第二章⑦
「聞いたっすよ武田さん! 例の事件、やっぱり解決したみたいじゃないっすか!」
保健室にやって来るなり、飯田さんは開口一番にそう言った。
飯田さんの突然の登場にビビる鈴木さんをなだめながら、俺は飯田さんに視線を送った。
「解決したのは俺じゃなくて、姉貴だよ」
実際、その通りだった。
俺がしたのは、共犯者が存在する可能性を指摘しただけだ。
鈴木さんが顔を認識できなかった人は、内堀さんだった。そして共犯者は、内堀さんと一緒にいたという町田さん。
町田さんは、内堀さんからSNSのアカウントのパスワードを教えてもらい、それを使ってチェックインを実行。内堀さんが町田さんの家にいると見せかけたのだ。SNSにアップした写真は、過去に撮ったファイルの作成日付を加工していたらしい。
内堀さんが若杉さんを殺害している間、町田さんがアリバイ工作を行っていた、というのが事件の全容だ。
殺害の動機は、若杉さんの浮気。
若杉さんは横山さん以外にも、内堀さん、町田さんと関係を持っていた。二人とも、若杉さんはすぐに横山さんと別れ、自分と付き合ってもらえると信じていたらしい。
ところが事件当日、若杉さんから本命が横山さんで、二人はただの浮気相手であることを伝えられた。
逆上した二人は若杉さんの殺害を決意。犯行に及んだらしい。
俺は、頭を抱えて問題集を見つめる鈴木さんに、視線を送った。
鈴木さんが顔を認識できなくなるのは、殺人と同じぐらいの秘密を抱えている人、ではない。
そこを勘違いしていたため、俺は若杉さん殺害に関わったのは内堀さん一人だと考え、共犯者の存在を除外していた。
鈴木さんが顔を認識できなくなる条件。
それは犯行に関わった犯人全てではなく、人を自分の手で殺した実行犯。その人のみ、鈴木さんは顔が見えなくなるのだ。
全く、少し考えればわかることなのに、俺はどうかしていた。鈴木さんは、ちゃんと俺の顔を認識できているというのに。
俺は苦笑いを浮かべ、飯田さんの方に振り向いた。
「そういえば、飯田さん。一体何処で事件のことを聞いたの? 事件が解決したのも知ってるみたいだったし、俺みたいに警察関係者が身内にいるのかい?」
「警察の関係者? いるわけないっすよ。いたらオレ、『美仁衣』に入ることなんて出来ないっす」
「それもそうか。それじゃあ、何処で聞いたんだ?」
「この人っす!」
そう言って、飯田さんは一枚の名刺を俺に差し出した。
それを受け取り、俺は名刺の内容を読み上げる。
「フリージャーナリスト、合田 一道(ごうだ いちどう)」
「何でも、武田さんのことを取材しているみたいっすよ?」
「俺の?」
合田一道。知らない名前だ。会ったこともなければ、話したこともない。
俺を取材しているのなら、何故直接俺に話を聞きに来ないのだろう?
「海旭高校に現れた新星、名探偵武田に興味があるんじゃないっすか?」
「字面が地味な名探偵だな」
苦笑いをしながら、俺は釈然としない気持ちになった。
高橋先生の事件に俺が関わっていたのは、学校で噂ぐらいにはなっているかもしれない。合田さんの耳に入ることもあるだろう。
だが若杉さんの事件に俺が関わっているのは、一体何処で知ったんだ? 俺ですら姉貴に連れ出されるまで、この事件に関わることになるとは思っていなかったのに。
……どうにも、嫌な予感がするな。
まるで見えない視線で、全身を舐め回されているような、そんな不快感。
飯田さんに名刺を返しながら、俺はそんな不安を拭えなかった。
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