第2章〜目覚め〜 第16話 何でも屋
歓迎会から数日。
「これで本当に大丈夫かな…。」
「結希ちゃんの考えた作戦なんだから、大丈夫だって! 」
「静かにして。咲夜。」
そんなことを言いながら、物陰に隠れている私達の視線の先には、ベタすぎる仕掛けの罠。
エサに使われているのは…………………………レミ。
『なんか眠くなってきちゃった。(クゥーン)』
「結希ちゃん、レミ何か言ってる? 」
「眠くなってきたって。」
「えっ! 」
「レミ、もうちょっと我慢して。」
『りょうかーい。(ワォーン)』
「了解だって。」
レミがあくびをしながら答えたのを、私はそう通訳した。
…そもそも、何でこんなことになっているのかというと。
ーーーーーーーーーーーー
みんなの仕事。
それは、前にも聞いた通り、 女王直属部隊 ってやつ。
仕事内容はよく分からないけど、町を見廻っているのもその中の1つらしい。
…が。
『裏の仕事? 』
そう言う私がいるのは、少しレトロな雰囲気の小さなお店。
『そう、この前結希ちゃんに話した女王直属部隊は俺らの裏の仕事。表向きの俺らの仕事はここ、 ジャック でやる仕事。』
『ジャック? 』
『色んな依頼を受けて仕事をするの。いわゆる、何でも屋。』
…何でも屋なんて仕事、漫画やアニメの中での話だと思ってた。
あ、ここもそれに近い異次元だった。
睦月さんの話を聞いて、私はそんなことを思う。
『えっと…具体的にはどんなことを? 』
『うーん…猫捕まえたり、出店手伝ったり…。』
…想像通りだった。
『まぁ、こんな仕事でも俺達の大事な収入源だから。』
『えっ、これで生計立ててるんですか!? 』
『うん。』
『女王直属部隊じゃ…。』
女王直属部隊ってそれなりに偉そうだし、そっちの方が収入よさそうだけど…。
『…あれは、ボランティアみたいなもの。』
『ええっ!? 』
『そうだね。褒美とかは貰うけど、それもごく稀だし。』
…何でそんな普通のトーンで話してるの。
そっちの方が、危険な仕事でしょ、多分。
『だから依頼人が来ないと―。』
…ガラララ。
《いらっしゃいませ! (ワン! )》
咲夜さんの言葉を遮って店の中に入ってきたのは、ピーターパンのような格好をした少年。
『えっと… ジャック っていうお店はここですか? 』
『ああ。』
『頼みたいことがあるんですけど…。』
〜数分後〜
少年の名前はナツ。
この近くで移動サーカスをやっているらしい。
『猿? 』
『はい…団の猿、アテネが逃げてしまったんです。』
『…すぐ戻ってくるんじゃない? 』
『うーん…ボクと喧嘩してからいなくなってしまったから…。多分、意地を張って戻ってこないと思います…。』
うなだれながら、ナツさんはそう言う。
『お願いします、アテネを探して下さい。』
『それはいいけど…猿は初めてだから、どうやって捕まえたらいいのか…。』
『えっ!? 』
『…そうね。』
《結希はどう思う? (ワン? )》
レミは首を傾げながらそう言う。
『えっ、うーん…罠を仕掛けてみる…とか? 』
私がそう言うと、レミ以外の3人が一斉に私を見る。
『罠? 』
『は、はい…好きなものとかをエサにして…。』
そんなに強く反応するとは思わなかった私は、少し気圧されながらもそう言う。
…あ、皆はレミの声が聞こえないから、私が急に喋った感じになってるのか。
『さっすが結希ちゃん! …で、猿の好きなものって何か分かる? 』
…何がさすがなのか。
『うーん…バナナ…とかですかね…。』
『…アテネ、バナナ嫌いです。』
『え。』
…猿なのに!?
『…じゃあ、何が好きなの。』
『うーん…。』
『何でもいいんだ、食べ物じゃないものでも。』
…食べ物じゃないもので釣られるだろうか。
『うーん…………あ! 』
『何ですか? 』
『いや…でもこれは…。』
『言ってみて。』
『は、はい…アテネは…………犬が好きです。』
『…犬!? 』
…あれ…確か犬猿の仲とかいう言葉があったような。
なのに犬?
『はい、特にメス犬が好きです。』
ナツさんがそう言うと同時に、レミにみんなの視線が集まる。
《ま、まさか!? (クゥン!? )》
レミはそう言いながら、少し後ずさりする。
『決まりね。』
『そうだな。じゃあ、早速罠を仕掛けに行こうか、結希ちゃん。』
『えっ!? 私もですか!? 』
『うん。だって、結希ちゃん今日からここで働くって聞いたから。』
…初耳なんですけど。
何で連れてこられたのだろうとは思っていたけど。
『それから、敬語禁止。俺のことは咲夜でいいから。』
『は、はぁ…。』
『じゃあ、お願いします。』
『…捕まえたら渡しにいくから、サーカス団の場所教えて。』
『あ、はい。』
『ほら、レミも行くぞ。』
《私じゃなくて、他のメス犬を使えばいいじゃん! 結希、通訳して! (ワンワン! )》
『咲夜さん、レミが他のメス犬を使おうって言ってます。』
私がそう言うと、咲夜さんは ハァー とため息をついた。
『結希ちゃん敬語。レミ、他のメス犬を使うより、可愛い君を使った方が食い付きがいいと思うよ。』
《キモい! そんな事言われても微塵も嬉しくない! (ギャンギャン! )》
ーーーーーーーーーーーー
…で、今に至る。
罠を仕掛けてから、もうかれこれ一時間程たっている。
…そろそろ別の方法を考えた方がいいんじゃ…。
私がそう思っていると。
「ウキッ。」
「あ。」
「来た! 」
「咲夜、黙って。」
一匹の猿が罠の近くに現れた。
「ウキッ!? ウキィー。」
猿は目に入ったレミをロックオンしたらしく、表情が一気にだらしなくなる。
「…間違いなくアテネね。」
「そうだね…。」
しかし、アテネは見とれているのか、レミに近付こうとしない。
「レミ、手招きしろ。」
『えー…はぁ…。(クゥン)』
咲夜にそう言われ、レミは渋々前足で手招きをする。
「ウキィー! 」
レミに手招きされたアテネは、レミに向かって猛ダッシュする。
そんなアテネを見て、レミは少し後退りをする。
「ウキッ、ウキィー! 」
レミしか見えていないアテネは、まんまとレミの少し前にある罠の所までやって来た。
「今だ! 」
そう言って、咲夜は仕掛けの紐を引く。
「ウキッ!? 」
ガサッ。
籠がアテネに向かって倒れ、アテネはその中に閉じこめられた。
ガサッガサッ、ガサッガサッ!
アテネが入っている籠が動く。
多分、逃げようとしているのだと思う。
「レミ、お疲れ様。」
そう言いながら、私は咲夜達と一緒にレミの所へ行く。
『本当、疲れたー。(クゥーン)』
レミは地面に伏せて伸びながらそう言う。
「いたたた! ひっかくなって! 」
そう言っている咲夜はアテネを抱き上げている。
「ウキー! 」
「なあ、なんかコイツを入れておくような物、ないの? 」
「…ない。」
この後、アテネは咲夜が抱えたままサーカス団に届けたのだった。
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……あの娘は光のパートナーなのか、それとも適合者なのか…。
「まぁどちらにせよ、貴重な存在であることには変わりないですね…。」
何か策を考えなければ…。
ーーーーーーーーーーーー
「ウキッ! 」
あの後、私達はアテネを捕まえたお礼に芸を見せてもらっていた。
「「おおー!」」
「……。」
『へぇーすごいね。(ワン)』
「ありがとうございましたっ! 」
ナツさんがそう言うのと同時に、アテネもお辞儀をする。
パチパチパチ。
「もう喧嘩するなよ。」
「本当にありがとうございます。あ、これお代です。」
『私にご褒美くれるよね!? (ワンワン! )』
「た、頼んでみるね。」
この時私は、思いもしなかった。
自分がこの世界に飛ばされてきたのは、単なる偶然などではなく、ちゃんとした理由があるということを―。
[つづく]
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