第二章⑥
鈴木さんは難しい顔をしながら、数学の問題集に取り組んでいる。
そんな彼女を見ながら、俺はまだ事件のことを考えていた。
……どういうことだ? 高橋先生の事件では、先生が犯行を行った後、鈴木さんは先生の顔が見えなくなった。鈴木さんが顔を認識できなくなった人が犯人、という俺の考えが、そもそも間違っているのだろうか?
だとすると、何か秘密を抱えている人は、顔が見えなくなる?
いや、誰でも大なり小なり、人に言えない秘密の一つぐらいあるものだ。
秘密がある人の顔が見えないのなら、鈴木さんは周りの人全ての顔が見えなくなっていないとおかしい。
なら、人を殺したのと同じぐらいの秘密を抱えていれば、鈴木さんには顔が見えなくなるのだろうか?
俺は思考をまとめるために、今わかっている情報を書き出してみることにした。カバンの中から、ルーズリーフを一枚取り出す。まずは、被害者の情報からまとめよう。
被害者:若杉 千香子(わかすぎ ちかこ)。大学二年生。
大学入学を期に、殺害されたマンションで一人暮らしをしていた。
殺害された当日の行動:所属していたテニスサークルの飲み会に参加。二次会にも最後まで出席。
そこまで書いて、俺は二次会終了時点で若杉さんが生きていたことを示すために、『二次会』の部分を赤ペンで囲った。この二次会は、仲の良いメンバーで集まることが多いらしい。
ではその二次会に参加していたメンバーだが、それはマンションで事情聴取を行った次の五人。マンションでの事情聴取後、裏を取るために他の大学関係者に姉貴が調べた情報も合わせて追記しておこう。
二次会の参加者①:横山 剛(よこやま つよし)。大学三年生。
若杉さんの彼氏で、死亡していた若杉さんの第一発見者。
大学に来ず、メールも電話も出ない彼女を心配し、若杉さんの家を訪ねた際、若杉さんの死体を発見。その時、若杉さんの部屋の鍵は開いていた。
二次会の参加者②:内堀 彦介(うちほり ひこすけ)。大学三年生。
テニスサークルのメンバーからは、若杉さんに気があったのでは? との証言あり。
二次会の参加者③:町田 武治(まちだ たけはる)。大学一年生。
テニスサークルのメンバーからは、若杉さんに気があったのでは? との証言あり。
二次会の参加者④:八潮 悠子(やしお ゆうこ)。大学二年生。
横山さんの元カノ。テニスサークルのメンバーからは、まだ横山さんに気があったのでは? との証言あり。
二次会の参加者⑤:井口 玲子(いぐち れいこ)。大学二年生。
テニスサークルのメンバーからは、町田さんに気があったのでは? との証言あり。
後は特筆すべき点としては、二次会終了後電車に乗るため、上り方面と下り方面のグループに別れている。
また電車に乗った後、先に電車を降りた順に、俺は名前を羅列することにした。
上り方面の場合、八潮さんよりも先に横山さんが電車から降りている。下り方面の場合、町田さんよりも先に若杉さん、内堀さんが下車している。といった具合だ。
上り方面:横山さん、八潮さん
下り方面:若杉さん、内堀さん、町田さん、井口さん
俺は電車から下車するまで若杉さんが生きていたことを示すために、下り方面の『若槻さん』の部分を赤ペンで囲った。
次は、アリバイだ。
若杉さんが殺害された時刻に、八潮さんと井口さんは自宅に帰宅済みで、ご家族もそれを確認している。そのため、この二人には犯行は不可能だ。
俺は八潮さんと井口さんの名前の上に、赤ペンで×と書いた。
次に町田さんだが、犯行時刻は井口さんとメールのやり取りを行っていた。これだけではアリバイとして弱いが、町田さんは電車を降りた後内堀さんと合流し、犯行時刻は町田さんの家で二人で飲んでいたらしい。
その様子を写真に撮り、内堀さんと町田さんは自分がアカウントを持っているSNSにその写真をアップし、二人してチェックインまでしていた。
チェックインとは自分の位置情報を記録するもので、自分がそこにいることを示すものだ。つまり、内堀さんと町田さんは、犯行時刻に町田さんの家にいた。アリバイがある。二人の名前の上にも、俺は赤ペンで×と書いた。
アリバイがないのは、若杉さんの彼氏である横山さんのみ。
……でも、顔が見えなかった人は、アリバイがある。
俺は鈴木さんが顔を見ることが出来なかった人の名前を、赤ペンで囲んだ。その上に自分で書いた×を見て、俺は顔をしかめた。
「なぁ、サトル」
「痛っ!」
頭を悩ませていると、鈴木さんがシャーペンの先、芯が出ている方で俺をつついてくる。
「せめて反対側でつつけよ!」
「悪かったよ。それで、この問題なんだけど、全然わかんねーんだわ」
そう言われて、俺は鈴木さんの持つ問題集を覗きこむ。
「……これ、さっき教えたやつじゃん」
「え? そうだっけ?」
鈴木さんは眉を寄せ、頭をかいた。
「あー、全然わっかんねー。サトル、代わりにやってくれよ」
「何言ってんだよ。俺が代わりに解いても、鈴木さんが解けるようにならないと、意味ないだろ」
「えー、ケチ―」
「何がどうケチなんだよ」
「……今朝もアタイのトマト、代わりに食べてくれなかったじゃん」
「幼稚園児みたいなこと言うな」
「そうだ! テストもサトルが受けてくれればいいじゃん。アタイの代わりにさっ!」
さも良いことを思いついたとばかりに浮かれる鈴木さんを見て、俺は頭を抱えた。
最近は舎弟がどうとか言われなくなり安心していたのだが、次から次へと問題が出てくる。
「バカ言え。そんなこと出来るわけ――」
その時、俺の脳裏にある可能性が思い浮かんだ。
いや、待て。それだとおかしい。この考えだと、あの人の顔も見えなくなっていないと、おかしいんじゃないか?
でも、ひょっとしたら……。
「……サトル?」
途中で話すのをやめた俺を、鈴木さんが訝しげに見つめていた。
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