視線と第六感(直感とパターン認識の狭間)


なんのことやら? と思われたかもしれないが、「背後からの視線に気がつく」という「第六感」は、人間の認知力の限界に基づく『思い込みと誤解』に源を発しているという話だ。


言い方を変えれば、見られていることに気がつく_前に_そもそも『自分が見られているかも知れない』と思う思考や状況が存在しているのである。


そして、自分が見られていることの確証を得ようとするのだが、「見られているかも?」と思ったら周囲を気にかけるので、周りの人間と目が合う確率が単純に高まる。


例えば、すれ違った相手になにかを感じて、あなたが振り向いたとする。


その時、相手もこちらを振り向いていて目が合ったり、あるいは慌てて顔を背けたりしたら、あなたは「やっぱり!」と思うだろう。

だが、そもそも、すれ違った時に相手の何かに特別に不穏なものを感じ取ったからこそ、あなたは振り向いたのだろうし、恐らく相手もあなたと同様な思いで振り向いたのであって、お互いに心の中で「やっぱり!」と思っていることだろう。


また、そういう思いに囚われた人間は、自分を見ている人間がいないかを確認しようとして周囲に視線を走らせたり、上述のように急に振り向くといった奇妙な行動を取るので、逆に他人の視線を一時的に集めてしまったりもする。


その場合は「振り向いたら、こちらを見ている人がいた」のではなく、「振り向くという挙動に反応された」という認識が正しい。

つまり、自分自身で視線を集める行動をしておきながら、そこはスルーして「やっぱり見られていた!」と納得し、「自分は視線に気がつける」という誤解をより強めるという訳である。


しかも本当のところ、あなたは「振り向いても何もなかった」ケースの方が圧倒的に多いであろうにも関わらず、そのことをきれいさっぱり忘れている。(異常が無ければ忘れるのは自然なことだ)


「いや、本当に自分は振り向かなくても視線を感じ取れるぞ!」という方も、残念ながら、単にそう思い込んでいるだけだ。

むしろ、驚くほど多くの人が『背後の視線を感じる力』の存在を肯定している事実は、これが、人類全体で共有されている『強い幻想』だと言うことを示していると考えても良いだろう。


「視線を感じる」という感覚に関しては、これまでに多くの心理学者などが散々実験して確認していることだが、これが現実である。

実験すると、その的中率はおおよそ50%前後に収斂しゅうれんしていく。つまり、コインの裏表で決める結果と変わりは無く、実は当てずっぽうと同じと言うことだ。


これは、きちんと環境を整えた実験を行えば、誰でも追試して確認できる。



なんであれ、心が『他者の存在を意識』していない場合に、視線を感じ取ることはない。


例えば「物陰から見られている」気がするのは、あなた自身が、そういう不穏な状況や立場であることを「自覚」していたから発生した印象だ。

誰かが隠れていられそうな遮蔽物が周囲に沢山あるから、そこに何かが潜んではいないかと神経質になる。

それは、動物が生き抜くための本能として至極当然のことだろう。


そして「印象深い出来事」だけを選択的に記憶に残す人間の性質によって、人はますます自意識過剰になっていく。


もちろん、相手の顔がすでに視野に入っている状態なら話は別である。被捕食者である動物は、周囲の物音や、捕食者の「目」の存在に対して非常に敏感なのだ。

眼球の向きに対しては異常なほど鋭く、例え相手がサングラスなどで目を隠していても、全体的な顔の向きや姿勢、微かな顔筋の動きなどから視線がどこを向いているかを察知する。


また、真偽のほどは知らないが、人間は相手の視線がどこを向いているかはっきり確認できなかったときには「自分を見ていたと見なす」という研究結果もあるようだ。

これも、野生動物として生き抜いてきた中で、その方が確率的に生存性の良い選択となったということなのだろう。


ただ、いずれも総合的なパターン認識力であって、摩訶不思議な「第六感」などではないし、「気配」を感じることも、「〜な予感がする」ことも、すべてはその人の『経験値』が生み出している無意識のパターン分析なのだろうと思う。


これまで、『人は背後からの視線に気がつける』と思っていた方には、ぜひ、その「気がつけるための人体の仕組み」を考えてみて欲しい。


非常にシンプルな現実なのだが、人間の背中側には、そういう情報を感受する感覚器官がなにも存在していないのであるから、そもそも『気がつくための手段が無い』のだ。


全身の皮膚で感じ取れる熱や圧力などはともかく、普通に背後からも得られる情報は音しかない。

ヘッドフォンで大音量の音楽を聴いている人が、得てして後ろから近づいてくる人や車に「まったく気がつかない」ということからも、「気配」と呼ばれる物が、実は音や振動からの情報に基づいていることが分かって貰えると思う。


あなたが感じた背後からの「視線」とは、実は「足音などのノイズ」から脳が生み出した幻想かもしれない。


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< 社会学や心理学に関して「友人と実験してみた」というようなSNSノリの「実験」は、多くの場合に様々な『認知バイアス』を排除できておらず、実験としての体をなしていないことが多い。

とは言え、ある意味では参加者を騙すことで成立させる二重盲検試験は、結果の公開後に実験者と被験者(含む観察者)の間に強いストレスを生むので、友人関係など既存の人間関係を元にした集団で実験を行うのは厳しいだろう。>


< 皮膚で感じ取ることが出来るほど高エネルギーの熱線びーむを眼球から出せる人が背後にいれば別であろうが・・・それはもうウルトラ怪獣なみの存在である。>


< ここで、「いや未知の感覚器官が」とか「電磁波が」とか「なんらかの〜」というのは、率直に言ってしまえば現時点ではすべて『オカルト』であり、実質は「霊的に!」とか「念波で!」などと言っているのと変わり無いと思う。>

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