シュナイダー
ルヴィスからの指示の通りに、皇宮内を含めて、空が暗くなりかけていたレディアント全域に警報が発令された。
耳をつんざくような激しい警告音が街中、およびこのレディアント全体に鳴り響き、その音を耳にした人々は、何かを探すかのように足を止めると、その警報に意識を移していく。
ニルヴァーヌ学園の学生寮の自室にいた学生たちも、保有する端末から警報が発令されていることに気づき、戸惑いを見せる。
しばらくすると街中に映し出された避難の通告と共に、避難を促す放送が流れ始めた。
『警告! 警告! 首都全域に避難警報を発令中! 住民の皆様は速やかに地下シェルターに避難を! 繰り返す! 警告! けいk……』
その放送が流れるとこのレディアントにいる住民はすぐに避難口がある場所へ走り始める。パニックにもならずに素早く動いたことから、何度も経験してきたかのごとく迅速な対応を行っていた。
「焦らずに、並んでください! 私たちの指示に従って……」
デパートやビルなど、そこで働く係員たちがその内部にある避難口の近くで大きく手招きしながら住民を誘導させる。その避難口は地下へと繋ぐ階段となっており、市民らは条件反射するかのごとく階段を降りていった。
その階段の先には地下に通じていて、市民が避難する経路も存在する。しかし、地下に降りているにもかかわらず階段全てがその人々で溢れ返っていた。
地下への避難口はそれだけかと思えるのだが、実は道路沿いに設置されたマンホールにも地下へと続くハシゴが設けられていて、マンホールを開いてそこから降りていく住民の姿もあった。彼らの行く先も地下であり、その地下には大勢の市民を匿えるシェルターが複数存在するのだ。
ただ、シェルターに繋がる地下は地上より高さはないものの、大型の車輌が通れるサイズとなっており、必要な物資の配給も完備されている。住民に及ぶ心配はないに等しい。
元々、この首都全体には大戦前から備えられていたシェルターが多数存在しており、大戦が起きてからもしっかりと残されていた。
ただ、閉鎖区に、ロードスに存在するシェルターは現在封鎖されており、そこに近づくことも許可されていない。それどころか、そこに繋がるブリッジも閉鎖されている。
ちなみにその地下へと続く道があるのは街中だけでなく郊外にも存在し、当然、エルマが通うニルヴァーヌ学園もまた、その一つである。
学園に通う学生たちは現在、学園内にある避難経路へと足を進めていた。
「何でこんな時に、避難しなきゃならないのよ?」
「仕方ないでしょ。何回も経験していることなんだから……」
「~~~!」
学園から地下のシェルターに移動を進めるエルマたち。
その中でカーリャは愚痴を零すものの、その隣にいたエルマがたしなめる。しかし、彼女の不満はさらに募らせる一方だ。
「何でこんなご時世になっちゃったんだろうね?」
「……そんなの、私が聞きたいぐらいだよ」
カーリャからの質問に、エルマも投げやりに答える。先程まで平和に見えたのだが、今はそんな様子など一つも見られず、いつの間にかドス黒い、殺伐とした雰囲気が満ちていた。
それは、都市全体が騒ぐほどの事態がもうじき迫っている証明であり、何度も繰り返してきた〝争い〟が起きようとしていた。
街中から避難を続ける人々の中から一人、ルーヴェが避難口とは異なる別の場所へと細い脇道の中を駆け出していた。その細い道から広い空間に出ると、いきなり足を止める。
そこには何もない、ただコンクリートだけが地面に広がる空間であり、四方は建物の裏側で固められている。何の使うものすら見当たらない。
だが、ルーヴェはじっとその何もないところを見つめる。そして、ある言葉を口にした。
「ステルス解除」
その言葉のままに、何もない空間から、巨大なものが突然姿を現し始めた。
全体が黒く塗り潰された姿を持って現れたのは、一体の巨人。
巨人は何かにかしずくように片膝と片手を地面につけており、ずっと主を待っていたかのような雰囲気がある。
「…………」
ルーヴェは無言のまま真剣な目つきで、目の前に現れた巨人の元に近づき始める。漆黒の巨人が待っていた主こそ、彼であり、そして、彼の前で膝をつくその巨人こそ……
「――ったく、いきなり出撃させられることになるとは……」
「今回は本当に、予想外としかいえませんね……」
ガルヴァス皇宮の内部を張り巡らせるように通る長い一本道を二人の若者がせっせと歩く。
ガルディーニ・ヴァルトとメリア・アーネイ、その二人が歩いたその先に、彼らが乗るシュナイダーが待つ格納庫があった。
二人はどちらも貴族の出であり、共に男爵の爵位を持つ。そして、シュナイダーを動かすための重要な存在、【アドヴェンダー】でもあった。
アドヴェンダーとは、シュナイダーを操縦するために適正訓練、操縦訓練を重ねてきた操縦者だ。もっとも、候補から正式に選ばれるには相応の腕を必要とし、この二人もまた、厳しい訓練を受けて、正式に配属された軍人でもある。
しかし、アドヴェンダーとなるには相応の覚悟を必要としている。なぜなら、これから行われようとしているのは命を散らすことが当たり前の過酷なものだからだ。
また、二人には生存率を上げる【アドヴェンドスーツ】を着込んでいる。これから行われる戦いへの前準備と言っていい。
二人が格納庫に訪れるとそこには数名もの軍人が先に到着していた。その彼らもアドヴェンドスーツを着ていることから、ガルディーニたちと同じアドヴェンダーである。
そのアドヴェンダーたちが直立しつつ右腕を胸に突き出した敬礼をすると対面する二人もその場で立ち止まって同じように敬礼を行った。
『いいか! 分かっていると思うが、現在、奴らが我が領土に攻め入ろうとしている! すなわち、ここで潰さなければならない! 明日の件は後日に回されることもやむなしだが、今はこの任務に集中するんだ! 分かったか!』
「「「イエッサー!!」」」
アドヴェンダーが格納庫に集結しているのを見たルヴィスは今後のことを含めて、今の状況に全力を注ぐようにと指示を出す。それを耳にしたアドヴェンダーたちも表情を引き締めて返事をし、その場を解散すると、それぞれ自分たちが乗るシュナイダーへと足を運んでいった。
同じくガルディーニも機体からぶら下がっていたワイヤーを手に取り、足を引っかけた状態で機体の胸部へと引っ張られていく。そのまま胸部へと辿り着くと胸部に収まっている操縦席に乗り込み、シートに腰を掛ける。
さらに目の前に広がるコンソールを操作すると正面にある液晶ディスプレイから機体の名称が入った単語が浮かび上がり、次々と文字が書き出されていく。
開いていた胸部のハッチが閉じ、コクピット内部に明かりが点いていくと頭部に位置する薄赤の水晶体が強く光り、帝国を守護せんとする緑の騎士たちが一斉に目覚めに入った。
稼働するエレベーターがとある階層に止まり、閉じていた扉が開くと、その中からルヴィスが現れる。また、その後ろには先程まで彼の傍にいなかったケヴィルが控えていた。
その彼らが歩むその先、さらにその奥の扉の前に立ち、自動で開かれるとそこには大型のモニターが前面に敷かれた、暗闇が支配する空間が広がっている。 そこは皇宮内のある一画に存在する、【中央管理ブロック】。
この皇宮を中心とした、帝都レディアントを街中に設置された監視カメラで監視しており、そのすべてがモニターとして映し出されている。それをここに在中するオペレーターたちが目を通しており、いち早く危険を察知できるようにしていた。
さらに皇宮内の様子もモニターで映っており、同じく皇宮の一画にある格納庫の様子もモニター画面として映し出されていた。
また、レディアントの境に建てられたタイタンウォールにもカメラがあり、閉鎖区全体にも監視の目が行き届いている。もちろん、その内情も丸見えである。
さらにはその前に十数人の人間がオペレーターとして座っており、コンソールの上で表示された空間ディスプレイに面と向かっている。ディスプレイとは当然、監視カメラの映像である。
ここを中心とした監視体制が整っているこの空間に、ルヴィスたちは足を踏み入れた。
「状況はどうなっている!?」
「「「「「!」」」」」
皇族の登場に、オペレーターたちは一斉にルヴィスの方へと顔を向け、目を大きく開く。だが、ただ一人、すぐにディスプレイへと視線を戻すと、彼の言葉に応えるように口を動かした。
「まだタイタンウォールの前に到達はしておりません! 閉鎖区の現在の地形を照らし合わせてですが……距離は五千です!」
「《ディルオス》の準備は?」
「整備班からは既に完了しているとのことです!」
「すぐに出撃させろ!」
「イエッサー!」
国を脅かす存在の、今の様子を再確認したルヴィスは、ディルオスを動かすアドヴェンダーたちに出撃を促す。そして、閉鎖区を映しだす大型のモニターを鋭い目つきで見据えるのだった。
「市民の避難は?」
「既に市民全員の収容を確認。都市全域に人の姿は見当たりません」
オペレーターの言葉通り、管理ブロックの巨大モニターに映るレディアントの街中は人影すらなく、寂しい空気だけが流れていた。
オペレーターからの応答にルヴィスは頷くと、意を決するがごとく眉を吊り上げた。
「シュナイダー部隊、出撃せよ!」
『『『『『イエッサー!』』』』』
ルヴィスの呼びかけと共に、出撃を待ち望んでいた騎士たちは、その主たるアドヴェンダーを得て、動き出した。
ディルオスの足が地面から離れ、一歩足を踏み入れると重々しい音が地面の上から鳴り響く。またその足で踏み入れるたびにズン、ズンと音が響き、重量感が格納庫内に響いた。
それに乗じて、隣にいる別のディルオスも次々と動き出した。ディルオスが踏む地面から大きな音が連続して鳴り響き、その近くにいた整備班らは一斉に敬礼を行い、武運を祈る。
ディルオスは格納庫の側面に保管されている武器に手をかけた。汎用型のマシンガン、近接用のアックス、火力を誇るバズーカなど、それぞれ用意された武器を自身が操縦する機体に搭載させていく。
その後、騎士たちが格納庫の壁面にある巨大な扉の前に立つと、いきなり扉が左右に開かれ、さらに奥へと続く道が現れた。そのまま数十ものディルオスがその先へと踏み入れていき、それに乗る彼らは脅威が迫る〝戦場〟へと赴くのだった。
夕刻まで人々で賑わっていたレディアントは今や、冷たい風が小さく吹く夜の街と化していた。
空が真っ暗となり、避難によって誰一人もいない中、都市周辺に点在する街灯も何一つ照らされていない。まるでお通夜のような雰囲気に飲み込まれており、街は空の色と同化している。
その街中で、冷たい風を受けつけない巨人たちが巨体に似合わぬ速い速度で道路の上を移動し、街中を颯爽と駆け抜ける。その巨人が通った後に、どこからか吹いた風によって砂埃が巻き上げられていた。
その巨人とはもちろん、ガルディーニたちが乗るディルオスだ。脚部に搭載されたスラスターを噴射させ、足を浮かせたホバー移動を行っていた。噴射による突風が周囲に広がる。
「やれやれ、明日の予定がおじゃんだな……」
「気持ちは分かります。今は目の前のことに集中しましょう」
「分かっている。これまで通りに連中を叩くだけだ」
隣にいるメリアのフォローに、改めて戦うことを決意するガルディーニ。
格納庫から外に出て、街中を移動していた彼らの目の先に、検問がディルオスの操縦席にあるモニターに映り込んだ。
『こちら、ガルディーニ。検問が見えてきたため、解放をお願いします』
「了解した。〝ゲート〟と共にすぐに解放させる。今少し待て」
『ハッ』
十数のディルオスが検問の近くに来ると、その検問の近くにいた軍人らが閉ざしていた柵を解放させ、ガルディーニたちを通らせる。
「周辺に異常なし。このまま〝ゲート〟を解放します」
さらに管理ブロックのオペレーターたちが、空間ディスプレイに表示されたタイタンウォールの周辺を確認し、異常が見られないと知ると、その下にあるコンソールに入力し始める。
すると、検問を通るガルディーニたちの先を悠然と阻み続けるタイタンウォールに異変が起きた。
――ゴゴゴッ!!
門番として立っている二体のディルオスの間に位置する壁面が突如として動き出す。縦長の長方形二個分に分断され始め、徐々に外側に開かれていく。
その際に強烈な風が後方から吹き、その先にある場所へと流れ出す。そして、この先にある閉鎖区へと繋がる道が出来上がった。
ルヴィスたちが言っていた〝ゲート〟とは、閉鎖区との境にあるタイタンウォールから唯一行き来できる道を作る、文字通り〝扉〟である。
だが、その扉はある者にとっては〝地獄〟へ招待する魔の扉であり、この先にあるものの姿をくっきりと映し出した。
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