに向かっていった。この瞬間、ヴィハックは悟る。

 ――コイツは食われるための〝エサ〟ではない! 逆に自分達を滅ぼす〝敵〟だ! 

 ……と。

 それを察してか、ルーヴェも目の前に襲い掛かる化け物に不敵な笑みを浮かべる。先程とは明らかに表情が一変しており、まるで生きがいを感じている様子だ。

 死と隣り合わせのはずなのに、これほど余裕の表情を浮かべるのは、やはりこのアルティメスの性能が高いことを意味しているかは誰にも分からなかった。

 アルティメスは襲い掛かるヴィハックに向かってセイバーを振り下ろす。その切り傷は一体のヴィハックに刻まれ、その個体は二つに両断される。

 それでも自分に襲い掛かってくるヴィハックをルーヴェは嬉々とした表情で迎え撃つ。

 一方、メリア達は茫然とアルティメスとヴィハックの戦いを傍観し続けることしか彼らの頭に残っていなかった。


 ――ドドドドッ!

「ギャアアア―――‼」

 ヴィハックの獣とは思えない断末魔が、廃墟が並ぶ空間に広く木霊する。断末魔を上げたヴィハックは多数の弾丸を直接食らい、その命を散らした。残ったのは黒血をダラダラと流す死骸だけであった。

 そのトドメを差したのはもちろん、第三部隊に属するシュナイダーであった。

『こちら、デルタ。最後の一体の沈黙を確認。周囲の変化、異常なし』

『こちらも同じく。援軍が来てくれたおかげで、駆除がやりやすくなったからな……』

 連絡を取り合うアドヴェンダー達の周辺には、ついさっきまで駆除されたヴィハックの死骸が転がっていた。どれもハチの巣状に風穴を空けられている。

 また、高火力のバズーカを使用したためか同じく周囲に点在していた廃墟も新たに破片が飛び散り、地面には爆発による飛び火などが見られていた。

「まだ戦闘は終わっていない。各部隊の連絡が取れるまで続けるぞ」

『『『イエッサー』』』

 ヴィハックの死骸が生まれた要因は、ガルディーニ率いる第一部隊が救援に来たからだ。新たに十機のディルオスが投入されたことで数の利が逆転し、余裕が生まれたのである。そこからは彼らの独断場であった。

 そして、この場にいるヴィハックすべてを駆除した第一、第三部隊はそれぞれ、まだ各地で戦っている第二部隊と第四部隊との連絡を取り始めるのだった。


「メリア、聞こえるか? 今状況はどうなっている?」

「ガルディーニ卿……」

「どうやら無事のようだな。そちらに黒いシュナイダーが向かっていったはずだが、どうなんだ、そっちは?」

「ああ……確かに向かって来たんだが……」

「? どうした」

(どうも歯切れが悪いな……?)

 たどたどしい言葉を並べるメリアの様子にガルディーニは、どこか疑心となる。真相を掴もうとしたが、先に彼女から口を開いた。

「全部倒されたよ……。一匹残らず、私達の助けなしで……」

 メリアの言葉通り、メリア達がいた場所はヴィハックの残骸に溢れ返っていた。どれも真っ二つに斬られたり、ハチの巣状にされたりと無残な死体や黒血が所中に飛び散っていた。

 一方、アルティメスはほとんど無傷の状態である。死体のほとんどが切り傷であることが証明させており、化け物を圧倒するその凄さを物語らせていた。これによりアルティメスの圧倒的な強さにヴィハックはすべて排除される結果に終わるのだった。

 ガルディーニが援軍を向かわせなかった本当の理由は、アルティメスの実力が自分達十機のディルオスの性能より上回っていることを既に理解していたからだ。

 たった一機だけでも十体のヴィハックを駆除できるのではないかと思った彼は、あえて救援に向かわせなかったのである。ただ、自分達が来たとしても足手まといに見られるのではないかと思っていたからだ。

 もっとも、自分達も狩られる可能性もあったが、最初に自分達に牙を剥かなかった時点で敵意はないと判断したことも考慮していたようだ。メリアから報告を聞いて、その賭けは見事成功したと言っていいだろう。

『!……そうか。第四部隊も援軍が来てからすべて駆除できたそうだ。後は、このヴィハックの後始末を終えるだけだ』

「……分かった。しばらくこの周辺を探っておくということで……」

 言葉を終えるとメリアはガルディーニとの通信を切り、周囲の探索に思考を切り替えた。ただ、一つだけ心残りがあった。それは、自身の目の前にいるアルティメスだ。

(出来れば、あの機体もこちら側に連れておきたいが……)

 自分達の機体よりはるかに凌駕するアルティメスが、数が多いヴィハックと戦う様を見て、憧れを抱かずにいられなかった。

 たった一機で圧倒するその力、余裕とも言えるその振る舞い、まるで高貴なる存在を生で見たかのような不思議な感覚にメリアは魅入られていた。

 その力を我が物にしたい独占欲、力を操り、自在に振舞う存在を知りたい知識欲など、めったに見ない欲が彼女の中から噴き出ていて、自らに課せられた任務を忘れて夢中になっていたのだった。



「……ようやく終えましたね、殿下」

「ああ……。予想外の出撃だったが、収穫はまずまずといったところだ」

 戦いを終えてルヴィス達にも表情に余裕が生まれた。

 第三者であるアルティメスの介入があったものの、ヴィハックをすべて駆除できたことにいわば怪我の功名と言ってもいい。それもあってか、犠牲者を出さずに済んだことも大きかった。ガルヴァスの、本当の援軍はあの機体だと思えてもおかしくもない。

「後は、死体の処理と周囲に拡散する〝ウイルス〟の除去だけだ。〝駆除部隊〟を出して、徹底的に処理する! かかれ!」

「イエッサー!」

 ルヴィスの呼びかけにオペレーターは皇宮内に待機させている〝駆除部隊〟と呼ばれる別動隊の出撃を要請する。

 彼らはヴィハックの死体の処理を任せられた部隊ではあるが、ある理由で結成されている。そのメンバーの活動は皆、表舞台に出ることはあるのだが、知られていることはあまり少ない。

 実はというと、ヴィハックにはある〝秘密〟があり、その秘密こそがこの世界全体に影響を及ぼす要因にもなっている。それを防ぐために彼らがいるのだ。

 その準備を進める駆除部隊のメンバーは十数名で構成されており、全身を包む衛生白衣にガスマスク、手袋や長靴など、徹底として皮膚に侵入させない完全防備となっている。

 また、除菌用のシャワーなど完全に細菌を撃退するための装備も揃っており、明らかに普通ではないことは明らかである。それだけ危険が伴っているのがよく分かる。

 準備を終えたメンバーが次々と楕円形の大きなタンクを載せた大型トラックに乗り込んでいく。エンジンをかけ、いつでも走れる状態となったトラックは数台引き連れ、そのまま格納庫を出ていった。皇宮、そしてゲートが開かれたタイタンウォールを通り越していき、閉鎖区へと向かっていった。

 ここからは、彼らの仕事である。



 ヴィハックの襲撃を食い止めてから数分後、閉鎖区で起きた戦場に一台のトラックがやって来た。また、他三つの戦場にもトラックが来ている。

「!……来たか」

 化け物の死骸が転がる戦場に留まっていたガルディーニ達は、そのトラックの姿を捉えると、トラックに乗っている駆除部隊のメンバーに自分達の場所を伝え、誘導させる。

 時間は既に深夜。にもかかわらず、戦場にいたアドヴェンダー達は周囲の警戒に力を注いでいた。

 トラックが到着すると運転席に乗り込んでいた駆除部隊のメンバー二人が降りてきて、すぐさま仕事を進め始めた。タンクにホースを取り付け、除菌用のシャワーを抱えた白衣の二人はヴィハックの死骸に向かってシャワーを浴びせ始めた。

 シャワーヘッドからは透明な液体が放出されているが、これはただの除菌水ではなく、あるものを撃退させるために開発された特殊な液体である。この液体には、ヴィハックの体から噴き出る黒血に対抗するために開発された成分が含まれており、これを使うことで汚染を防ぐことができるのである。

 これまでヴィハックを撃退した時に、必ずこの液体を使用する機会が訪れる。この行為がなければ、たとえすべてを倒したとしても、その跡地だけでなく、周辺そのものをさらに悪化させてしまうのだ。

 なぜこのような処置が必要かというと、ヴィハックの存在こそが世界を腐らせる原因であり、その証拠に廃墟の周辺には草木が一本も

 その理由として考えられるのは、草の根を張らせる土が腐っているからだ。これでは、人が住むには適しない。ここにガルヴァス人がこの大地を捨てることになったのも、これが原因でもあった。

 ヴィハックの死骸、そして体外に流れる黒血や強酸を含む唾液を丹念に消毒していく。

 この妙な液体、もといそれに含まれる何かが土を腐らせており、大地を汚染させていたのである。これを調査で既に判明させていた帝国は真っ先に除去を優先させるために駆除部隊を結成させたのだ。

 その消毒を見つめていたガルディーニ達も引き続き、周囲を警戒する。すぐに襲撃が来ることはないだろうが、油断はできない。彼らは戦いが終わった後も目を光らせ続ける。

 当然、ルヴィス達も同様だ。レーダーの索敵範囲を最大にしつつ現場にいる駆除部隊に作業を進ませた。

 一方、アルティメスに乗るルーヴェも彼らと同じ目的で留まっていた。

 この後始末を終えるまでだろうか、ルーヴェは周囲に敵が来ることを想定して、レーダーの索敵を行っている。彼もヴィハックの特性を理解しており、駆除が完了されるまで防衛を務め続けるつもりかもしれない。

 現にメリア達第二部隊には一切手を付けず、廃墟の周辺を回り続けている。メリア達が彼にも目を光らせてはいるものの、ルーヴェは気にも留めずに意識をそちらに向けていた。

(やはり一過性のものか……。この時間帯が一番奴らが活動しやすい環境だから、まだ出てくるんじゃないかと思っていたが、必要なさそうだ。も打っておいたし、これ以上長居するわけにはいかないからな……)

 この後に襲撃してくることはないと決めたルーヴェは、これ以上ガルヴァス軍に手を貸す必要はないと思い、この場を立ち去ろうとする。

 各地で活動している駆除部隊がまだ作業を終えていないのだが、護衛に付いている部隊の実力なら、逃げられることもできる。それを考慮して、彼はこの場を去ることを決めたのだ。

 さらにルーヴェは、汚染除去をための布石を既に打っていた。ガルヴァスはまだ気づいていない。というより、彼らがそれに気づくことに時間がかかるのは確定的である。なぜなら、シュナイダーにとってなものに関わっているからだ。その秘密を知るのは、まだ当分先になるはずだ。

「さて、戻るか」

 ヴィハックを排除する目的を果たしたルーヴェは、この場を離れようと操縦桿を動かし、足元にあるペダルを踏みだすとアルティメスの翼が三枚に開き、背中のスラスターと両足の裏側にある、ふくら脛はぎから光と共に青白い炎が噴出される。

 そして、アルティメスの足がふわふわと浮かび上がり、地面から離れていくと重力に縛られなくなったアルティメスは空中に漂い始めた。

「! 待て!」

 それを背後から見かけたメリアが静止しようと前に出るが、アルティメスはディルオスや周囲の廃墟の高さより上に昇っていく。

「……また会うことになるだろうが、俺にもまだ、ことがあるんでな……。邪魔するなら――潰す」

 天に向かっていく自分を見上げるメリア達を見下ろすルーヴェは、改めて自身の目的をはっきりし、障害ごと叩くという決意を表した。

 そして、ルーヴェは細長い赤目を持つ巨人の中で羨望の目を向ける彼らに目もくれず、風のように流してこの場を離れ、どこかへと消えていった。

 立つ鳥は後を濁さずというが、翼を持った黒い狩人は獲物を残すより、残骸をまき散らす方が正解といった方がいいかもしれない。

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