第二章⑤
窓から見える景色が、流れるように切り替わっていく。俺は今、姉貴の車に乗せられていた。
後部座席に座りながら、俺は姉貴に問いかける。
「なぁ、姉貴」
「何? さっちゃん」
「せっかくの休日だっていうのに、何で俺まで姉貴の仕事に付き合わないといけないんだ?」
俺がそう言った途端、バックミラー越しに姉貴の目が釣り上がったのが見えた。
「何言ってるの! そうしないと私がいない間、さっちゃんはクソガキと家で二人っきりになるんだよっ!」
「それの何が問題なんだよ……」
「ナニが問題なの!」
この人、本当に警察なのか?
俺が呆れてものも言えないでいると、ミラーに写った姉貴の視線が、もう一人の搭乗者に向けられる。
「でも、クソガキまでついてくるとは思わなかったわ」
姉貴の声につられるように、俺は右腕に抱きついている鈴木さんに視線を向けた。
俺の視線に気づいた鈴木さんは、マスクの下で口をモゴモゴさせる。
「しょ、しょうがねぇだろ! バケモノがいつ現れるかわかんねぇのに、一人で留守番なんて出来るかよっ!」
鈴木さんの拗ねたようなその物言いに、姉貴は仕方がないか、と言った表情になる。
「まぁいいわ。これから行く場所のことを考えれば、車の中で変なことをしようとは思わないでしょうし」
姉貴の言葉を聞いて、俺は思わずため息を付いた。
これから行くその場所のことを考えると、先が思いやられる。この車は今、殺人現場に向かっているのだ。
それから三十分程経った頃、車のスピードが徐々に遅くなり、車は完全に停止した。
停まったのは、ある四階建てのマンション。このマンションのどこかで、人が死んだのだ。
「それじゃあ、私は事情聴取をしてくるから。さっちゃんたちは車の中で待ってなさい」
姉貴はそう言って、颯爽と車の外へと出て行った。
俺としても殺人現場まで付いて行く気がなかったので、姉貴の言葉に大人しく従うことにした。
……付いて行けば、鈴木さんが大変なことになるのも、目に見えてるしな。
暇つぶしのために、俺は窓の外を眺めることにした。
姉貴が先に到着していた人たちと合流し、マンションの階段を登っていく。
しばらくすると、三階に姉貴の姿が現れた。姉貴が向かったのは、俺から見て、右から二番目の部屋の前。そこに、何人かの男女が佇んでいる。
彼らが姉貴の言っていた、事情聴取をする対象なのだろう。
「おい、サトル。お前、何見てるんだよ? 何か面白いものでもあるのか?」
俺の見ているものを自分も見ようと、鈴木さんが更に俺に体を密着させる。体に触れ合う密度が増える度甘い香りも強くなり、俺の心臓が脈打つ速度も早くなる。
俺は鈴木さんにもわかるように、三階の一室を指さした。
「ほら、あそこ。姉貴がいるんだけど、わかる?」
「んー、バケモノがたくさん集まってる場所なら、わかる」
そう言って、鈴木さんは目を細め、震える手で俺の手を握った。
「でもサトル。また、変な奴が混じってる」
「え? それって、顔が見えない人のこと?」
「うん。ほら、あいつだ」
鈴木さんが指を刺した人を見ながら、俺の頭にある考えが過った。
高橋先生と同じく、鈴木さんが顔が見えない人。
その人は、殺人現場で事情聴取を受けている。
……まさか、あの人が犯人なのか?
俺の思考がまとまる前に、姉貴が車に戻ってきた。俺は少しでも情報を得ようと、姉貴に話しかけた。
「どうだった?」
「何? さっちゃん、学校での事件を解決したから、推理とかに目覚めちゃったの?」
「そんなんじゃないよ。ただ、ここまで連れて来られたんだから、事件の内容に興味を持っただけさ。それで、事情聴取をした人の中に怪しい人はいたの?」
「そうねぇ。犯行時刻にアリバイのない人はいたけど――」
俺は姉貴の話を聞きながら、動揺を押し殺すように腕を組んだ。
普通に考えて、アリバイのない人が怪しいに決まっている。
しかし鈴木さんが言った顔が見えなかった人には、アリバイがあったのだ。
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