第三章⑧

「何を馬鹿なことをっ!」

「そ、それはまずいっち!」

ミツチカの提案に、カーネルとブチは目に見えて狼狽してた。

「小僧には、まだ姫との契約が残っているのだぞ! こんな一人で何も出来ない出来損ないに、お前と契約するだけの余裕などない!」

「その点についてなら問題ないよ、カーネル。ワタシがコーイチに求める代償は、モロとの契約を完全に破棄することなのだから」

今までビレッジ家の悪魔として引き継がれてきた、ミツチカの造反。これはカーネルにとって、完全に想定外だったようだ。

歯軋りするカーネルを見上げながら、俺はミツチカからの提案を反芻していた。

ミツチカの提案は、この状況をひっくり返すという点では、悪くなかった。俺とミツチカが契約すれば、カーネルには俺に抵抗する手段がない。ブチに契約の強制破棄以外に攻撃に使える術があるのなら、ジャックを殺す時に拳銃なんて使わなかったはずだ。

カーネルたちの会話を聞く限りでも、カーネルはジャックのように一人で術を使うことは出来ないはずだ。

俺とミツチカが契約すればミツチカは再度実体化できるようになり、誰にも邪魔されることなくカーネルを殺すことが出来る。

さらには俺とモロの契約が破棄されれば、モロは長時間実体化できなくなる。つまり、カーネルにモロと契約させるまでの時間的制約を与えることが出来るのだ。

仮にカーネルに逃げられたとしても、モロが完全に消えてしまうまでモロとカーネルを契約させなければ、カーネルの願いは叶わなくなる。

カーネルにもそれが分かっているようで、額には汗がにじみ出ていた。

「さぁコーイチ。ワタシと契約してくれ!」

「……それを私が黙って許すと思っているのかっ!」

ミツチカが俺に契約を迫る中、カーネルは鬼の形相で俺に銃を突きつけた。

「お前と契約する前に、この小僧を殺すっ!」

その様子を、ミツチカは嘲りながら見ていた。

「無駄だよカーネル。お前にコーイチは殺せない。殺せるのなら、ジャック様の時のようにすぐに殺しているはずさ。だが、お前はそれが出来なんだろう?」

ミツチカは冷笑し、カーネルは渋い表情だ。

カーネルがジャックを撃った時のカーネルとミツチカの表情が、今は入れ替わっている。

「もしお前がコーイチを殺したとしても、肝心のモロがお前との契約にまったく合意していない。だからお前は少なくとも、モロと契約が出来る目処が立つまではコーイチを殺せない。何故ならコーイチが死んでしまうと、モロと契約している魔術師がいなくなり、モロはそのまま消えてしまうからだ」

ミツチカの話を聞き、顔をゆがませたカーネルを見れば、それが図星だということがわかる。

だからカーネルは、苦し紛れにこう言うしかなくなるのだ。

「……だったら、今すぐに姫と契約すれば問題はなくなるっ!」

「と、カーネルは言っているが、モロの方はどうなのだ? この男と、お前は契約する気はあるのか?」

「あるわけなかろう。さっきから何度も言っておるのじゃ。妾は未来永劫、コーイチ以外と契約を結ぶ気はないのじゃ」

思ったよりも近くで聞こえたモロの声に振り向くと、腕を組んでいるモロが俺のすぐ後ろに立っていた。髪はいつの間にかまとめられていた。

「具合はどうなのじゃ? コーイチ。ちゃんと抑えられておるのか?」

「……ああ、だいじょーぶ。もー少しで、何とか抑えきれる。それにしても、お前のその姿、久々に見るなぁ」

その姿とは、完全に実体化していない、半透明になったモロの姿のことだ。

「そうじゃのぅ。御主と初めて会ったとき以来じゃ」

俺と初めて会ったときを思い出しているのか、モロは目を細めている。

「それで、どうするのじゃ?」

「んー? 何が?」

本当は何について聞かれているのか分かっている。だが、モロとカーネルとが契約するかもしれないとやきもきさせられた俺は、あえて分からないフリをした。

「決まっておろぅ。ミツチカとの契約の件じゃ」

モロは不安そうに、俺を見つめている。

だから俺は、正直に答えた。


「俺は、自分が生き残れる方を選ぶよ。あたりまえっしょ?」

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