第三章⑩

俺が何を言っているのか、理解できていないのだろう。ミツチカどころか、カーネルでさえ唖然としている。

「……コーイチよ。ふざけている場合ではないのだ! 早くモロとの契約を破棄してワタシと、」

「だーかーら、断るって言ってんの。俺の悪魔は、モロしか考えられねー。お前とは契約出来ねーよ」

「さすが妾のコーイチ! 惚れ直したのじゃ!」

俺のミツチカへの回答を聞いたモロが、俺に抱きつこうとして失敗する。半透明の状態では、何かに触れることも出来ない。俺をすり抜け、地面にモロがダイブした。

一方、俺の回答を聞いたミツチカとカーネル、ブチの反応は対照的だった。

「そ、んな」

「ふふふふっ、あははははははははっ!」

「ちっちっちっちっち!」

ミツチカは、信じられないものを見たというように呆然としており、カーネルは今までの人生でこれほど愉快な出来事はないというように、腹を抱えて大笑いしている。ブチも似たようなものだ。

「分かっているのかコーイチ! この状況をひっくり返すには、ワタシと契約する他ないぞ!」

「フラれた悪魔は黙っていろ、ミツチカ。貴様はおとなしくそこでゆっくりと自分が消えていくのを待てばいい!」

「ちっちっちっちっち!」

「……何故だ。何故なんだ、コーイチ!」

ミツチカは悔しそうに両手を握り締め、俺を問い詰める。

確かに、この状況をひっくり返すという点では、ミツチカの案は悪くない。

だがそれは、この状況をひっくり返すという点だけに着目した話しだ。この状況を乗り切った後、俺は日常生活に戻らなければならない。

この状況を乗り切った先のことを考えると、ミツチカの案に、俺は頷けないのだ。

それに例え一時的だったとしても、俺はモロに、自分の姿が消えてしまう状態にさせるわけにはいかない。

モロの言葉を借りれば、モロをそんな状況になんて、未来永劫させるわけにはいかないのだ。

「あははははっ! いやぁ愉快だ。こんなに笑ったのは久々だぞ。しかし、小僧。お前は本当にあのスカーレットの血を引いているのか? あまりにもバカで弱すぎる」

それを聞いたモロは、不機嫌そうにカーネルに言い返す。

「じゃから、今回は妾の不手際だと言っておろぅ! コーイチは弱くないのじゃ! コーイチは訳あって本気が出せんだけなのじゃ!」

それを聞くと、ただの負け惜しみにしか聞こえないな。

俺は腹を押さえながら立ち上がり、ミツチカの方を向いた。

「ミツチカ、安心しろ。俺が日常生活に戻るために、コイツはちゃんと殺しておく」

「いや、こやつら、じゃ。妾の名に賭けて、こやつらはちゃぁんと殺しておいてやる」

モロはブチを睨み付けた。半透明になっても恐ろしいのか、その目に射抜かれたブチは慌ててカーネルの後ろの隠れた。

モロはどうやら、俺との契約を勝手に切られたのが大層気に入らないらしい。

「だがっ!」

ミツチカはまだ俺たちに任せれないと思っているのか、不満そうな声を上げる。この状況を見れば、当然と言えば当然か。

そんなミツチカに、モロがブチから視線を外して笑いかけた。

「じゃからコーイチが安心じゃと言うのじゃから、絶対安心なのじゃ。それに、ほれ。お前が誰とも契約を結んでおらず、妾たちの契約が不安定な状態の今なら、妾たちの契約の内容も朧気ながらも見えるじゃろぅ? よぅく見てみるのじゃ」

「契約の、内容?」

俺とモロの契約の代償については、既にモロが話している。だからミツチカは、何故今その話しが出ているのか訝しんでいるはずだ。

ミツチカの目が、もっとよく見ようと細くなっていく。

そして、気づいた。

「あ、ああぁぁああああ!」

「どうじゃ? 分かったじゃろぅ」

「そうか。そうだったのか! 確かにこれなら、あなたたち二人になら、任せられる!」

ミツチカは難解な数式の解説を聞き、理解することが出来た学生のように顔を輝かせた。

「ええい! お前らさっきから何の話をしているんだ! おいブチ! お前には何も見えないのかっ!」

「ご主人様。オレっちには、何も見えないっち」

「クソッ! 使えない悪魔めっ!」

「ちっちっ!」

状況を理解できていないカーネルが苛立ち、ブチの尻を思いっきり蹴飛ばした。

ブチの悲鳴が聞こえる中、ミツチカは今にも消えようとしている。

「しかし、本来ワタシの役目だったことを任せるような形になってしまって申し訳ない」

「気にする必要はないのじゃ。妾がしっかりしておれば、今頃お前たちは全員倒しておるはずじゃしのぅ」

「そういえば、そうだったな」

そう話すミツチカの顔は、今日見た中で一番の笑顔だった。

「だが、そうすると逆にお前たちが、」

話し終える前に、ミツチカが消えた。

ミツチカが言いたかったのは、俺たちがこれからやり過ぎないかを心配してのものだろう。

ミツチカのその心遣いが、俺にはうれしかった。

「さて、無駄話はここまでだ」

カーネルが再度拳銃を俺に構え直し、睨み付ける。

「これで小僧が逆転できる芽もなくなった。さぁ姫。早く私と契約してください。例え殺せなかったとしても、死にたいほどの激痛を、この小僧に与えることはできるんですよ!」

言うが早いか、カーネルは俺の右足を撃ち抜いた。

太ももに衝撃が走る。そして衝撃が鈍痛に変わり、鈍痛が激痛に変わる。痛い。俺は思わずうめき声を上げた。

俺は太ももを押さえながら、再度地面に横たわった。

「追い詰めれば逆にミツチカと契約しかねないと思って我慢していたが、もうその必要もないっ! 姫! 私と契約していただけるのなら、この小僧の命は助けましょう」

嘘付け。

カーネルは俺を助ける気なんてさらさらない。こんなに嘘臭い脅迫は、中々見られないだろう。

「じゃから、お前とは契約できんと言っておろうが。お前は弱すぎる」

銃声。

モロの話を聞いて、カーネルは今度は俺の左太ももを撃ったのだ。

目の前が真っ赤に染まり、その後真っ白になる。心臓が脈を打つ度、傷口をのこぎりで削り取られているような痛みが走り、俺の口から苦痛の吐息が漏れた。

あと、もう少しだ。

「姫がおっしゃられているのは、まさか心の強さとか、そういった類のものではありませんよね? もしそうだったとしても、今無様に這いつくばっているこの虫けらに、私が心でも負けているとは思いませんが」

後もう少しで、全て抑えきれる。

激痛にのた打ち回る俺をよそに、モロとカーネルの会話は続いていく。

「もちろんその通りじゃ。コーイチは魔術師としてなら最強じゃ。お前が百人いようが千人いようが、太刀打ちできんのじゃ」

「……さっきから、あなたは何を言っているのです? そこまで言うのなら、見せてくださいよ。このクソガキが私よりも強いという証拠を!」

「じゃ、そうじゃぞぅ? コーイチ。いけるかのぅ?」

「……ああ。もー大丈夫だ」

血まみれになりながらも、俺はモロに答えた。

だが、今まで激痛に耐えただけあって、俺の中のアレは完全に抑えきっている。これなら、何とかなるはずだ。

「ふんっ。だったら見せてみるがいい。今のゴミ屑のようなお前に、一体何が出来るのかをなっ!」

ああ、いいぜ。嘘偽りなく、今の俺に出来ることを正直に話してやる。

「……おーげさだな。別に大したことはできないぜ? 何せ俺は、ヒトリじゃナンにもデキやしねーんだから」

そうだ。大したことはできない。

何せ、今の俺は、

「俺ヒトリなら、せいぜいこの世界をぶっ壊すことぐらいしか出来ねーからよっ!」

そう言って俺は、術を発動させた。

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