ギャリア大戦
元々、この世界に生きる人類は科学の進歩によって新たな技術を創造し、高度な発展を繰り返しながらも平穏に暮らしていた。ただ、その発展の裏で争いを繰り返すことも多々見られ、長い時間をかけ続けたことで国々はそれぞれ三つの大国へと統合、成長していった。
それが最大とも言える軍事国家であるガルヴァス帝国。帝国と同様の技術を保有し、アジア圏を支配するアジア連邦。そして、多彩な文化が広がるヨーロッパ諸国をはじめとしたEU連合である。
この三つの大国はそれぞれ、武力や知略を駆使したキツネの化かしあいを続けており、いつでも一触即発の状況に陥っていた。
ところが、世界各地でとある特殊な鉱石を発見したことで世界の動きはより加速していった。その研究に携わった科学者が即座にその鉱石を調べていくうちにあることが判明したのである。
鉱石に含まれているエネルギーは、普段の生活などに使用されている電気や化石燃料など、他とは比べられない程の出力を持ち、その鉱石の一欠片でも町中の電気を賄える程の強いエネルギーを秘めていたのだ。
そのエネルギーが生まれた理由は今もわからないが、何でも地中内に眠っていたエネルギーが長年の時を経て結晶体として変化したものと言われ、他の鉱石とは明らかに異なる物質だと分かった。
もっとも、その生成方法など原因が未だにはっきりしておらず、各国でも日夜研究が行われていたようだ。
また、各地の鉱山地帯で発掘されたことで、枯渇が懸念されていた複数のエネルギー問題も一気に解決、さらにそれを生かす技術も確立されていった。
後にその鉱石を【ギャリア鉱石】、そしてそれに含まれるエネルギーを【ギャリアニウム】と名付けられた。まさに人類の大いなる発展である。
その発展が人類は大切なものと暮らせる時間と共に平和を永久に謳歌した……かに見えた。その発展が平和を生み出すように、コインの裏側と言っていい悲劇が起きようとしていたのだ。
その悪い予感は見事に的中し、数日後、後(のち)に【ギャリア大戦】と呼ばれる、各国が入り乱れる大戦争が起き、状況は刻々混沌としたものへと変貌していった。
戦争がいつでも始まるという緊張は開戦すると瞬く間に死に対する恐怖へと変わっていき、帝国の武力行使を恐れたアジアとEUは一旦手を組み、強大な軍事力を誇るガルヴァス帝国に立ち向かっていった。
その結果、戦争は激化の一途を辿り、同時に一か月も膠着状態が続いた。
ガルヴァス帝国の軍事力はアジアとEUの二国に勝るものだが、そのニ国が手を結んだことで多大な軍事力に押し潰れずに済んだことが奇跡に近かった。
兵士達も度重なる戦闘で疲弊しているものの、祖国に対する忠誠心、帰りを待っている家族や先に避難している恋人や友人を守るという強い意志が彼らを支えており、ギリギリのところで踏ん張っていたのである。
数日で終わるはずだった戦いが長引いていることにイラつきを感じたガルヴァスは、争いの合間に開発していた新型兵器を投入し、戦況を一変させようとした。その時、灰色に染まる空から何かが飛来してきたのである。
誰もが呆気にとられる中、飛来してきたそれは巨大な隕石であり、戦線に投入されていた兵器や地上で活動していた兵士ごと、地表に落下、周囲を吹き飛ばす突風と共に巨大なクレーターを作り上げた。
それにより甚大な被害を受けた双方は身動きができないまま、戦争は終結した。
隕石によって戦争が終結してしまったことは何とも皮肉であろう。だが、それは更なる脅威が襲い掛かる前触れでもあった……。
これが十年前にあった出来事。
……とあるが、実際は事実に不備があり、どれが正しいものなのか分からないようだ。
ただ、確かに言えることは、戦争は終結したものの、新たに脅威を招くことになり、世界は未だに混沌を続ける結果となった。
その証拠に世界はその脅威によって現在も苦しみ続けていた。
一つは見えない恐怖に。
そして、もう一つは――
この世のものとは思えない異物によって。
その二つの脅威を抑えるべく皇帝は〝タイタンウォール〟と呼ばれる巨大な壁をちょうど、帝都レディアントの境に建造し、戦争が起きた別の都市をそのまま隔離することにした。
都市を丸ごと隔離することは少し効率的とも呼べないが、当時の彼らには脅威に立ち向かえる程の力を持ち合わせておらず、これ以上の拡散を防ぐための苦肉の策であった。
ただ、巨大な壁を構築することで必然的に外敵から守る体裁を取るようにもなり、軍事国家さながら要塞のごとき堅固な守りを誇示することとなった。
そのまま時が経ち、壁の外側から広がる大地は殺風景が広がる、人すらいない未知の領域となっていった。明らかに殺伐としていて、復興どころか手を着けない状態のまま時間だけが過ぎ、完全に世界から取り残されていったのである。内側にある都市とは明らかに違いがあり、もはや別世界と言っても過言ではない。
凍るように風化したその都市は既に行き場を無くした鳥達、特にカラス達の止まり木と化しており、人が住み着くにはふさわしくない。口に出さなくとも悲しさを物語っている。
人々が目にしたくない理由が如実に表れていた。いつからか、そこは世界から隔絶された大地、通称〝閉鎖区〟というまさに閉ざされた都市の姿へと変貌していったのである。
この世界は、ギャリア大戦から光と闇という裏表がはっきりと目に見える形へとなっていたのだった。
タイタンウォールより外側に広がる世界――その名も〝閉鎖区〟。
その大地の上に建っていたとされるビルや建築物は、汚れやヒビが大きく目立ち、傷跡が未だに残ったまま風化していた。さらには建物に使われているものと同じ素材と思しき破片が唯一人が歩く地面の上に飛び散っており、小さいものから大きなものまで、ゴロゴロと転がっている。
また、外から見えないようにシャッターが閉ざされていたものがあったり、壁に大きな穴が空けられたりと状態が答辞から重ねてきた年月を表すように廃れていた。
戦争などの飛び火で破壊されたものや年月による劣化で錆び付いて脆くなったものが多く、既に形そのものを維持できない廃墟と化していて かつての街並みは原形そのものを留めていなかった。
そんな立ち寄ることのない廃墟が広がる大地に、
――ドスン!
重みのある大きな音が周辺に響き、複数もの朽ちた廃墟の間を|何か(・・)が地面に踏み入れていく。 人が踏み入れることのないこの大地に、人が住むことなど不可能だ。そもそも、ここに足を踏み入れること自体、禁止されているにもかかわらずにだ。
しかし、この閉鎖区に何かがいることは確実だった。その証拠に、太陽に照らされた影の中に明らかに動いている影があった。音を立てたと思われる大きな手にも見えた足が地面に着き、ゆっくりと歩いていたのだ。
もっとも、人というより動物に近いフォルムではあるが、影だけではどの動物にも当てはまることはできない。全体を捉えれば好ましい限りである。
いや、疑問はそこではない。
この閉鎖区に人が足を踏み入れられない理由は、とある〝気体〟が、この大地を侵食し、人だけでなく生物そのものが住むことすらままならない場所にしたからだ。
つまり、この閉鎖区全体が生物たちにとって生きられる環境ではなく、踏み入れる者すべての命を奪う〝地獄〟そのものだったのだ。この大地に適応する生物などこの世に存在するのだろうか。その答えは、死を覚悟する者だけが知ることになるだろう。
――ハァ……!
生物特有の吐息が小さく周囲に響く。呻き声とも鳴き声とも異なり、呼吸に近い。だが、その口元から垂れた透明な液体が地面に落ちると、地面に転がる小石が溶け始めた。
さらに足が離れた場所から生えていたと思われる小さな雑草もなぜか黒く変色しており、元からあったのかと疑わざるを得ない。
さらに黒い影が連続して廃墟の中を進み、行軍が出来上がっている。
シュナイダーとも異なるそれは、間違いなくこの世界そのものを滅ぼしかねない、人ならざる者であった。
朱色に近い夕日に照らされたレディアントの街中。
そこら辺にいる若者たちの姿は昼間よりも少なく、スーツを着た大人たちで溢れ返っていた。皆、自分が暮らす家に帰る真っ最中だ。
タイタンウォールの前に塞がる検問から離れたルーヴェは、街中の隙間に存在する細道に掛かる影に再び潜んでいる。もちろん、そこには監視カメラなど映らない。
ずっと街中を散策していた彼は現在、スマホである人物との連絡を取り合っていた。
「本当なのか? 〝軍〟が動くって話は……」
『確かな情報よ。これまで滞っていた鉱石の発掘も再開させたいのは間違いないわ。大まかに、この国を動かすためのエネルギーの補充も兼ねてと思うけど……』
「分かった、すぐ準備にかかる。引き続き、軍の監視を頼む」
『了解。あなたも気を付けて』
「……分かっている」
通話越しからの忠告を聞くとルーヴェは通話を切り、自分がいる細道のさらに奥へと進んでいった。そして、彼の姿は街中から見えなくなっていった。
一方、ガルヴァス皇宮。
皇宮の内部に位置するその一画にこの国の基盤であり、軍事国家の巣窟とも言える、格納庫が存在する。
その格納庫内に、緑色に彩られた鎧を纏った〝騎士〟がいくつも並び、所狭しにハンガーの内部に収まるように立ち尽くしていた。もちろん、その壁際がシュナイダーで埋め尽くされており、今の最大の軍事戦力がそれであることを示している。
そのディルオスの傍らには、軍服ではなく作業用の服装を着た若者たちが手を動かしており、鎧の手入れをするかのように面倒を見ているのがよく分かる。
軍事国家であることを象徴するがごとく、その異様さは今にも他国を侵略しそうな勢いにも見え、人が動かす力としてはあまりにも過ぎるものだ。
しかし、彼らには今これを必要としており、これまで、いや、これからのことにも関わるであろう、とある〝脅威〟に立ち向かわなけれなならないからだ。
タイタンウォールにもディルオスが配備されている様子からでも、シュナイダーに対する絶対とも言える信頼感、これでしか対処できない焦燥感が背中合わせにあるのだ。
それほど帝国が恐れるその脅威は、このレディアントの境、タイタンウォールの外側にある閉鎖区に存在するのだった。
皇宮の上階、選ばれた者しか立ち入ることのできない場所でもあるその一画、広い空間が目に付く執務室に椅子を掛けるルヴィスと、その配下であるケヴィルが対面し、格納庫で行われている様子をモニター越しにしっかりと目に焼き付いていた。
「この様子なら、明日には着手できると思います」
「そうだな。その明日なのだが……何事も起きなければいいが」
「はい」
準備が捗っている様子を口にしたケヴィルだったが、表情が険しいルヴィスの懸念を聞くと神妙な顔つきに変わった。これからのことを思案していたルヴィスは今対面しているケヴィルに向けて口を動かした。
「ところで、〝アレ〟の準備は?」
「今こちらに向かっているところです。明日には間もなくかと」
「急がせろ。ここで躓くわけにはいかん」
「ハッ」
「あと、ガルディーニたちにも明朝、シュナイダーで出動するように伝えておけ。それまでは栄気を養うことも含めてだ」
「分かりました。すぐに参ります」
指示を聞き入れたケヴィルはすぐさまこの場を立ち去ると、そのルヴィスは何やら思いつめた表情を維持したまま、じっとモニターに映る格納庫の様子を凝視し続けていた。
(……一応、あの二人にも伝えておくか……。借りを作っておくのは癪だが……)
念には念を入れて、外部から協力を要請しようとするルヴィス。慎重にも見える彼の心配は人として正しい。
ところが、ルヴィスにとって他者に頼るなど甚だしいものであった。そんなちっぽけなものでなく、皇族である彼にとっては手柄を取られたくないという独善的な理由が多分に含まれていた。
もっとも、彼が伝えようとする人物の一人がどうも苦手意識があり、思わず頭を抱えてしまうのだが、ルヴィスは致し方ないと割り切り、彼が主に使用する机の上に設置されているスイッチを押そうとすると、いきなりピピピッと機械音が鳴り始めた。
「!」
いきなりの
「どうした?」
『大変です! 十二時の方向から強大な反応が多数、タイタンウォールに向かってきます! 距離、五千、およびその数、三十!』
「――ッ! すぐに防衛体制に取れ! 近隣住民の避難勧告も怠るな!」
『イエッサー!』
「……こんな時に……!」
苦虫を噛み潰すように唇を噛み締めるルヴィス。
さらには肘をついて組んでいた両手も強く握りしめており、不満を募らせると、いきなり椅子から立ち上がる。その彼の表情は特に怖いものであり、近寄りがたいものである。しかし、何かの意を決した様子であり、そのまま執務室を後にするのだった。
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