第四章①

辺り一面、強烈な熱と赤で埋め尽くされていた。

自分以外のもの全てを侵そうと炎が意地汚く、そして貪欲に這い回っている。

よし。きちんと抑え切れている。

自分の術で生み出した炎を見ながら、俺は満足気に頷いた。

モロと契約していた時よりも遥かに強力な術を生み出すのに、俺は自分の鼓を使ったのだ。

ジャックに切られた学ランも、カーネルに撃たれた傷も、俺の術で初めから存在していなかったかのように、綺麗さっぱりなくなっている。

「こ、これは、一体……」

「ど、どうなってるっち!」

状況が理解できていないカーネルは呆然とそうつぶやき、想定外の展開にブチは慌てふためいている。

そのそばを炎がナメクジが移動する速度でゆっくりと、だが確実に歩みを進めていた。

それに気づいたブチは飛び上がり、カーネルに飛びつく。

「ちっちっち! ご主人様~。あれは危ないっち!」

「ええいっ! 離れろ、この愚図がっ!」

カーネルが苛立ち紛れにブチを振り払う。

「何がどう危ないのか、お前の体で確かめてこい!」

カーネルに突き飛ばされたブチが、悲鳴とともに炎に飲み込まれた。飲み込まれたものの、ブチの体は今だ健在。俺がモロと契約していた時に起こした白い炎のように、俺が起こした炎は白い炎よりも強力な術なのにもかかわらず、悪魔を一瞬で蒸発させるような力は持っていなかった。

それは、ある意味当然のことだ。何故ならこの術は炎であって、炎でないのだから。

「ちーっ! 寒い、熱くて寒くて痛いっち! それにこの炎、なんだか生きているみたいだっち!」

俺の生み出した炎はブチを獲物と判断し、大樹が根を張るようにブチの体を絡め捕り、大地に染み込んだ水が凍るようにブチの体を侵していく。根は風の吹く速度でブチの体を這い回り、水が氷る速度は雷の速さだ。そうして俺の炎は捕えた対象を外と内から同時に攻め立てる。

逃げ出そうにも獲物(ブチ)の体は炎の根が張り巡らされ、内は全身氷漬けにされている。もはや悪魔であろうとも、俺の炎に抱かれれば首を動かすことすら敵わない。身動きが取れないまま、ゆっくりと焼かれていく。

氷の術を融合させた獲物を捕縛するために生きている炎を術で生み出しながらも、俺は別のことにも自分の鼓を使い、術を発動していた。

それは、この場所の強度だ。

いくら俺が極限まで炎の威力を抑えていたとしても、まだあの生きている炎は不安定だ。何かの拍子で白い炎を軽く超える熱量を持ってしまうかもしれない。そうなればモロが施した結界では強度が足りず、一瞬で結界が壊れてしまう。だから俺は、俺の炎の影響が及ぶもの全てにわざと回りくどいやり方で一つ一つラッピングするかのごとく丁寧に、モノの強度を上げているのだ。

だが強度を上げすぎると、逆に今度は俺の術の影響が大きすぎて、強度を上げたモノの存在を捻じ曲げてしまう。そのため、モノの強度を上げるのも神経を使い、微調整しながら術をかける必要があった。

「どうだ、カーネル。俺の術はお気に召してもらえたかな?」

俺はカーネルに問いかけた。

生きてる炎の制御とモノの強度を上げる調整を行っているため、いつもの軽薄な間延びした口調で話す余裕がない。

「こ、これをお前がやったと言うのかっ!」

炎に捕らわれたブチを愕然とした表情で見ていたカーネルが、さらに驚愕した顔になり、俺を見つめる。

「馬鹿な! 出来損ないのお前に、こんな芸当、姫と契約が切れた状態の貴様に出来るわけがない! 一人じゃ何もできない、貴様がっ!」

カーネルは、どうしても俺が一人で術を使ったという事実を受け入れられないらしい。

それは今まで蔑んでいた俺に劣勢に立たされているという事実を受け入れられないからなのか。それとも一人で術を使えた、今はもういない優秀な弟のことを思い浮かべているからなのか。

「認められるかっ! 私ですら出来ないのに、お前が、お前が一人で術を使えるなどっ!」

「でも、現実は俺が術を使っている」

「なら、何故今までお前は術を使わなかったのだっ!」

「使いたくても、使えなかったのさ」

俺はため息を付きながら、それでいて緊張を切らさないように、自分の生み出した炎に視線を送った。俺が一瞬でも気を抜けば、こいつは地球を丸ごと燃やし尽くし、第二の太陽に変えてしまうだろう。

「俺の鼓は、普通の魔術師よりも多過ぎてね。全力で術の威力を抑え込んで、さらに無駄に鼓を使うように術を使って、やっとこの状態なんだ。普通に俺が術を使えば、俺の術が強すぎて世界が滅んじまう」

俺はモロのように、自分の鼓を使う場合、術を抑えることが出来ないのだ。どう抑えればあんなにぽんぽん術を使えるようになるのか、不思議でしょうがない。

「そ、んな……」

あまりの力の差を目の当たりにして、カーネルの顔は絶望色に染まる。

その様子を、氷と炎に焼かれているブチがうれしそうに眺めていた。こいつは絶望している顔なら、それが人間だろうが悪魔だろうが、自分が主人と呼んでいる魔術師だろうが何でもいいらしい。

それにしても、俺に捕らえられているあの状態で笑えるとは、流石は悪魔。いざとなればカーネルとの契約を破棄して逃げるつもりなのだろう。ブチはまだ余裕の表情を浮かべている。

「な、んということだ。これがマリーンに最も近かった魔術師、スカーレットの血筋の力なのか」

今カーネルが考えているのは、どんなことだろうか? 生まれる場所が違えば、自分もこの力を手に入れれたと、優秀な弟の劣等感を感じずにすんだのではないか、と考えているのだろうか?

今カーネルが何を考えているかは俺にはわからない。だが、一つだけ確実に言えることがある。

カーネルは、勘違いをしている。

「どうも勘違いしているようだから教えてやる。俺と母親、スカーレットの間に血縁関係なんてないぞ」

「な、何だとっ……!」

「俺はスカーレットに引き取られて育てられた、養子なんだよ。まぁそれでも、あの人が俺の母親であるという事実は揺るがない。例え血が繋がっていなかったとしても、育ての母親であるスカーレットこそが本当の親だと、俺は思っているんだが」

誰が何と言おうと、あの人が俺の母親だ。俺があの人からもらった愛情は、本物だから。

俺から知らされた真実を聞き、カーネルは余計混乱したようだ。

「……なら、お前は一体何者なんだ? スカーレットの血縁でないとすれば、どうやってこの力を手に入れたんだ! この力は、一体何なんだっ!」

この力は一体何なんだ、か。

「その話をするには、まず神の話をしないといけないな」

「神の? それが一体お前とどういう関係があるんだ?」

カーネルの疑問に俺は苦笑いで答え、話を続ける。

「ある時神はこの世界を創りました。そして、仕事がなくなり、暇になりました」

神はこの世界の創造主。この世界を創り出すためだけの存在が、世界を創り終えたというのなら、やることがなくなるのはある意味当然といえる。

「そこで神は暇つぶしとして、本来創るはずではなかったものを色々創り始めました。自分の手足となる天使。自分と敵対する、暇つぶし相手の悪魔。色んなモノを創り出して行きました」

創り出すためだけの存在である神には、逆にそれ以外のことはできなかったのだ。

「そしてある時、暇だった神は、こう考えました。自分と同じくらいの強さを持った人間を創ったら、きっと面白いことが起こるに違いない、と」

俺は今、非常に苦い顔をしているだろう。自分でも認めたくない、ふざけた事実を口にしなければならないから。


「こうして神は、じぶんのかんがえたさいきょうのにんげん、最強の魔術師として、俺を創りましたとさ、まる」

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