第一章⑨
高橋先生の加藤さん殺害の動機は、痴情のもつれだった。
『美仁衣』解散後、高橋先生に面倒を見てもらっている内に、加藤さんは先生に惹かれ、先生もまた加藤さんに惹かれていったらしい。
だが、高橋先生は既婚者だった。つまり、あの二人は不倫関係にあったのだ。その証拠は、高橋先生と加藤さんのスマホに残っていた。
高橋先生の言い分では、それでも二人は幸せだったらしい。加藤さんのお腹の中に、二人の子供が宿るまでは。
加藤さんは子供を生むことを強く望んだ。だが妻子ある高橋先生は、それに反対した。
そして事件のあった当日、鈴木さんが復帰するその日に犯行を結構しようと決めたらしい。理由は、鈴木さんの指紋が付いた金属バットを管理していたから。
これを凶器にすれば、鈴木さんに罪を擦り付けられると考えていたようだ。
……いい先生だと思っていたけど、一皮向けば中身はバケモノだったな。母親と子供、二つの命を簡単に殺すなんて。
巻き込まれた事件の総括を心のなかでそう締めくくり、俺はテレビの電源を切った。
事情聴取から開放され、俺は今自宅にいる。姉貴は後処理があるらしく、まだ帰ってきていない。
二階建ての家は一階がリビングや台所、風呂場になっており、二階が俺たちの部屋になっている。二人暮らしには広すぎるぐらいで、もう一、二人ほど住人が増えても、問題なく生活出来そうだ。実際、二階の部屋は一室余っている。
俺はリビングのソファーに身を預けながら、学校を出る前に竹内先生と話したことを思い出していた。
『それで、決めてくれたかな? 彼女との学校生活の件』
『……正直、まだです。あ、そうだ。聞きそびれていたんですが、鈴木さんにはその件、了承を得ているんですか? 俺だけの問題じゃないでしょ?』
『いいや、君だけの問題だよ。武田くん』
『は?』
『君は、突然現れたバケモノの話を、ちゃんと聞こうと思うのかい?』
『……』
『今までは、彼女の周りにはバケモノしかいなかった。だから反発することで、自分の身を守ろうとした。でも、今は違う』
『……俺がいる、ってことですか?』
『そうだ。だから君がいれば怖いもの(バケモノ)に対しても普通に怯えれるし、君に対しては普段の彼女の姿で接することが出来る。彼女の世界には、今君だけしかいないんだよ。だから、君の判断次第なんだ。彼女を、世界で独りぼっちにするのか、しないのか』
『……それって、もう、脅迫じゃないですか』
『どうしてだい? 面倒だって思うのなら、別に断ったっていいんだ。元々君には、そんなことをする義務はないんだからね。それでもそれを脅迫と、負い目を感じているのであれば、是非彼女のそばにいてもらいたい。世界で独りぼっちになったことがある、武田覚くんにはね』
……今でも独りぼっちだっつーの。
竹内先生との会話を思い出していると、そんな愚痴が心のなかで漏れた。
ただ、鈴木さんと一緒に学校生活を送ることに、そこまで否定的じゃない自分がいるのも事実だった。
しばらく一緒に行動を共にして、様子を見るか。問題があれば、竹内先生先生を頼ろう。
そう思っていると、家の外からバイクの音が聞こえてきた。その音が、家の前で止まる。
『だから、そんなこと言われても困りますっ!』
……姉貴の声、だよな?
玄関から聞こえてくる声につられ、俺は鍵を開け、扉を開いた。
「姉貴、大丈夫? 強引な新聞勧誘とか?」
「さっちゃん開けちゃダメっ!」
扉を開けると、姉貴の絶叫とよくわからない物体が、俺に覆いかぶさってくる。
「ムー! ムー!」
「な、何だ? って、鈴木さんっ!」
俺の上にかぶさってきたのは、簀巻きに猿轡をされた鈴木さんだった。
事情聴取のため警察署で一旦別れたはずなのに、どうなってるんだ?
「あんたかい? うちの娘をたらしこんだっていうのは」
顔を上げると、そこにはライダースーツを着込んだ女性が仁王立ちしていた。
夜風に揺れる髪を鬱陶しく巻き上げると、彼女は鈴木さんを指差した。
「そいつ、あんたがいないと生きていけないみたいだら、面倒見てやってくれない?」
「それが母親の言うことですかっ!」
「母親っ!」
姉貴がライダースーツの女性に怒鳴りつけ、俺は会話の内容に驚愕する。
そういえば、鈴木さんをうちの娘って言ってたな。とすると、この人が鈴木さんのお母さん?
「母親だからだろ? 百合子も、もう十九歳なんだ。自分で道決めて、自分で生きろ。うちの教育方針なんだよ」
「だからって、病院から無理やり退院させて学校に入れることないじゃないですか!」
「あそこにいたって病院に迷惑かけるだけで、百合子が世界を受け入れない限り建設的な治療なんて出来やしないよ。それに股を痛めて産んだ親をバケモノ呼ばわりするような奴は、今まで自分がどれだけ恵まれた環境にいたのか理解させるために、谷底にぶち込んでやったほうがいい」
姉貴が愕然とし、対照的に鈴木さんのお母さんは平然としている。そんな中、鈴木さんは今日この人に無理やり学校に連れて来られたのか、と俺は何処か冷静に納得していた。
姉貴は尚も、鈴木さんのお母さんに反論する。
「その結果、今日はあんな事件に巻き込まれたんですよ!」
「いいじゃねぇか。まだ学生って身分が守ってくれる。そういうのが守ってくれなくなる時に備えてベンキョーすんのが、学校って場所だろ? それなら簀巻きにしようが何しようが、通わせるのが親心ってもんさ」
二人の言い合いを横目に、俺はひとまず鈴木さんの猿轡を外してあげることにした。
「ザ、ザドルぅ、ひっく、怖、ひっく、怖がった、よぉ」
「マジ泣きじゃないっすか鈴木さん」
泣くほどって、一体どうやって連れて来られたのだろう?
実際に鈴木さんを連れてきた鈴木さんのお母さんはというと、既に乗ってきたであろうバイクに跨り、こちらに向かって手を降っていた。
「じゃ、用は済んだから、私帰るわ。あ、生活費はその子の分毎月ちゃんと振り込んどくし、洋服も明日郵便で届くように手配済みだから」
「ちょ、ちょっと、待ちなさい! 未成年が同棲なんて、そんなの許されると思ってるんですかっ!」
「現役警察官がいる家なら、そういう心配はいらないだろ? 幸い部屋も一室空いてるらしいし、そこにコイツ突っ込んどいてくれればいいからさ。ま、私は孫の一匹や二匹作って帰ってきてもいいと思ってるけどね。あ、挨拶がまだだったな。私の名前は鈴木 花(すずき はな)。連絡先は百合子のスマホに入ってるから、何かあれば連絡してこい。百合子! 挨拶だけは、しっかりするんだぞっ! それじゃーまたな。真紀、義息子よ」
「ちょ、待ちなさーいっ!」
「あははははははははっ!」
姉貴の怒号に目も向けず、鈴木さんのお母さん、花さんは笑い声を響かせながら、あっという間に見えなくなる。
花さんって、なんというか、嵐のような人というか嵐そのものというか、もはやラフレシア(花)さん、って感じの人だった。
唖然と言った表情になりながら姉貴と顔を合わせ、続いて鈴木さんに目を向ける。
すると、鈴木さんは鼻水をすすり上げながら、こう言った。
「ごれぇがらぁ、ずびっ、よろぉじくぅ、ひっく、お願いじまずぅ」
「そこは素直に挨拶するんだね。鈴木さん」
こうして俺は学校生活を一緒に過ごすどころか、日常生活まで鈴木さんと一緒に過ごすことになった。
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