所有権という概念の希薄化


このコラムの最初のトピックは、「データの所有権を消滅させようとする力」というタイトルだった。


いまやIT各社は、すべてを自分の思いのままにするために、ユーザーからあらゆる権利を取り上げようと頑張っている。


もちろん、それには対価が必要なわけで、各社一生懸命にサービスを使いやすくし、サブスクリプションモデルこそ正解であると宣伝し、ユーザーがストレス無く個人情報を供出できるようにと日々工夫しているわけで、ビジネス的には正しい戦術をとっていると言えるだろう。


もちろん、ユーザー側にも利益はあるので、その是非はここでは問わない。


そして、以前は「その動きがいずれはハードウェアにまで及ぶのでは無いか?」と書いたわけだが、では、その先にはどんな世界があるのか、ちょっと考えてみたい。



個人的な話だが、最近、スマホを買い換えるモチベーションがすっかり薄くなった。私の場合、ずっとiPhoneを使ってきていて、日本で最初のiPhone3G以来、すべてのモデルを、ほぼ発売と同時に入手して使ってきている。


ところが、ここ2〜3年ばかり、新モデルへの欲求が少しずつ薄くなってきており、今(2018年4月現在)も2016年に買ったiPhone7を使い続けている。

しかも、このiPhone7は、それまで使っていたiPhone6Sをトイレに水没させるという破滅的事態に直面し、緊急避難措置的に慌てて購入したものだ。

恐らく、この事故がなければ、今も変わらず6Sを利用している可能性は高い。


年齢を重ねるとともに新しいモノへの興味が薄れてきているのだ、という可能性はスルーして、それ以外の理由を冷静に考えてみると、いくつかのことに思い至った。


もちろん、一番大きな要素は『iPhone6以降のデザインが致命的にダサい』(個人の感想です)と言うことであり、5Sまでは確かに感じられていた、手に持っているときの物質的な満足感が吹き飛んだことだ。


それ以来、この状況は、6S、7、8、そしてX、に至る現在まで回復していない(個人の感想です)


それはともかく真剣に考えてみると、iPhoneのセットアップが簡単になってきていることと、それに歩調を合わせるようにカスタマイズが難しく、というか、無意味になってきていることに関連があるのでは? と思い至った。


新しいiPhoneが届いて、SIMを差し替えて起動する。

ほんのいくつかの設定を済ませると、後はデータもコンフィグレーションも、すべてクラウドから自動的にダウンロードして直前まで使っていた旧端末と同様の状態を再現してくれるのだ。


これを便利と言わずしてなんと言おう。


だが、良くも悪くも、そこには思い入れが希薄だ。

苦労して得た自分だけの宝物は見えなくなっている。


iTunesで一生懸命にカスタマイズしていた音楽アルバムのタグ付けやアルバムの画像データも、勝手にと言うか、無断でサクッと入れ替えられていたり、だんだんとカスタマイズすることが馬鹿馬鹿しくなっていった。


もちろん、それが『狙い』であることは理解しているし、そのビジネス判断を無能呼ばわりするつもりはさらさら無い。


しかし、この思い入れの希薄さは、だんだんとソフトウェアやデータだけでなく、『ハードウェアそのもの』さえも自分のモノでは無いような気持ちを引き起こしてきた。

そうなってくると、内外ともにカスタマイズをする気にもなれず、日常に用が足りていれば文句も無くなってくる。


すると面白いことに、自然と最新機種を所有したいという物欲もなくなってきたのだ。自動車で言えば、論理性よりも自分の好みに理屈をつけて選んでいた『趣味車』から、純粋に実用性だけを求める『下駄車』への転換である。

ちゃんと動けばいいのである。


これは、iPhoneというかスマホだけでなく、日常使用しているPC(私の場合はMac)についても同様だ。個人的には、2016年の秋から、ほぼ機材のアップデートが停まっている。


そこで、これが自分だけの思い込みなのかを疑問に思って、軽く聞いて回ってみた。すると(私の周辺にいる愉快な人たちに限っての話ではあるが)、程度の差こそあれ、多くの人物[要出典]が


『最近は新機種に魅力を感じない/欲しくなれない』

『新型に買い換えることにあまり意味を感じなくなった』

『アルバムを買うよりもSpotifyで十分と思うようになった』

『そう言えば、新しいアプリを入れようと思わなくなりました』


といったコメントを挙げてきたのだ。(自分調べ)


これはもちろん、テクノロジーの進歩の結果であるのだが、同時に、『IT企業のビジネス戦略が順当に推移し過ぎてしまった』のではないか、とも思うようになった訳だ。


実際のところ、はっきりとした根拠は無いのだが、そういった状況証拠や自分の気持ちの変化などから鑑みて、ついに『物欲の消失』がトレンド化してきたと思うようになっている。


ユーザーのマインドとして、『所有権の喪失』がそのまま『物欲の消失』に繋がっていくのは、至極当然のことに思える今日この頃だ。


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< U2のニューアルバムを全ユーザーのプレイリストに強制的に押し込んだ件については、アップルの経営陣を無能呼ばわりしても罰が当たらないだろうと思う。あれはまさしく『プレイリストを所有しているのはあなたたちでは無い』と宣言したに等しい行いだった。>


< IT企業各社が、自社のシェアを伸ばすために行った『ビジネス戦略が順当に推移し過ぎた』結果という、『合成の誤謬』の作用については、また別の項として書いてみたい。>

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