第二章②

 ……久々に見たな、あの夢。

 寝ぐせの出来た髪を撫でながら、俺は部屋のカーテンを開ける。差し込む朝日が、嫌な気分を洗い流してくれるような気がした。

 ……気分を入れ替えるために、部屋の空気を入れ替えよう。

 窓の鍵を開けようとした所で、

『サトルサトル! 早く降りてきてくれっ! バケモノ、バケモノがっ!』

『朝からうるさいわよっ! 近所迷惑でしょ!』

『サ、サトルぅ!』

 俺はため息を付き、窓の鍵から手を放した。

「今から行くから、ちょっと待っててっ!」

 部屋を出て、俺は階段を降りて一階に向かう。

 台所には、朝食を作っている姉貴。ソファーの後ろに隠れている鈴木さんがいた。

「……鈴木さんも、家にきて一週間経つんだから、姉貴には流石に慣れてよ」

「無茶言うなよっ!」

「ほら! 出来たから早く食べなさいっ!」

 涙目になっている鈴木さんをひと睨みし、姉貴はテーブルの上に朝食を並べていく。

 今日の朝食は、トーストにベーコンと一緒に炒められた目玉焼き。それに野菜のサラダだった。

 俺がテーブルにつくと、俺の向かいにエプロンを脱いだ姉貴、右隣に鈴木さんが座る。

 俺はマーガリンをトーストに塗りながら、姉貴に尋ねた。

「それで、今日は何があったの?」

「聞いてよさっちゃん! このクソガキ、トマトが食べられないとか抜かすのよっ!」

「だ、だってよぉ!」

 トーストを口に含むと、サクサクとした食感が歯に伝わる。続いて舌の上に、マーガリンの濃厚な味が広がった。

「トマトって、なんかグチャってしてるし、緑のぐにょぐにょがキモチわりぃんだよぉ」

「擬音語ばっかりだね、鈴木さん」

「嫌なら自分で朝食作りなさいって、いつも言ってるでしょっ!」

 鈴木さんが唸りながら、サラダを親の敵のように見つめている。

 そんなに睨んでも、レタスに玉ねぎのスライス、人参の千切りに、くし形に切られたトマトで彩られたサラダの構成は変わることはない。

「サ、サトル、代わりに食べてくれよぉ」

「ダメです! ちゃんと食べなさいっ!」

 姉貴に叱られ、退路がなくなるとわかると、鈴木さんはヤケ気味にサラダにマヨネーズをぶっかけはじめた。

 それを見ながら、俺は目玉焼きに塩胡椒を振り、ベーコンと共に口に運ぶ。カリカリに焼かれたベーコンと、焦げ目が程よく付き、しっかり焼かれた黄身がうまい。

 風味を味わい、咀嚼しながら、俺は二人の言い合いを見て、思ったことをつぶやいた。

「二人とも、随分仲良くなったね」

「「何処がっ!」」

 ハモった二人は互いに顔を見合わせ、姉貴は不機嫌そうに、鈴木さんは涙目になる。

 相変わらず鈴木さんは姉貴に対して怯えているが、これでもかなりマシになったのだ。

 鈴木さんが来た初日なんて、姉貴はそもそも鈴木さんと一緒に住むことに全力で否定的だったし、大荒れだった。姉貴が鈴木さんに貸した、パジャマですら一悶着あったのだ。

 鈴木さん曰く、胸元がキツイ、と。姉貴がブチギレたのは、言うまでもない。

「……何考えているの? さっちゃん」

「姉貴はそろそろ出る時間じゃないかな? と思っただけだよ」

 眼光が鋭くなった姉貴に内心肝を冷やしながら、俺はトーストにかじりついた。

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