第一章⑦

「ふざけんじゃねーっ!」

 飯田さんが怒りのあまり、椅子を蹴飛ばした。

「高橋先生は、オレたちの面倒を見てくれた、恩師なんだぞ! それが、何で高橋先生がハルを殺さなきゃなんねーんだよっ!」

 飯田さんの罵声に、俺は頷きかける。何故ならその理由を知りたいのは、他ならぬ俺自身。

 俺はあくまでも鈴木さんのために、犯人をでっち上げるために、口からでまかせを言っているに過ぎない。

 だが言い始めた以上、俺は口を閉じるわけにはいかなかった。

「まず最初に聞きたいんだけど、飯田さんと加藤さんは、何で図書館にやって来たの?」

「は? 決まってるだろ。高橋先生が図書委員の仕事を手伝ってたから――」

「それは、図書館に来てから気づいたことだよね? そもそも、何で二人は図書館に来ようと思ったんだい?」

 俺は畳み掛けるように、言葉を紡いでいく。

「加藤さんが、言い出したんじゃないのかな? 図書館に行こう、って」

「何で、それを……」

 飯田さんの両目が見開かれ、俺の言葉を肯定した。

「だとすると、加藤さんには図書館に用事があったはずなんだ。でも、図書委員の手伝いをしようとした」

 そこで俺は言葉を切り、高橋先生に視線を送る。

「用事があったはずなのに、加藤さんは高橋先生の手伝いをした。いや、高橋先生に接触することが、そもそも加藤さんの目的だったんじゃないんですか?」

「その根拠は?」

「加藤さんは、軍手をしていませんでした」

 高橋先生の鋭い視線を、俺は逃げずに真っ直ぐ受け返す。

「軍手をしていないということは、手伝いを先にする気がなかったということ。つまり、図書館に来た用事を、先に済ませるつもりだった」

「なるほど。しかし、それなら私の手伝いということにして、もう一人の方に近づいた可能性もあるんじゃないかな?」

「高楠さんですね」

 急に会話の中に自分の名前が出てきたので、高楠さんは驚きのあまり、小さな悲鳴を上げた。

 高橋先生は、笑いながら話を続ける。

「高楠に呼び出された加藤は、私の手伝いにかこつけて高楠に接触。そして殺した後、高楠は悲鳴を上げた」

「わ、わたし、殺してなんていません!」

 高楠さんが、泣きそうな顔をしながら身の潔白を訴える。俺は彼女の言葉に賛同した。

「ええ。高楠さんは加藤さんをあの方法で殺せません。高楠さんの力では、恐らく頭蓋骨を砕くような、あそこまで強烈な攻撃を繰り出すことが出来ない。第一、多少丸くなったとはいえ、元レディースの加藤さんを、高楠さんが呼び出せるわけがない」

「バカにするな! ハルは誰からの呼び出しにも応じる奴だっ!」

「では訂正しよう。高楠さんが加藤さんを呼び出す理由がない」

 俺は苦笑いをしながら、飯田さんに答える。

「じゃあ、肝心の凶器はどうなるの? 職員室にあった金属バットを、一体どうやってここまで持ってきたっていうのよ?」

「そんなの簡単だよ。前日にここに持ち込んでおけばいい」

 姉貴の質問に、俺は肩をすくめながら答える。

「事前に呼び出してあるんだ。凶器をその場所に移動させるぐらい、わけないでしょ? その金属バット(凶器)を管理していた、高橋先生なら」

 図書館に、暗い沈黙が落ちる。その沈黙の中、俺は内心冷や汗をかきながら、こう祈っていた。

 ……頼む。誰も何も言うな。憶測ばかりの俺の推理に、誰も水を刺すんじゃない!

 加藤さんが高橋先生に用事があったなんて、全く証拠がないんだからっ!

「証拠は?」

 その言葉に、俺の心臓は口から飛び出そうになった。

 俺は気を抜くと震えそうになる唇に必死に力を込めながら、高橋先生に笑いかける?

「証拠、ですか?」

「今までの武田くんの推理は、一応筋が通っている。だが、私が犯人だという、その証拠はあるのかい?」

 俺は笑いそうになる膝に力を込め、深く、ゆっくりと深呼吸。

 高橋先生のその言葉に、俺はこう答えるしかなかった。

「ええ、ありますよ。犯人を特定する、絶対的な証拠が」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る