アルティメス

 アルティメスが出現した同時刻、ガルヴァス帝国の首都であるレヴィアントは、非常厳戒態勢が今でも続いていた。

 レヴィアントの住民は皆、地下を通る避難経路に多数増設されたシェルターに避難しており、厳戒態勢が解除されるまで身動きができない状態である。

 もちろん、四方が囲まれたシェルター内は照明や大画面のモニターが取り付けられている。ところが、画面に一つも映像が映し出されておらず、もぬけの殻となっている地上の状況も確認できない。

 また、その画面が真っ黒に消されていることが住民に不安を与え続けていた。

「はぁ~、また・・、これだよ……」

「確か、去年もこんな感じだったっけ? が広がる~って……」

「…………」

 ニルヴァ―ヌ学園の生徒である、イーリィ、カーリャ、ルルの三人は共に体育座りで学園の地下に秘匿された避難用のシェルターに匿っていた。さらに周囲には彼女達と同じ制服を着た学生、スーツを着た教員達も同様に匿っており、体育座りで腰掛けるのが大勢見られた。この場にいる総人口で、千も下らない数の人間達がこの地下空間に集結していたのである。

 本来なら校舎と並行して造られた体育館に避難する手筈ではあるものの、この首都全域が厳戒態勢かつ非常事態であることから、学園にいる全員が地下に逃げ込んでいたのである。地上にある体育館が解放されないことも、その理由に含まれていた。

 もっとも、それはに過ぎないが、気づく者は考えても無駄だと、あまり気に掛けることを表に出せずにいた……。

「エルマ~、どう思う?」

「…………」

「? どうしたの?」

 イーリィ達三人のすぐ傍にいたエルマは、イーリィの呼びかけに応じようとせず顔を下に向けたまま無言を貫く。返事をしないことに異変を感じたルルは四つん這いの状態で彼女の前に移動し、下に向けたままの表情を覗こうとする。

「っ‼」

「? ……は!?」

 エルマの顔を覗いたルルが瞬時に反射するかのごとく彼女から離れる。エルマもルルの顔がいきなり見えたことで思わず顔を上げてしまう。

 その様子を目撃したイーリィ達もすぐに近寄るが、彼女の顔を見て、驚愕する。

「何かが……来る」

 エルマの両目にある色彩が赤から輝きを放つ水色に変わっていた。しかも予言のような言葉を口にしており、イーリィたちは彼女の異変とその口から出た意味深な言葉に戸惑うしかなかった。



 ヴィハックとディルオスが入り乱れる閉鎖区。

 その上空で戦況を傍観していたルーヴェが乗るアルティメスは痺れを切らして、戦闘に介入してきた。

 閉鎖区に残されていた廃墟が並ぶ地上に落下しそうな勢いで降りてくるアルティメスは一旦足が先になるように姿勢を正し、右手に持っている大型のライフル【ゼクトロンライフル「ヴェロス」】を構える。そのライフルの銃口はまっすぐに地上にいる獲物へと向けられた。

 ルーヴェは右手に握られた操縦桿の親指に添えられている赤ボタンを押し、それに連動したライフルの引き金を引いた。銃口からは先程と同じ青白い閃光のビームが放たれ、そのまま地上にあるヴィハックの背中に突き刺さり、地面へと貫かれる。

「ギィアッ!?」

 ヴィハックは断末魔を上げるが、先程のドレイクと同様に理解できないまま絶命する。続けて貫いたビームがその下の地面を爆発させ、そのヴィハックを体ごとひっくり返し、地面に打ち付けた。

 一方、その近くにいたディルオスは爆発の余波を受け、数歩後退あとずさる。しかし、両腕で正面をガードしていることや直接撃たれたわけではないため、機体にダメージはない。もちろん、周辺にいる他の機体も同様である。

(これは……まさかビーム兵器!?)

 その場に留まっていたガルディーニは、ヴィハックを一発で絶命させた閃光を兵器の一端だと即断した。

 ビーム兵器とは指向性エネルギー兵器の一種であり、俗にレーザー光線とも言われる。

 ガルヴァス帝国の高い技術力なら、即座に実用されてもおかしくないが、致命的とも言える欠陥がいくつも存在していて、未だに実用に至っていないようだ。

 ただ、今の攻撃でもこれは間違いなくそうだと断言できる。彼らの目の上にいる存在は、自分達の常識を軽く凌駕しているからだ。

 しかもヴィハックの背中を貫くという正確無比なコントロールも見事である。遠くから、かつ上空から狙撃するなど並の腕ではないことを証左している。

「す、すげぇ……!」

 それを間近で目撃していたアドヴェンダーも、この光景に驚嘆するしかなかった。これまで苦戦し続けてきた化け物を苦も無く叩くなど夢を見ているような感覚に陥っていた。

 その夢を冷めないように、間髪入れずに先程と同じエネルギーで象られた数本の閃光が上空からヴィハックに襲い掛かり、揃って体を貫かれていった。

 同様に爆発が起こり、ヴィハックは無残にも体にポッカリと穴をあけられた人形のごとく地面に転がされていく。その跡地は閃光の熱量で燃えており、儚くもヴィハックの最期を証明するがごとく地面を照らしている。

 その光景は、まさしく天からの裁きであった。裁きが終わると辺り一面は火の海と化しており、ガルディーニたちがいる場所に留まっていたヴィハックは一匹も姿がなくなっていた。辛うじて肉体の一部が焼け残ってはいるものの、本体の活動は無くなったと言ってもいい。 

 また、ディルオスの内部にあるレーダーにも反応が見当たらなく、すべて狩り取られたようだ。

 大地に巣食う化け物に、報いと言わんばかりの裁きを下したアルティメス。

 そのアルティメスは未だに空に浮遊したままであり、黒血で染め上げる大地を平然と見下ろす。戦闘はたった一分、いや数十秒程度で終わり、余裕とも言える振舞いにガルディーニを含めたアドヴェンダー全員が心を奪われていた。

 それを彼らと同じく戦況を見届けていたルヴィス達も同様であった。

「あれだけの数を一瞬で……!」

 ディルオス数機がかりで倒すのがやっとだったヴィハックをたった一機で短い間で数体も葬るなど、夢でも見てるのかと疑いたかった。だが、目の前に起きている出来事が現実だと理解せざるを得ない時点でもはや夢ではなかった。

(何ということだ……。我々以外にあれだけの性能を発揮できるシュナイダーがあったのか……?)

 あのシュナイダーの存在に、ルヴィスは深く長考し始める。自分達の知らない技術でも使われているのではないかと考えを過らせるのだった。

「?」

 巨大モニターに映るアルティメスを見て、ルヴィスは戦慄を覚えていると端目に映る何かを発見する。その彼の目の先にあるレーダーに、一つの反応が下方向からやって来た。


「!」

 レーダーに映る反応はアルティメスも捉えていた。それを知ったルーヴェがやって来る方向に顔を向けると、そこにとある飛行体の姿が彼の目に映った。それは、レディアントの中心にあるガルヴァス皇宮から直接飛んできたヒュペリオンであった。

「あれは……!」

「お前は……!」

 上空に二体の巨人が浮かぶ中、ルーヴェとレギルが互いに見たことのないシュナイダーを目にし、驚きを表す。お互い背中に翼を持ち、重力に縛られることのない自由な空間に、二体の巨人ことアルティメスとヒュペリオンはここに邂逅した。

「…………」

 だが、ルーヴェは未だ険しい表情のままヒュペリオンから視線を外し、鋭い視線で地上を見下ろす。両目も未だに青白く、まだ戦闘は終わっていないことを彼は熟知していた。

「!」

 ルーヴェは強い反応がある場所を捉えると、すぐに操縦桿を動かして空中に浮遊したままアルティメスを移動させ始める。その翼から青い粒子が浮遊し、まるで蝶の鱗粉のように空気に混ざっていった。

「! 待て!」

『こっちの援護も回ってくれ! 今大変なんだ!』

「ッ――――!」

 ただ、レギルがアルティメスの後を追いかけようとするも、地上から来た通信に阻まれ、ヒュペリオンは一旦停止する。自分がここに来た意味を忘れかけていたことを自覚すると、すぐに地上の救援に機体の高度を下げに行った。

 今自分の真下にある部隊はもう大丈夫だろう。周辺にはヴィハックの姿もなく、自由に動ける者も多い。それを見て、レギルはその場にいるアドヴェンダーに向けて口を動かした。

『今、手開いている者がいるなら、すぐに救援を! 俺も向かう!』

『分かった!』

 アドヴェンダーが了承すると、すぐにレギルは救援の要請が出た地区へと移動していった。しかし、彼の頭は別のことでいっぱいとなっていた。

「一体何なんだ、アレは……?」


「…………」


「!」

 ルーヴェは右方向に顔を向ける。そこに強い反応があることを悟り、操縦桿を動かして空中に浮遊したままアルティメスを右方向に飛ばす。

 上空にアルティメスが放出したと思われる青い粒子が浮遊する様を見ていたガルディーニたちはその先にあるものを瞬時に理解した。

「まさか、あそこは第二部隊の……!」

『ガルディーニ卿! 我々も……!』

「……いや、我々は別の方向にいる第三部隊の救援に向かう」

 彼らと同じ部隊に構成された第二部隊にはメリア達がいる部隊である。そこにアルティメスが向かったことを知った第一部隊はすぐに救援に向かおうとガルディーニに進言する。

 ところが、当の彼は別の部隊の救援に向かうことに決めていた。

『! なぜです!?』

『よく考えてみろ! あのシュナイダーがヴィハックを倒すことを目的としているならば、奴に任せればいいだけのことだ! だったら、先に救援に向かう必要がある部隊に向かった方がいいに決まっている!』

『! す、すみません……』

 ガルディーニの言葉は正しい。

 アドヴェンダーは戦況を逆転させる性能を持つアルティメスについていけばいいと思っているようだが、実は正解ではない。

 自分達と同じ部隊がまだ二つも抱え、しかも今でもヴィハックと対峙しているなら、先にそこへ向かった方が効率的だからだ。彼らが恐れる事態、それは部隊の全滅である。それは何としても避けたいのがガルディーニにとって、もっともの理由であった。

 その彼らに救援要請を受けた援軍がようやく到着した。到着したディルオスの数は約十機ほどだ。それを一目見たガルディーニは速やかに指示を出す。

「お前達、早速で済まないが、第四部隊の救援に向かってくれ。第三部隊は我々が向かう」

『では、別動隊の方は……?』

「メリアたちなら、その心配はもうないだろう。あそこは奴がついているし、アルヴォイド卿も向かっているからな……」

『はあ……』

 意図の分からない指示に全員は渋々従い、それぞれの部隊に向かっていった。


「グゥルルル……」

「……ッ!」

 一方、メリア率いる第二部隊は睨み合う膠着状態が続いていた。ヴィハックから発する獣のような視線がとても痛く、それが周囲から注がれ続けるのはとても嫌な感じであった。

 一応、武器を構えて抵抗できる態勢にあるものの、この状況を脱せられるのは少し考えが甘いのだと思い知らされる。その怯えが躊躇いを生んでいて、一歩も動くこともままならなかった。

 援軍が来れば少しでも状況が変わってくるのではないかと期待を寄せていたのだが、少しずつ丸い風船に似た期待が徐々に縮んでいった。

 少なくとも十体のヴィハックが一斉に襲い掛かろうとしたその時、それよりも先に状況を動かした者がビームの閃光を放ち、一体のヴィハックの体を貫いた。

 ビームが地面に衝突して爆発が起き、爆風が周囲に飛び散る中、メリアはそのビームが放たれた先に目をやった。

「! あ、あれは……!?」

 その眼先にビームを放ったとされるアルティメスが空中から見下ろしていた。ライフルの銃から熱気が噴き出している。ヴィハックも同胞を殺めたアルティメスへと矛先へ向ける。地上にいる誰もがそこに注目した。

「さてと……」

 その場に留まり続けるディルオスとヴィハックがすべて自分の方に向けていることを知ったルーヴェは、今度はメリア達がいる地上に降りだした。

 その黒い天使は重力に身を任せるようにゆっくりと降り、メリア達第二部隊のディルオスの前に足を着けた。着地する時、衝撃を和らげる様に膝や腰といった関節部を曲げ、ルーヴェは改めてアルティメスを直立させる。

「…………」

 その綺麗な着地を含めてメリアは見たことのない姿を持ったシュナイダーに我を失う。また、自分達のとは異なり、個性的とも言えるその姿に誰も突っ込もうとしなかった。

 アルティメスの全高は自分達が乗るディルオスと変わらないが、雰囲気や造りが明らかに別物だ。機体に所持させている武器もあまり見かけないものであり、少なくとも自分達の技術をはるかに超越しているのが分かる。

 しかし、背中についている翼や奇抜にも思えるその見た目には畏怖を感じさせるほどだ。血を浴びて黒く染まったその姿は、まるで悪鬼に見えた。

「ガァアアア!」

「!」

「…………」

 だが、目の前にいる化け物が黙っているわけにはいかず、雄叫びを上げて怯えを奮い立たせる。しかし、ルーヴェは動じず、むしろ自然体のような立ち姿で微動だにしなかった。

「これでも引かないか。……なら、自分たちとの差がどれほどのものか見せないとなっ!!」

 今にも襲い掛かろうとするヴィハックの姿に、ルーヴェはアルティメスの右手に持つライフルを右腰に懸架させ、左腰から伸びている柄に手を伸ばす。その柄を引き抜き、柄から正反対に伸びた先端部である刃先を前に出すと現れたのは黒に塗られた一本の太刀であった。

 その太刀は片面が刃先で、かつ反りが入った日本刀の形状をしており、少なくともこの国にはない代物である。

 アルティメスは右手に持つ太刀【ゼクトロンセイバー「クスィフォス」】を一度横に振り、その鋒が上になるように胸の前に構えると月の光に照らされた刀身が光り、目の先にあるヴィハックを鏡のように映しだす。

「グアァアアア!!」

 集団の中にいる一体のヴィハックはいつでも殺せるという分かりやすいルーヴェの挑発に乗っかり、咆哮を上げる。理性よりも本能が勝ったらしく、一度両足を地面に着いてタメを作るとスタートダッシュの勢いのままアルティメスへ一直線に向かってきた。

 蹴る力が強いからか、地面が抉れてその一部が宙に舞う。ヴィハックが獲物に向かって全力ダッシュをする姿はまさに一匹の猛獣だ。

 対するルーヴェは迫ってくるヴィハックを見て、恐怖を抱いていない。ただ、ジッと相手が距離を詰めるのを待つ。

 そして、両者の距離が一定のものとなった瞬間、

 ――ズパァアン!

 刃物による斬撃が騒音に遮蔽されることも廃墟に阻まれることなく周囲に広く響くのだった。


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