第二章③
「行ってきます」
姉貴は既に出社済み。誰もいない家に向かって声をかけ、俺は扉に鍵をかけた。
「サトルサトル! 早く早くっ!」
「わかったよ」
玄関の前で、誰か通りすぎないかと戦々恐々している鈴木さんの元に、俺は駆け寄った。近づくと、俺の右腕はすぐに鈴木さんの両腕に捕捉される。鈴木さんが家にきてから、これが俺たちの登校スタイルになっていた。
家から学校までは、徒歩で十五分程かかる。足を学校へと向けながら、俺は鈴木さんに問いかけた。
「もうすぐ夏なのに、まだマスクしてるんだ。熱くないの?」
「いいんだよ。アタイ、顔見られるの、嫌いなんだ」
「どうして?」
「……嫌いなんだよ。自分の顔」
そう言って、鈴木さんは不貞腐れたように、俺の腕に額を擦りつけた。
「それに、なんつーか、『美仁衣』の時からずっと続けてるから、止め時がわからないっつーか」
「でも飯田さんもマスクしてなかったし、『美仁衣』のメンバー全員がマスクの着用必須ってわけじゃなかったんだろ?」
「それは、そうだな……」
そう言って、鈴木さんは首を傾げた。
「多分、鈴木さんがマスクをし始めたのは、まだ網膜剥離を発症する前のことだったんじゃないかな?」
「……どういうことだ?」
「醜形恐怖症だよ。マスクをし始めた時に、きっとそれが発症したんだ。だから、隠さなくてもいいのに、自分の顔が醜いと思ってマスクで見えないようにした」
俺がそう言うと、鈴木さんは不思議そうな顔をして、俺を見上げた。
「サトルは、スゲェな」
「何が?」
「だって、アタイの知らないアタイを、サトルは見つけてくれるじゃねぇか」
そう言って、鈴木さんは笑った。マスクの下に隠れてわからないが、その下には屈託のない笑顔が、きっと浮かんでいるはずだ。
「サトル。それで、アタイに顔が見えない件については、まだお前んちのバケモノに言わなくてもいいのか?」
「頼むから、いい加減姉貴のことは名前で呼んでくれ。それだけで、俺のストレスが激減する」
俺は肩をすくめながら、鈴木さんが言った件について、思いを巡らせる。
鈴木さんの、相手の顔が見えなくなる件は、まだ誰にも教えていなかった。言うにしても、何て言えばいい?
この子、事件の犯人の顔が見えなくなるんですよ。犯人が犯行を犯す前は、バケモノの顔に見えるんです。とでも言えば、信じてもらえるだろうか?
もし俺が、醜形恐怖症のことを知らずにその話を聞いたら、醜形恐怖症を発症しているのが鈴木さんでなければ、絶対に信じない。
「でも、アタイに顔が見えなくなる条件も、よくわかんねぇよなぁ」
「そうだね」
鈴木さんのつぶやきに、俺は頷きながら同意した。
鈴木さんと同居してから一週間。その間、俺と鈴木さんは、顔が見えなくなる人の条件が何なのか、色々と試していた。
まず前提として、鈴木さんには俺以外の人の顔がバケモノに見える。バケモノの種類は千差万別で、同じ人でも日によって別のバケモノに見えるらしい。
そこで俺は、鈴木さんに写真と映像を見てもらうことにした。雑誌のグラビアアイドルの顔だったり、ニュースキャスターの顔を見てもらったのだ。
結果は変わらず、バケモノにしか見えなかった。ネットにアップされている犯罪者の写真や動画についても、同じ結果になった。
だから今のところ、鈴木さんが直接見ない限り、その人の顔がバケモノなのか、それとも顔が見えないのか判断することが出来ない、という結論になっている。
ちなみに顔が見えない人の『見えない顔』は、お化けののっぺらぼうのようでもあり、顔全体をモザイクで隠されているようにも見えるらしい。
「これ以上の条件の絞り込みは、試行錯誤が必要だな」
顔が見えない人を見つけるためには、事件の犯人を鈴木さんが見る必要がある。
つまり、俺たちが事件に巻き込まれなければならない。
「だからって、アタイは図書館の時みたいに、事件に巻き込まれるのは御免だぞ!」
「それは俺も一緒なんだけどねぇ」
運がいいのか悪いのか、俺たちには事件に巻き込まれず、犯人の顔を見れるかもしれない機会が用意されており。
既に一人、顔が見えない人物に心当たりがあった。
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