第三章③

 車の窓から見えるのは、こちらの視線を遮るような、白く高い囲い。その囲いの向こうには、歴史を感じさせる木造の平屋と、そこから少し離れた場所に倉が建っている。いかにも名家といったその家を見ながら、俺は大きなあくびをした。

 今日も今日とて、俺と鈴木さんは姉貴に連れられ、殺人事件の現場へとやって来ていた。既に姉貴は車を降り、現場検証と事情聴取に向かっている。俺と鈴木さんは毎度のことながら、車の中で待機中だ。

「サトル、そっちのお菓子取ってくれ」

「あいよ」

 俺は鈴木さんに言われた通り、チョコでコーティングされた焼き菓子を手渡した。

 土日になると姉貴に連れ回されているせいか、車内で俺と二人っきりになると、鈴木さんは極度に怯えるようなことはなくなっていた。心境として、金網の付いたバス越しにライオンと戯れるアトラクションに近いものだと、割り切っているのだろう。

 まぁ、それでも姉貴が車内に戻ってくると、また俺にくっついて来るのだが。いい加減、姉貴には慣れてもらいたい。

 鈴木さんはマスクをずらし、お菓子をポリポリとリスのように食べている。そんな彼女から視線を外し、俺はまた窓の外を眺めた。

 すると、平屋の玄関から、ちょうど姉貴が出てくるところだった。その後ろに、何人かの人影が見える。その中には、車椅子を押している人の姿もあった。

 恐らく、この家の人たちだろう。わざわざ見送りに玄関まで出てきたのだ。

 その様子を見ていると、右腕を鈴木さんにつかまれる。こうされるのも最近は慣れてきたのだが、こういう不意打ちは、俺の心臓に良くない。

「サ、サトル」

 俺と同じく窓の外を見ていた鈴木さんが、震える声で俺の名前を呼んだ。彼女の顔は、今までにないほど青ざめていた。

「鈴木さん? 大丈夫」

「な、んで……?」

 俺の声が聞こえていないのか、鈴木さんは隠れるように俺の胸へと自分の顔を押し付けた。

「何で、二人もいるんだよ」

「え?」

「二人も、顔が見えねぇんだよっ!」

 震える鈴木さんを優しく抱きしめながら、俺は再度窓の外に視線を移す。

 だが、そこには既に見送りに来ていた人たちの姿はなく、代わりに姉貴と話している、知らない男の姿があった。

 最初は穏やかに話していた二人だが、徐々に姉貴が苛立ちはじめた。最終的に姉貴が男の話を遮るようにして、車に戻ってくる。男が姉貴を呼び止めるような仕草をするも、それを姉貴は無視。男は苦笑いを浮かべつつ、自分の頭をかいた。

 次の瞬間、一連の流れを見ていた俺と、男の視線が交わった。

 直後、全身に鳥肌が立つような悪寒が、俺を襲う。俺の直感が告げていた。

 あいつとは、絶対に関わらない方がいい。

「あぁ、もう! 最悪っ!」

 声を荒げながら、姉貴が車に戻ってきた。姉貴が不機嫌な理由は、確実にあの男のせいだろう。

「ねぇ、姉貴。さっき話してた、あの男の――」

「さっちゃん。悪いけど、その話はやめて」

 姉貴の視線が、バックミラー越しに俺を射抜いた。

「くだらない話よ。全く、本当にくだらない話をされたの。だからちょっと気が立っちゃってるだけ。だから、さっちゃんが心配することないわ」

 有無を言わせない口調で、姉貴はそう言った。

 心配ない。その言葉をそのまま信じたわけではないが、俺はこの件についてそれ以上何も言えなかった。

 何せこの後、俺に抱きついていた鈴木さんを見て激怒した姉貴を、全力でなだめなければならなかったから。

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