品質要求は変化する 〜 デジカメと「写ルンです」
「写ルンです」と聞いても、若い世代の方々は、すでにピンとこなくなっているかもしれない。
これは、富士フイルムの商標で「レンズ付きフィルム」と称されていた商品だ。
平たく言えば、「使い捨て簡易カメラ」である。
その手軽さから大いにヒットしたのだが、フィルムの品質は良くても、所詮、小さなプラスチックレンズだけの代物で、カメラとしての機能は最低限だった。
正直なところ、出来上がってくる写真の画質もしれている。
というか、これでいつでも美しい写真が撮れるようなら、何万円もする高価なカメラの存在価値ってなんなの? という話になってしまうわけで、値段なりの画質であることは当然だ。(個人の感想です)
だが、この商品は大ヒットした。
当時はコンビニエンスストアにも行楽地の売店にも必ず売っていて、いつでもどこでも写真を撮る手段を安価に手に入れることができた。
写真を撮りたくなったら、その時に一番近くの店でレンズ付きフィルムを購入すればいい。
機械のセッティング作業は一切いらない。
なによりも、フィルム交換作業の失敗という致命的な(しかもありがちな)エラーを「やってしまう」不安が消失したのである。
これは、私のように迂闊な人間にとっては、無視できないメリットだ。
落とせば壊れる、高価な精密機械であるカメラの持ち歩きや保管に気を遣う必要も、事前にフィルムを何本持って行くかとコスト効果に悩む必要もない。
数歩離れたところにいる友人に「ちょっとカメラ貸して〜」と言われた時に、「写ルンです」なら放り投げてパスできるが、普通のカメラは間違ってもそんなことはできない。できる人は色々な意味でちょっと危ない。
つまり、レンズ付きフィルムは、人々の写真撮影に対する姿勢を変えたのだ。
一種のパラダイムシフトである。
画質にこだわらず、記録や記念になる画像が得られれば写真を撮る行為そのものはどうでもいい、という多くの人々の需要を満たし、デジカメ登場以前の日本において、スナップ写真のデファクトスタンダードと言える位置にまで上り詰めた。
さて、例によってここまでは、とても長い前書きである。
「デジカメ登場以前の」と書いたが、実質的にレンズ付きフィルムは多くの人にとって、デジカメとフィルムカメラの橋渡しになっていると思う。
恐らく誰一人として意図的に行動した結果ではないのだろうが、レンズ付きフィルムの普及は、自然と人々に写真に対する品質の要求を下げさせた。
一般の人々の記念や記録の需要(サービスサイズと呼ばれた写真印画紙よりも大きな紙焼きの需要はほとんど存在しない)にマッチする品質は十分に担保していたわけだし、本格的な写真機材の性能が必要な人を除けば、日常使用には十分な性能を持っていた。(そうでなければ、そもそも広まらない)
だが確実に、写真(の画質)に対する品質要求度は、この時点で確実に下がったのだ。それに、広角レンズや望遠レンズといった機能を使いこなす必要も、実際にはほとんどないということを常識にしてしまった。
すでに粗い画質に慣れた人々は品質よりも、レンズ付きフィルムの手軽さを取ったのである。(ちょっと大袈裟)
レンズ付きフィルムの普及後に登場した、初期のデジタルカメラの性能は、それはそれは酷い物だったが、折からの個人向けPC(カラー画面付き)の普及を背景に、その「即時性」は高く評価された。
すでに粗い画質に慣れていた人々は、そのこと(アウトプットの品質)よりも、デジタルカメラ独自の「結果をすぐに見れる」という即時性と、フィルム代・現像代・紙焼き代の3点セットが、とりあえずかからない、という「ランニングコストの低さ」に魅了された。
写真技術のデジタル化は必然であって、レンズ付きフィルムが存在しようとしまいと、その流れ自体はまったく変わらなかったと思うが、その普及を早めたという意味はあるのではないかと思っている。
(この見方には異論のある方も多いだろう。まあ、一つの思考例という感じで流して欲しい)
なんであれ、人々の『品質水準に対する要求』は、常識でも前提でもなく、利用モデルによってコロッと変わってしまうということだ。
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< 自身もカメラメーカーであると同時に、他のカメラメーカーの商品へフィルムを供給する立場にあった富士フイルムとしては、カメラの市場価値を破壊しかねない「使い捨てカメラ」を名乗るのは風当たりが強く、「レンズの付いたフイルム」という苦しい言い訳になったそうだ。>
< ちなみに「写ルンです」自体は、2018年現在も販売が継続されている。>
< ご存じの通り、次のパラダイムシフトは携帯電話のカメラだ。これについては、また別途書かせて頂きたい。>
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