ヴィハック
時間の経過で朽ちた建物や半壊したビルなど、見る者を絶句させる閉鎖区の光景が広がっていた。
ルヴィスたちがいるレディアントとはえらい違いであり、たとえ時の進みは同じでも人の手が届いていない限り、モノは腐り、やがて朽ちることは自明である。
閉鎖区は特にそれが顕著に表れていて、この光景があの時から止まったままであることを証明させていた。
「いつ見ても慣れないものだ。何度も通ってきたはずなのに……」
目の前に広がる光景を見て、メリアは軽く呟く。何度も潜り抜けたものだというのに、今でも都市が朽ちている姿は嫌でも目を逸らしたくなる。
元々、帝国の領土であったここも、この壁が無ければ、本来の、道路の先にある美しい街並みが見られるはずだった。もっとも、厳重態勢にある警備もあってか近寄ることもできず、もし見られたとしてもこの寂れた光景が広がるだけである。
だが、鋼鉄の騎士に乗る彼らはこれから死が蔓延する大地へ赴かなければならない。でなければ、より多くの命が目の前にある光景のごとく朽ちるのみなのだ。
「奴らは?」
「未だ侵攻中! 距離は三千まで縮めてきました!」
「これより、我が隊は閉鎖区に突入し、侵攻してくる敵を迎撃する。行くぞ!」
『『『『『イエッサー!』』』』』
荒廃した大地に廃れた空気が蔓延する閉鎖区に踏み込むガルディーニたち。
どこを見ても朽ちた建物が目に付く周辺を警戒しつつも迫り来る脅威を迎え撃つため、彼らは再び足を進めていった。
ガルディーニが率いるガルヴァス軍が閉鎖区へ足を踏み入れた様子をモニターに捉え、それを上空から傍観していた者がいた。
「……やはり奴らが動き出したか。毎度毎度、ご苦労なことだな」
その人物とは、先程までレディアントのある場所で姿を消したルーヴェ・アッシュである。
その彼は今、暗くて分かりにくいがディルオスと似た形状をした操縦席の中で、モニターに映る閉鎖区を傍観し続けていた。
実は数時間前にタイタンウォールから〝悪意〟に似た気配を察知した彼は、その気配を探るために一足早く閉鎖区に来ていた。本来ならその正体を掴もうと奥へ進もうとしていたのだが、ガルヴァス軍がそこにやって来たことを上空から確認し、ルーヴェはその気配の正体に勘づくのだった。
(……ということは、この近くに来ているということか……。あまり関わりたくないが……一応、目に入れておくか)
先程、ある人物から忠告を受けていたルーヴェだったが、前に移動し続けるディルオスの行方が気になってしまい、忠告を破って彼らが行く方向へと進んでいった。
ただ、遮るものが何もない上空でも、ガルヴァス帝国の監視網に引っ掛かるはずだったのだが、ルーヴェの姿もとい彼が乗る巨人の影すらなく、どこにも確認されていなかった。音もなく、まるでそこにいない光景だけが焼き付けるように残ったのだった。
閉鎖区に広がる街中は、やはりレディアントで栄える街中とは天と地の差とも思えるほどの落差がある。ギャリア大戦によって壊され、未だに改装されてもいない廃墟がたくさん残っており、そのまま風化していた。
また、建物はどれも窓ガラスが割れていて、その建物と同じ素材でできた残骸と共に地面に散らばっている。さらには直線状に支える柱が壊れ、ビルに垂れているものもいくつか確認でき、いつ崩れてもおかしくない。周辺の道路にも全く手入れされておらず、割れた窓ガラスの破片と言ったゴミなどが散乱していた。
大地にも手入れされていないのか至る所にヒビが入っており、それだけでも暗く、重い空気を醸し出しており、不安を掻き立てるには十分過ぎる。もちろん、誰一人として外に出歩くことも、立ち寄ることもない。
当時の状況が映像のごとくそのまま残っており、放置された状態、まさに無法地帯と言う方がより自然だった。
未来と過去、二つの変化を誰の眼にも止まるようになっていて、時代の変化とも言えるのだが、かなりの時間が経過しているためか、少しの衝撃だけで脆く崩れかけるものもチラホラと確認できる。
その何十にも並ぶ廃墟の中を十機のディルオスが通った。
先程まで数十もある数が閉鎖区に踏み込む前のタイタンウォールの近くで確認されたのだが、今はその数にも満たない。
「気を付けろ。どの方向からも襲い掛かることも忘れるな。何度も言うが、適時、各部隊への報告も怠るなよ」
「イエッサー」
ガルディーニが各部隊と答えたことから、アドヴェンダーはそれぞれ部隊を編成し、敢えて散り散りとなったようだ。
ただ、以前にあった街並みの一つでもある建物が複数も倒壊したことで、道が無くなったり、狭まっていたりと既に迷宮に近いものとなっている。
デジタルを応用した最新の地形図によるマップ判別はそう難しいものではないが、複数のルートが使い物にならないことが多く、蜘蛛の巣のように広くて細い道路の中を進んでいくしかない。
「! 何か反応があった。周囲を固めろ」
その中でモニターに何やら反応があったことを知ったガルディーニは、その後ろにいるアドヴェンダーたちに停止をかける。すると、互いの背中を見せるように視線を四方に振り分け、両手に抱えるマシンガンをそれぞれの前方に向けた。
音すらしないその場所を見渡し、警戒を強めていくガルディーニ。
人一人すら見当たらないこの場所にお化けのような実体のない存在が現れてもおかしくもない。だが、彼らはその実感を無視しているわけではない。
なぜなら、その山奥を含めたその大地には、人間を問答無用に食らう魔物が住み着いているのだからだ。その魔物は特に人間を食らうと言われているそうで、それに対抗できる手段こそがシュナイダーなのだ。これらを鑑みても、生身の人間では手に負えないことは重々理解できる。
『こちら、ベータ。周辺に異常なし』
『こちら、ガンマ。同じく異常なし』
『デルタも異常なし。アルファお願いします』
「こちらも同様だ。だが、気を抜くな。ここは、奴らの領域テリトリーであることもな……」
『『『イエッサー』』』
各部隊からの通信を取り合いながらガルディーニは周囲を警戒する。他の場所にいるシュナイダー部隊も同様に警戒を強めているに違いないと頭の中で思いながら自分に課せられた任務を続ける。
かつては祖国の領土であったとしても、今は違う。姿、形が残ってはいるが、懐かしいと情に訴えられることは彼らにはなかった。彼らがそこにいる場所はもう、〝戦場〟となっているのだから。
ガルディーニ達が数棟もの廃墟の周辺を警戒し続けた矢先、突如として警告音がコクピット内に強く鳴り響いた。
「! 反応があった! 各機、周囲を警戒しろ。 近くにいるぞ!!」
ガルディーニの呼びかけに周辺に留まっていたすべてのディルオスはすぐに厳戒態勢に入り、アドヴェンダーたちは神経を尖らせた。もはやさっきまでの空気はこれまでの始まりだったのだ。それからしばらく静寂が一様に進む中、状況は突然動き出した。
――ドドドドッ!
太鼓の連打のごとき騒音が大地に鳴り響く。それが段々と聞こえてきて、廃墟をまたぐ道路が見える方向からやってくる強い反応をコクピット内のレーダーで捉えたガルディーニはマシンガンを構える。
するとその周辺にいたディルオスも同様にマシンガンを構え始めた。
自身との距離を詰めていく何かが襲い掛かってくる危機感を感じていたアドヴェンダーを震わせる緊張が徐々に高まっていき、そこから目を離さないまま身動きもしなかった。
そして、外を映し出すモニターに奥から来る何かの姿を捉え、アドヴェンダーはそれを拡大させるとその正体に驚愕する。
その正体とは黒い体色をした魔物――文字通り、この世界に存在するはずのない〝異形の存在〟が、この地に足を踏み入れて来た機械の騎士たちに牙を剥いた。
「ギッシャアァーーーー!!」
大地を疾走しながら口から発する奇怪な雄叫びが影すら塗りつぶす夜の広い空に高らかに木霊こだまする。その雄叫びに恐れを抱いたアドヴェンダーは「ヒィッ!?」と恐怖のままに、握っていた操縦桿のボタンを押して、マシンガンを発砲させる。
それを近くで見かけた別のディルオスが許可もなく発砲する機体を静止しようとするが、銃口から発射される数十発の弾丸は真っすぐ突っ切ってくる魔物に当たることなく、弾丸の礫を抜けた後、その場をジャンプし、発砲を行ったディルオスに上から覆い被さった。
『うわっ!?』
ディルオスの中にいたアドヴェンダーはいきなり視界が暗くなり、何が起きたのか理解が追い付かなかった。ただ分かるのは‶魔物〟が現れ、恐怖のあまり許可なく発砲してしまったということだけである。
だが、魔物が取り付いていることが分かるとすぐに引き剥がそうと抵抗を試みる。取り付く力が強いのかすぐには剥がせず、ブンブンと機体が右へ左へと振り回すが、一向に離れようとしない。
魔物の口から透明な液体が流れる。それがディルオスの頭部である甲冑に落ちるとシュウゥウー!と気体が空気中に拡散され、甲冑が溶けるように液体へと変化していく。
『! マズイッ!』
それを見たディルオスは危機感を露わにし、すぐさま魔物に取り付く同胞を助けようと近寄っていく。
同じく危機を感じたアドヴェンダーはディルオスの右手に持っていた銃こと、連射式のマシンガンの銃口を動かし、そのまま魔物の横っ腹に突き立てると視界が閉ざされた状態のまま乱射した。
「ギャアァアアーー!!」
銃弾をゼロ距離で撃ち込まれた魔物は、悲鳴にも似た咆哮を天に向かって放ちつつ飛び退き、ようやくディルオスから離れると地面に四つの足で突き立てた。撃ち込まれた腹には動物特有の赤い液体ではなく、より赤黒い禍々しい液体が流れていた。
そこに彼と同じ部隊のディルオスが二機現れ、彼のディルオスの両側に移動して合流すると仲間の状態を確認する。もちろん、頭部の一部が溶けかけていただけであり、稼働には特に問題もない。
『大丈夫か!? やられてはいないな!?』
『もちろんです! まだいけます!』
『クッ、この化け物め……!』
右端にいたディルオスはマシンガンを正面にいた魔物に構えると、そのまま魔物は警戒を強めた。
彼らの目の前に現れた魔物。それは自分達の領域テリトリーを侵す者に恐怖を与えるために現れた番人、いや番犬と言ってもいいだろう。
だが、番犬というにはあまりにも気味が悪く誰が見ても嫌悪感だけが湧き出てくる。まさしく化け物という外観だ。
この化け物こそ人類の天敵であり、彼らが対峙するもう一つの脅威――――
‶
――――特定危険捕食生物、通称〝ヴィハック〟。
その存在が確認されることになったのは【ギャリア大戦】から一年後、現在よりも九年前から確認され、ガルヴァス帝国に脅威をもたらしてきた。
しかも、それが世界中のあちこちで確認され、それを知った者は消息を絶つことが多かった。おそらく喰われてしまったのだと考えられ、知らずのうちに人口を減らされていったのだ。
そのことを一般人は当然知るはずがなかった。もし知られたら集団パニックが起きるのは一目瞭然である。タイタンウォールを建造する要因になったのもこの存在があったからだ。
しかし、国のトップである皇帝はこれの排除を目的としており、対抗策としてシュナイダーが開発されたのだ。まさに国を守る騎士というこれ以上のない名誉である。
ヴィハックの排除は九年前から継続されているものの数が多く、一向に進む気配がなかった。ヴィハックはコソコソと閉鎖区のどこかに隠れていることが多く、存在を確認できるのも容易ではない。
ただ、一つの可能性として考えられるのは、この閉鎖区のどこかで巣を作っている可能性があるかもしれないということだ。
ガルヴァス帝国はその可能性を考慮しながらも軍事力を活用し、祖国に潜伏している化け物の排除を実行させていたのだ。そして今、その真っ只中である。
一体のヴィハックと対峙している三機のディルオスはそれぞれ戦闘態勢に入る。
両側の機体はマシンガンを両手で持ち、ヴィハックの強酸で頭部の一部が変形していた中央の機体は右手に持っていたマシンガンを左手に持ち替え、右背面に収められた斧〝バトルアックス〟を取り出し、その先端にある刃先をヴィハックに向ける。
もしかしたら、別の部隊もこれと同じ個体のヴィハックと対峙しているかもしれない。
だが、それに向かっている暇はない。今ここでこの化け物を排除しなければ、いずれ国を脅かすことになるからだ。
臨戦態勢となっていた双方は、視線を交わしたまま睨み合いを続ける。そして、痺れを切らしたのはこの地に住み着く化け物だった。
「ギィアァア!!」
「邪魔をするな、ってか……。邪魔なのはお前たちだ、化け物!」
ガルディーニは、目の前の化け物が自分たちの安らぎを奪ったからか雄叫びに怒りが含まれているのが画面越しでも分かっていた。
だが、この地は元々自分達ガルヴァス人の故郷だ。その地に勝手に足を踏み入れる愚か者にそのことを理解させるため、ガルディーニは右の操縦桿を前に押し出す。
「ハァアアーー!!」
同時に、両側にいたディルオスもタイミングを合わせるようにマシンガンを構えだす。
人類が生み出した巨大なる騎士と、この世界に存在することのない怪物との戦いが始まった。
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