宇宙へ出るための機械生命化


ブルース・スターリングのSF「工作者シリーズ」には、「ロブスター」と呼ばれる人体機械化派閥の人々が登場する。


彼らのボディは遠隔端末では無く、生体を機械的に改造した、義体的なサイボーグそのもの(古いSF小説に例えると「ジェイムスン教授」タイプ)だが、自分たちの体を宇宙空間に最適化させているので、真空中で平然と過ごすことができる。

だから、彼らの宇宙船には「気密空間の部屋」が無く、乗員たちは機械と骨組みしかない宇宙船の外側に好き勝手に(宇宙空間に剥き出しで)張り付いた状態で航行しているのだ。


ロブスター派やジェイムスン教授は、「生体脳」が生きているサイボーグの一種であり、宇宙の過酷な環境で生存するためや、生物個体としての不死性を獲得することを目的に『機械の体』をチョイスしている。


では、それ以前に完全に肉体を捨てて電子化を果たした「元人類」は、電子回路上での不死の人生に飽きた時に、さらに世界を拡張しようとするだろうか?


(以前のコラム「アンドロイド/サロゲートと仮想世界」を参照願いたい)


宇宙空間では通信距離によるタイムラグがあるので、地球上に精神回路を置きながらサロボット(サロゲートロボット)で宇宙探検を行うことは無理だが、大型の宇宙船そのものになりきるのは難しくないだろう。


一人の(元)人間が、巨大な『宇宙船そのもの』になって宇宙を航行する、というのは実にSF的ロマンがある。実際、(元)生体脳や人間の精神を移植した思考回路を搭載した宇宙船というのは、古今のSF作品で頻繁に登場するメカの代表だ。


だが、自分が宇宙船そのものになってしまった場合、その個体にとっての「外部環境」は広大な宇宙空間だ。

もちろん、宇宙空間にも電磁放射などの様々な刺激があるとは思うが、それにしても知覚できる対象があまりにも遠い。


また、変化のスパンがあまりにも長い。


普通に現在技術の延長で考えると、太陽系内の航行でさえ、月単位、年単位である。航行中は何ヶ月間も、人類の感覚で言えば代わり映えのしない景色を延々と眺めて加速し続けるだけだ。

「ワープエンジン」とか、「SFなエネルギーすごくふしぎ機関」とかで超光速航行が可能だったとしても、恒星間はあまりにも空虚である。


やるべきことは航法コンピュータの検算に、推進装置や通信装置などの制御、それに(対応が可能であったとして)宇宙塵との衝突の警戒ぐらいだろうか?

だがそれこそ、『機械に任せてしまえばいい』作業の代表のように思える。


いや、AIだって自我があるなら、想定される任務のあまりの退屈さに任官拒否するか辞表を出しかねない。

こういった制御と監視なら、ちょっと気の利いた条件判断と機械学習ができる装置があればそれで十分である。


となると、やはり宇宙船はあくまで電子回路を運搬するための「ヴィークルマシン」として制作し、その宇宙船の内部でサロボットを活動させるか、地球上にいる時と同じ仮想世界で過ごすか、一番ありそうなのは、5万年ほど寝て過ごすか、というところではないかと思える。

目的地近傍に着くまで自分の意識は沈ませて眠っていた方が、よほど精神的にも健康に過ごせそうだ。


ともあれ、サポートAIを搭載したところで、「ひとり宇宙船」では、孤独が生み出す知性の後退など、精神的な問題については解決できないように思えるし、かといって自己を複製して対話を行うのは精神崩壊に踏み込みかねない。


孤独を解消するために、他の個体(宇宙船)と船団を組むのであれば、もはやその船団が一つの「生態系」として宇宙の海を旅し続けていくような感じだろう。


これまたSFで良くある「移民船団」であるが、宇宙船=個体となって、何十隻、何百隻もの宇宙船(元人間)が群れをなして飛んでいくわけだ。

もし、他の知的生命体がその船団に出会ったら、「機械生命体」あるいは「知力を持つ機械」と捉えて、元々の人間の様子など想像もつかないに違いない。


では、そこまでして星の世界に出かけていく理由はなんだろうか?


きっと、仮想世界のバリエーションを体験し尽くして、なにをやっても過去に経験したものの焼き直し、どこかで見た世界観、似たようなストーリー、ディジャブに襲われる会話...そういったものに飽き飽きした時、精神に「新鮮さ」をもたらしてくれるのは、人類や、その派生による知性体とはまったく違う存在がもたらしてくれる『なにか』を探求することにしか無いのだろうと思う。


つまり、『人間の想像力を凌駕した存在』との出会いだけが、人間の限界を打破できるのかも知れない、などと考えてみたりするのである。


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< スタートレックにおける「ボーグ」も、機械生命体と呼べるかも知れない。ただ本格的に外宇宙に乗り出す理由は、領土拡張欲的な思想や物理的な移民先の確保よりも、『未知の刺激を求めて』だったりする方が、個人的にはしっくりくる。>


< 「異質な生命体」はSFの定番テーマである。古今東西の様々な作品に登場するが、中でも弐瓶勉氏のSF漫画『シドニアの騎士』に登場する「ガウナ」は、非常にインパクトがあった。是非いつか、ガウナの由来というか進化?の経緯や、その思考?形態を作品に描いて欲しいと思う。>

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