電子書籍は紙の書籍を超えるか?


現在のところ電子書籍は、「物理空間の壁一面に並んだ背表紙を眺める」というような扱いが難しい。


貴重な空間を消費しないという意味では、電子書籍に勝る物は無いのだが、『蔵書を一望するのが難しい』というのも、なかなかに致命的な欠点だという気がする。


代わりに電子書籍では、あまり本棚に並べていたくはない種類の本でも気軽に買えるので、その点では助かるのだが、逆に現在のアプリではタブレットの書類棚に個別に鍵を掛けるというわけにもいかないので、そういう「あまり人に見られたくない本」が混じっていると、迂闊に人前で開くこともできなくなる。(個人の事情です)


もちろん、メディアの特性に合わせた使い方を編み出していけばいいだけだし、システム側も進化すると同時に、こちらの慣れや前提の変化も生じていくので、いずれはそんなことは問題で無くなるのだろう。


だが逆に言うと、それまでは電子書籍が完全に紙の書籍を凌駕したとは言うことはできないと考えている。


また少なくとも、電子書籍を販売しているデベロッパーというかコンテンツプロバイダーは、電子ブックリーダーの中に閉じた世界での「囲い込みモデルによるビジネス」からそろそろ脱却して欲しいと思う。


同じ著者の本なのに、違うベンダーで購入したから同じ書棚に並べられないなんて、冷静に考えると『本として』の位置づけがどうかしている。


デジタル社会における、ユーザー側の『権利の喪失』傾向については何度も書いているが、電子書籍もまた同じで、コンテンツそのものの購入ではなく、ユーザーIDに紐付けられた「読書権の購入」に過ぎない。


はっきり言ってしまえば、それは知的資産では無い。


譲渡も転売もできず、恐らく、あなたの子供や孫にその本を(二週間の貸し出しなどではなく)譲ってあげることは難しいだろう。

これも、電子書籍の大きな課題だ。

本来は汎用性と永続性があるコンテンツにも関わらず、それは一時的な利用権としてリリースされ、プロプライエタリーな特定アプリケーションの環境と「個人のID」に事実上固定されている。


しかも、ダウンロードコンテンツの常として、その購入内容はあなたのプロファイルにしっかりと記録されており、いつ、なにを買ったか、(場合によっては)どのページを読んだかまで送信されている。


少し考えてみて欲しい。

ついこの間まで、書籍は、それを記述した人の著作権とその隣接権(版権など)が守られていれば、物体としての書籍そのものは、あなたの物だったはずだ。


著者や出版社の思惑としては、貸し借りも譲渡もできないから人数分買うよね? なのかもしれないが、家族ですら気軽に共有できない現状の電子書籍の問題が長引くと、書籍販売数の増加では無く、むしろ逆に、人々が書籍へ向ける『興味や価値観を低下』させてしまうのではないかという予感がする。


またそれが、最終的には印刷物か電子媒体かに関わらず『書籍という商品形態』そのものの存在意義を希薄にしてしまうのでは無いかという危惧もあり、「定額読み放題」サービスなどは、もはや書籍がWebメディアの有料会員コンテンツ並の扱いになっているようにも思える。


しかも、以前のコラムで書いたように「電子ストレージに収められた情報の揮発性」は、電子書籍のような有償のデータであっても変わらない。


人類の知的資産の行く末を暗いものにしないためにも、この問題はみんなでもっと真剣に考えていく必要があると思う今日この頃である。


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< 念のために言うと、これは電子書籍という『メディアそのもの』が持つ問題では無く、デベロッパーの『ビジネスモデルの問題』である。>


< ただし、全冊を並べていたいという欲求のわかない本の扱いに関しては、すでに電子書籍が上回っていると思う。代表的な物は、シリーズで何巻もある漫画本だ。漫画の背表紙は情報としてほぼ同じなので、一冊分見えていれば十分である。私自身も、すでに漫画は電子書籍でしか買わない。>


< 漫画と活字本を、同じ『書籍』という枠組みで販売することにも、そろそろ無理が出てきているのではないかと感じる。漫画は、その制作に特殊な才能と多大な労力が必要であるのに、その消費(読了)は早く、映像コンテンツに近い消費のされ方をする。>


< 読者(読書権保有者)の意向に関係なく、著者の都合によって「出版後に書き換え可能」な電子書籍の特性は、他にも様々な変化を引き起こすだろうと思う。他にも検討すべきことが多方面にわたって存在するので、それも追々書いていきたいと思っている。>

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