検索結果が生み出す「バイアス」
「愚者は自分の経験に学ぶと信じているが、私は他人の経験に学ぶのを好む」と言ったとされるのは、ドイツの鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクである。
ある時、それをビスマルクがいつ、どこで言ったのか、あるいは書いたのかを調べようと思って、ネットで軽く検索してみたが、正確には分からなかった。
それよりも驚いたのは、ネットで検索すると、当然のようにブログや掲示板のまとめなどが、わらわらと検索結果に出てくるわけだが、その中に、この言葉を引き合いに出した上で、「歴史より経験の方が大事だよね?」という主張をする人と、それに賛同する人が山ほどいたことだ。
検索結果のWebを見ていくと、どうやら「歴史に学ぶ」というキーワードには、多くの人が「勉強」もしくは「読書」という概念を紐付けているように見受けられる。(あわせて「座学」と言ってもいいかもしれない)
どうしてみんなそんなに「勉強は人生に必須ではない」ということに_したい_のかと、小一時間悩みそうになった。
個人として自分の経験値が大切であることは言うに及ばないが、それでイコール「座学は重視しなくて良い」と言ってしまうのは、保安器のヒューズが消し飛ぶレベルのショートカットだろう。
「人生は経験がすべて」とか「学びは実体験あるのみ」と言い切る人でも、言語を再発明したり、釣った魚(含むクサフグ)を片っ端から自分で
(単なる思い違いや事実の誤認かはともかく、人々が他者の積み上げた世界の上で過ごしていることに対して、どれほど無知・無関心かは、以前に書いたコラム「お箸とサービス(有料)」を参照頂きたい)
だがそこで同時に、私は『危うく自分が陥りかけた罠』に気がついた。
つまり、私がそう感じたこと自体も、自分自身の思慮不足によって
これは自分で作り上げたフィルターバブルでは無いが、あきらかに「面白半分にピックアップされた情報」を、まるで「大多数の意見」であるかのように受け止めさせてしまう、検索エンジン特有の「アクセスの多い物が上位に来る」仕組みに影響されたものだ。
検索エンジンでは、アクセス数と「ページランク」という巧妙な仕組みを元にして、『人々に好まれるサイト』が上位に来るようになっている。
基本的に検索エンジンは、知識の拡張_ではなく_経済活動の活性化を大きな目的としているから、これ自体は当然のアウトプットでもある。
だが、実際のところ「あえて先例を学ぶ必要はなく、自分の経験値でそれを凌駕できる」と本気で考えている人物は、ティーンエイジャーの、それも特に自己評価の高い人ぐらいのもので、社会全体の比率としてはごく少数だろうと思われる。
それに、十代後半での自己評価が突出して過大なのは至極当然のことなので、これ自体は憂慮するに及ばない。いちいち大人が偉そうに講釈を垂れなくても、学習と経験を積めば自然に理解が形成できるものだ。
乱暴に簡略化して言うと、アクセス率の高さで検索上位に来るサイトは、もしもそのテーマが年齢層によって好みの異なる物であれば、もっともネット利用率の高い世代の『好みにマッチする意見』が上位に、つまり「世論の代表」であるかのように表示される。
従って上述の場合は、ネットでのアクティビティと自己評価が他の世代よりも高く、同時に勉強をしたくない、あるいは勉強をしなくていい理由を掲げたいティーンエージャーの意見が上位に来ても不思議はないわけだ。
本当にそうかどうかは調査してみないと分からないが、少なくとも私自身が検索結果を見て「多くの人が〜」と捉えたこと自体は、『自覚のないバイアス』に陥ったからだろうと思っている。
当初、「歴史よりも経験が大事」と主張する人たちがバイアスに囚われていると憤慨していたら、実際には「自分自身も別のバイアスに囚われていた」、というちょっと間抜けな話であった。
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< ビスマルクの言葉は、一般的に「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」というニュアンスの格言として取り上げられていることが多いが、ビスマルク自身は自分を賢者と表現してはいなかったようである。ちなみに、Wikiquoteに記載されていたビスマルクの言葉は下記の通りだった。>
ー 愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む。
Nur ein Idiot glaubt, aus den eigenen Erfahrungen zu lernen. Ich ziehe es vor, aus den Erfahrungen anderer zu lernen, um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden. ー
ー 愚者は自分の経験に学ぶと言う、私はむしろ他人の経験に学ぶのを好む。Fools say they learn from experience; I prefer to learn from the experience of others. ー
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