漆黒の翼
一方、ガルディーニたちとは異なる場所で、自身が引き連れるシュナイダー部隊と共に監視を行っていたメリアも数体のヴィハックとの相手をさせられていた。そのヴィハック一体がこちらを逃さないようにじっと見つめてくる。
「クソッ……!」
(殿下からガルディーニ卿と共に現場の指揮を任されているとはいえ、失態を見せるわけにもいかん……! 一体なら数機で倒せるものの、こうも数が多いとなると……)
目の前に映る魔物に対してメリアは心の中で愚痴を零す。
ヴィハック一体だけでもかなりの強さを持っており、数の差がなければ勝つことが難しいのだ。しかもその数が最初から彼女たちを上回っており、どうにか倒したとしても別の個体が襲い掛かることから不利な状況が延々と続く。
「ギィアアーー!」
そんな中、一体のヴィハックがその場をジャンプし、口を大きく開き、長い舌を伸ばしつつ上から襲い掛かろうとする。目の前にあるご馳走を我慢することなく頂こうとしているのがマンマンである。
「させるか!」
メリアはディルオスの背中に搭載された武装の一つであるバズーカを取り出し、砲塔をヴィハックに向け、引き鉄を引く。発射の反動で硝煙が噴き出る中、砲塔から発射された弾頭はそのままヴィハックの頭部に直撃し、爆発が起きる。
大気中に拡散する白煙から頭部がなくなったヴィハックの体が重力に引き寄せられるように落ちてきて、そのまま地面に衝突した。頭部を失ったヴィハックは死骸となり、ピクリとも動かなくなった。
「これで一体は減らせた……!」
『メリア卿!』
「!」
メリアの近くにいた二機のディルオスが背中を見せ、彼女の方に近づいてくる。メリアも身を構え、三人で背中合わせにして周囲を見渡せるように円陣を作った。彼女たちの正面には少なくとも五体は確認できる ヴィハックの姿が周囲に点在する廃墟の奥から這い出てきた。
他のアドヴェンダーもそれぞれ背中を合わせるように固まっており、メリア達は既に魔物による狩り場に引き摺り込まれていたのだと自覚するのだった。
「クッ……!」
閉鎖区に突入したガルヴァス軍による戦闘の様子は、ルヴィスがいる皇宮内の管理ブロックにある巨大モニターにこれまで通り映し出されていた。それを通じてオペレーターたちは次々と変化が起きる戦況の収集に追われていた。
「第二部隊、ヴィハックの存在を確認、排除行動に入りました!」
「第三部隊も、排除行動への移行を確認! 第一部隊も同様に戦闘に入ったそうです!」
「第四部隊、今から第二部隊の援護へ向かって下さい! え!? そこにもヴィハックを確認した!?」
次々とオペレーターから部隊が体験した現状報告が入るが、どれも状況が宜しくもなかった。
ルヴィスたちはいつもこれを続けていたのだが、簡単にいくわけでもなく、指示を出す立場にいても心が擦り切れるような思いに駆られていた。これはまさに生死を賭けた戦場である。
現場を指揮していたルヴィスも、何度も化け物退治を繰り返す現状に、苦虫を潰すように歯噛みするしかなかった。
シュナイダーを開発した理由には、実はヴィハックを掃討するためのいわば防衛手段という考慮も含まれていた。シュナイダーこそが、ヴィハックに対抗する唯一の反攻の目なのだ。
「いつもながら、劣勢ですな……」
「タイタンウォールがあるからいって、いつまでも殻に閉じこもる訳にもいかないのだからな。だが、我々に立ち塞がる者は何であろうと排除するのみだ。たとえ、ヴィハックであろうと……」
「例の〝謎のシュナイダー〟でも、ですか?」
「…………」
ルヴィスと同様にモニターで観戦していたケヴィルが口を開く。あの映像が人型として捉えていた辺り、その正体に辿り着いていたのである。
その正体を聞いてルヴィスは無言となるが、肯定という形として受け取られてもおかしくない。彼の父親でもあるガルヴァス皇帝も同じことを言うかもしれない。
彼を含めたガルヴァス皇族は、この国を治めるという普通の人間では為し得ることのできないものを常に抱えている。それ故に周りに対して厳しくしなければならない。
ほんの些細なことに目くじらを立てているわけにもいかず、本来ならその〝謎のシュナイダー〟に構っているわけにはいかなかったのである。
それでも彼がその調査を行ったのは、そのシュナイダーの立ち位置を確かめたかったのだろう。あえて無言だったのもその理由の一つかもしれない。
しかし、彼らには気にかかることがあった。それは姿を捉えた映像がおかしかったことだ。
シュナイダーだというなら、なぜ星が見える夜空に浮かんでいることだった。真っ先に疑問を打ち立てられるが、空を飛ぶなどあまりにも現実的ではないことにルヴィスは消極的であり、あまり関わりたくなかったのが本音である。
ただ、撮られた映像が自分達とは異なる都市の大地であったことが気にかかり、もしかしたらこの都市に来る可能性も捨てがたかったのである。だからこそ配下であるケヴィルに調査を任せていたのだった。
だが、今彼がやらなければならないのは、戦場で戦い続ける騎士達の頭脳として戦略を立てることだ。それこそルヴィスの手腕にかかっており、今その思案を頭の中で作っていた。
「…………」
ルヴィスの表情が険しくなる。前線で戦っている彼らの戦況を遠くから見て、彼らを生かす案、この戦況を覆す案をバラバラになったパズルのごとく組み立てていく。
そのルヴィスが出した答えは、全部隊による殲滅。それを端で見ていたケヴィルは主に助言しようとするが、即座に否定され、どのように声を掛ければよいのか困惑する。彼の助けになるものを考え出そうとするも、一向に思い浮かばなかった。
『ガルディーニ卿! 連絡が入りました! もうすぐ援軍が到着するそうです!』
『援軍!? ……総員、援軍が来るまで時間を稼げ! ここで犬死になるようなことはこの私が許さん!』
『『『イエッサー!』』』
援軍という希望が来ることを知ったガルヴァス軍は再び態勢を整えた。
もう少し時間を稼げば、自分たちにとって、最大とも言える戦力であるレディアントの援軍がやってくる。リスクはあれど、救援に来てくれれば、この場を片付けることなど可能だ。敗北というに文字も消えるだろう。
だが、そんな安心すら感じさせないほどの緊迫した状況は未だ続き、彼らにのしかかっている不安がさらに募る。
しかし、この不安に打ち勝てなければこの国、いや世界そのものをこの化け物どもに喰らいつくされてしまう。彼らもそれだけは何としても避けたい。なぜなら、この国を守らなければならない義務が彼らにあるのだから。
彼らを見据えるヴィハックの口が開き、唾液と思われる透明な液体が地面に垂れ流される。だが、その液体はシュナイダーの装甲を容易く溶かす強酸に似た元素が含まれており、地面に触れただけでもドロドロと溶かしていて、低い音と共に小さな煙を立てていた。
その頭部にある血の色に似たその目は、見るものをただの〝エサ〟にしか見ていない。奴らにとっては人間など取るに足らない〝エサ〟に過ぎないのだと。
今にもガルヴァス軍に飛び掛かろうとしたその時、
「――ったく、ダラダラやってんじゃねえよ」
――ドゥーーン!
その冷ややかな声と共に青黒い虚空に一筋の閃光が輝いた。
美しい青と白が混ざりながらも穢れのない光が一直線に伸び、そのまま唾液を垂らすヴィハックの頭部を上から貫いた。
一瞬何が起きたのか理解する間もないまま、その個体は食らいたいエサを目にしながら絶命する。その後、体を支える足に力がなくなり、糸が切れたかのように倒れた。
「…………!?」
その一瞬を目にしたガルディーニはいったい何があったのかよく分からなかった。数秒前までは健在だった怪物が突然倒れ込んだことに理解が追い付かなかった。
男だけではない。この場にいた誰もが、ヴィハックですらそれに反応し、両者は視界を広める。その後、視界を天に向けると白く美しく映る月を背後に構えていたものがあった。
『まさか、もう!?」』
『いや、違う! レーダーには判別できていない!』
『え!?』
『な……なんだ、あれは!?』
それを大地の上から見上げるディルオス。
援軍が来たのだと思っていたのだが、レーダーにはただ、「UNKNOWN」という未確認を表す単語だけが表示され、援軍のものではないとすぐに判断された。
突然レーダーに反応を捉えたことに驚きがあったものの、その反応を知った女性オペレーターがその場所を特定してみるとその座標に衝撃を受けていた。
「どうした!?」
「だ……第一部隊の直上、高度五百メートルの座標に正体不明の反応を確認しました……」
「!? もう一度行ってみろ!」
「…………! 高度五百メートルの座標に正体不明の反応を確認! すぐに映像を切り替えます!……?」
女性オペレーターはその反応があった場所を解析、映像を映そうとコンソールをカタカタとコンソールにあるキーボードを入力する。一瞬、動きが止まるが、すぐに再開してその最後と思われるコマンドをクリックするとその映像が映し出された。
「「!」」
その映像に映っていたのは背中に翼を生やした人だった。背中に当たる二つの噴射口から大きな青い光の粒子が蝶の鱗粉のように舞い散る。
青黒い夜のさらに白い雲が流れ込み、その合間から月光が差し当たる中、人の形に似た〝何か〟は月をバックに悠然と空に浮かんでいた。頭部と思しき箇所に存在する二つの鋭い目が赤く光り、地上を見下ろす。
その〝何か〟から解き放たれている存在感から映像で見ているオペレーター達も圧倒される。ところが、ただ一人、それとは異なる衝撃に打ちひしがれていた。
「この反応、まさかシュナイダー……!? いや、でも……!」
女性オペレーターはその正体をすぐに至らせた。
その理由は、生命反応というより、彼女がいつもレーダーで捉えているシュナイダーやヴィハックといった強力なエネルギー反応に似ていたからである。
「どうした!? まだ、何かあるのか……!?」
「あり得ない……! あのシュナイダーがいるこの高度って……!」
「?」
彼女の右隣りにいた男性オペレーターが気づいて声をかけるが、たどたどしい言葉を並べ続ける彼女の様子はあまりにおかしく、耳に入っていない。その様子を訝しんだ男性は彼女が見ているレーダーに目を移す。
そして、彼女から出た言葉は、ルヴィスが懸念していたことと同じ、あまりにも衝撃的なものだった。その衝撃に椅子をどかすように立ち上がった。
「高度五百メートル……。そんな……空……!?」
「バカな、ヒュペリオンと同じ……!?」
「!? ……殿下、アレはまさか……」
「…………!」
オペレーターの口から出た衝撃発言に、ケヴィルは空に浮かぶシュナイダーの正体に勘づく。それは彼とその主が戦闘直前まで目を通していた映像にあった巨人だった。
同じく感づいていたルヴィスは敵と言わんばかりの私怨に似た感情が篭った鋭い視線を映像に映る巨人を捉えていた。
ルヴィスたちが新たに目にするそれは今も地上に
何せディルオスに飛び掛かろうとしたヴィハックは天からの裁きを受けたのだ。それを黙って見逃がすわけにはいかなかったのかもしれない。そう思い込んでも不思議ではない。
だが、月の光に照らされたそれは、天に昇る白い月とは逆に黒に染まった天使、いや狩人の名を持つシュナイダー、《アルティメス》だった。
「思ったより数が多いな。〝エサ〟に釣られて集まって来たのか」
それを操縦しているアドヴェンダーはもちろん、ルーヴェである。
先程の裁きを実行したとされるルーヴェは、未だに続く戦場に到着できたことに安堵していたかに見えたが、逆に落胆していた。予想外の数とはいえ、チンタラと〝駆除〟していることに業を煮やしていたのである。レディアントの避難が解除されていないことが主な理由だった。
しかし、地表ではまだヴィハックが多数確認されており、彼というイレギュラーの出現で状況は混乱しているが、戦いは未だに続いている。
彼は感傷に浸るどころか、表面ではわかりにくいものの
「……仕方がない。手助けするか」
ルーヴェは左の操縦桿を前に倒し、アルティメスをその場から移動させる。その移動先はもちろん、ヴィハックとガルディーニが対峙している場所だ。先程と同様にヴィハックを潰すつもりである。
大きな羽を持つアルティメスが重力に任せて落下するその様はさながら一匹の鳥のようだ。否、鳥そのものであった。
対するヴィハックは獲物であるディルオスから離れ、新たな獲物へと目標を変えて態勢を整える。
両者の距離は縮んでいき、激突するまでの時間はそうかからなかった。
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