第一章⑧
「皆さんは、バットの手入れの知識はありますか?」
俺は返事を待たず、バットを正眼に握っているように手を動かした。本当はバッティングフォームにしたほうがわかりやすいのだが、鈴木さんがくっついているため断念した。
「金属バットの握りの部分には、滑り止めとしてグリップテープが巻かれています。これはゴムなので、使えば使うほど劣化します。当然、放っておいても」
そこで俺は、架空のバットを高橋先生に向けた。そして、そのバットで人を殴る動作を行う。
「では、一年間も手入れをされていない、劣化したグリップテープが巻いてある金属バットで人を殴ったらどうなるか? こう、かなりの力を込めて殴ったはずですよね。当然、劣化したゴムのカスが、手につくはずです」
「手なら、好きなだけ見てくれていいよ。と言っても、ゴムのカスなんて付いていないけどね」
そう言って高橋先生は、俺に向かって手を付き出した。それを、俺は冷笑と共に見つめる。
「何を言っているんですか? 図書委員の仕事を手伝っている最中は軍手をしていたんですから、ゴムカスが残っているのなら、そっちですよ」
俺の言葉に、高橋先生の表情が固まる。だが、それも一瞬のこと。
高橋先生は自らの潔白を証明するために、口を開いた。
「し、しかし、軍手なんて色んな作業で使い回しをしているんだ。ゴムカスが付いたものなんて、いくらでもあるだろう?」
「そうですね。しかし、凶器に使われた金属バットのグリップテープの素材が付着した軍手は、犯人のもの以外ありえません。もし既に別の軍手と混ぜあわせたとしても、犯人の指紋が軍手の方に残っている。そういえば、高橋先生は指紋の調査について言及されていましたね。姉貴。参考に軍手の指紋も調べてみてよ」
俺の言葉を聞いた高橋先生が、顔を俯けた。
それを見ながら、俺は体の中ではしゃぎ回る心臓に、頼むから静かにしてくれと念じていた。
……あっぶねぇ。高橋先生が、犯人を特定する方法について聞いてくれて助かったぁ。
加藤さんへの犯行が突発的なものであれば、金属バットに犯人の指紋が残っている可能性が高いし、計画的な犯行であれば、犯人が指紋を残さないような処置を取っている可能性が高い。
手袋や軍手を使えば、簡単に指紋を残さず凶器を使うことが出来る。もしそれ以外の方法で指紋を消したのだとしても、金属バットのグリップテープの素材は犯人を追うのに重要な手がかりになるはずだ。
これで、真犯人への道筋は、おおよそ付けれたはず。
鈴木さん以外にも、高橋先生にも、やろうと思えば犯行を行えれる可能性を、この場にいる人に共有することが出来た。この状況で、流石に鈴木さんが犯人だと触れ回る人は、この場にはいないだろう。
後はあるかどうかわからないけれど、高橋先生が、金属バットの持ち出し記録を調べれば私の無実は証明できる、とかの話になって、それは職員室行かないとわかりませんね。では警察が来るまでもう少し待ってましょう、とお茶を濁して警察が真犯人を見つけ出すまで時間を稼げば――
「動機は?」
「……え?」
「高橋先生が、ハルを殺したなんて、考えられない! 動機は? ねぇ、高橋先生は、何でハルを殺したのっ!」
目に涙を浮かべながら、飯田さんが俺につかみかかってくる。
その目は真剣で、必死になって真実を探していた。何故自分の友達が、殺されなければならなかったのかと。
でも、俺にはそれを答えることが出来ない。何故なら俺は、高橋先生を無理やり犯人に仕立て上げるための推理を、披露しただけだからだ。
鈴木さんのためだけに推理をした(嘘をついた)俺に、飯田さんの真っ直ぐな瞳を、気持ちを受け止めることは出来ない。
だからそれを受け止めたのは、鈴木さんだった。
「スマホ……」
「え?」
「ハルなら、スマホ、なくさない。絶対、肌身離さず、持ってる」
震えながら、涙を浮かべながら、鈴木さんは飯田さんの顔を見つめた。
「ハルのスマホになら、何か、残ってるかもっ!」
「よしっ!」
「こら、待ちなさいっ!」
鈴木さんの言葉を聞き、弾丸のように飛び出そうとした飯田さんを、姉貴が止める。
「放せ、放せよっ!」
「現場を荒らすのは、許しません!」
「頼むよ! ハルに、ダチに何があったのか知りたいんだっ!」
「だからって――」
「私から話そう」
二人の諍いは、高橋先生の言葉によって収められた。
そして高橋先生は、諦めきった表情で、こう言った。
「武田くんの言う通りだ。私が、加藤を殺した」
……え?
えぇぇぇえええぇぇぇえええっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます