第三章⑥

そのモロの言葉に、俺は心底安堵した。そしてそれと同時に。モロを少しでも疑った自分を心底恥じた。そうだ。モロが俺のそばを離れるわけがない。離れられるわけがないのだ。

逆に慌てたのは、モロから再度契約を拒絶されたカーネルだ。

「な、何故ですか!」

「妾が、コーイチと契約を結んだ代償を教えてやろう」

モロの顔は、人間を絶望の淵に叩き込む愉悦で歪んでいた。

「代償は、コーイチがマリーンになることを破棄すること、じゃ。もし貴様と契約することになるのなら、妾は同じ代償を提示するかも知れんぞぅ」

魔術師の誰もが目指す、マリーンという奇跡を起こす権利を破棄すること。最強の悪魔モロと契約を結ぶには、それだけの代償が必要となるのだ。

だから、普通は結べない。

モロと契約出来るのは、俺しかいない。

奇跡を起こすために魔術師は魔術師になるのだ。その権利を手放すことなど、魔術師に出来るわけがない。

だが、カーネルはこともなげにこう言った。


「かまいません」


「な、何じゃと!」

「な、何をおっしゃられているのですか、カーネル様!」

モロは唖然とし、ミツチカは騒然とした。

それを見ながら、カーネルは淡々と話を続けていく。

「私は元々神に姫と添い遂げれるよう頼むつもりだったのです。ですが、それが叶わないというのであれば、契約したパートナーとして姫と人生を共に歩むということで妥協しましょう」

カーネルのその言葉に誰よりも強く反応したモノがいた。ミツチカだ。

「話が違うではありませんか、カーネル様! 未来永劫、ビレッジ家の繁栄を神に約束してもらう。そういう約束だったからこそ、ジャック様はこの件に賛成したのです。騙していたのですねっ!」

自分に食って掛かるミツチカを、カーネルは心底詰まらなさそうに見つめる。

「騙したなんて、人聞きの悪い言い方はよしてくれ。私が姫と契約すれば、私がビレッジ家の長い歴史の中で最強の魔術師となる。当然、当主の座もジャックから譲ってもらうことになるがな」

「最初から、それが目的だったということですか。当主の座を、こんなもののために、ジャック様はあんなお姿に、」

「黙れミツチカ! こんなものだと? さすが悪魔の言うことは違う。そのこんなもののために、俺が一体どれだけ辛酸を舐めてきたと思っているんだ!」

ミツチカの言葉をさえぎり、カーネルはわめき散らす。

「知っているんだぞっ! 私が陰では使えない兄と呼ばれ、出来の悪い兄と呼ばれ、厄介者扱いされていることをっ! あいつさえ、ジャックさえいなければ、当主の座は私のものだったのだ! このカーネル・ビレッジのものだったのだ!」

今まで抑えていた感情を全てぶつけるように、カーネルは自分の想いをさらけ出した。両手で頭を掻き毟りながら、ヒステリックな声が採石場に響いた。

「あいつが、ジャックさえ生まれてこなければ、ミツチカ、お前だって私のものだったのだ! あいつは、私から全てを奪っていった! だから俺はジャックの上に行くと誓ったんだ! ミツチカよりも強い悪魔と契約して、姫と契約して、俺はジャックを越えるんだぁぁあああ!」

カーネルがミツチカにつかみかかった。

いくらカーネルが男だとはいえ、悪魔のミツチカに敵うわけがない。

ミツチカに抵抗され、カーネルの燕尾服が破けた。シャツの第二ボタンが弾け飛び、その下に、星型のネックレスが踊っているのが見える。他にも脇の下辺りに黒光りするものが見えた。

あれは、拳銃か? それにあのネックレス、どこかで見たような……。

それよりも、カーネルの行動に俺は疑問を持った。

策略で俺たちを追いつめたあのカーネルが、わざわざ負けるとわかっていてミツチカにつかみかかるなんて、不自然すぎる。

それに気づかないのか、それとも現状が優勢だからなのか、ミツチカは気にした様子もない。

そして何事も起こらないまま、ミツチカはカーネルの左腕を捻りあげ、そのままカーネルを瀕死のジャックの元へ連れて行った。

その様子を、ブチがうれしそうに眺めている。やはり、何かある!

「に、いさんの気、持ちは、分かった……。だけど、ぼ、僕だって、死んだ、と、おさん、と母さ、んから……譲り、受けた当、主の座を、渡す、わけには、行かないんだ」

そよ風のような音量で、ジャックは必死にカーネルを説得しようとしている。

「兄、さん……。もう一、度、やり直そう、よ。今、ならま、だ間に合う……。ぼ、くとに、いさん、なら、な、ん、だって……出来るさ。ビレッ、ジ家を、立て、直せるよ……」

「カーネル様。今一度、お考え直しください」

ジャックがやさしく、ミツチカはカーネルの腕を捻りあげた手に力を入れて、カーネルを諭した。

「……そうだな。ビレッジ家は復興しなければならない」

カーネルが物わかりのいい兄の顔になり、頷いた。

「わ、かって、くれ、たん、だ、ね。兄、さん」

それを見て、ジャックはうれしそうに笑顔を浮かべる。

そこで俺はジャックのしているネックレスを、どこで見たのか思い出した。

ジャックだ。

俺が溶かしてしまい、もう原形もとどめず、さらに今はジャックの肌と同化してしまっているが、あの星形のネックレスはジャックがしていたものとお揃いのものだ。兄弟でペアルックとは、なんだかんだ言っても心の底では通じ合えていたのかもしれない。

カーネルとジャックの兄弟が和解したのは、、実に心の温まる光景だ。しかし、それは俺にとって最悪の状況といって言い。

このままミツチカとカーネルが潰し合ってくれればこの場を切り抜けられるかもしれないと考えていたのだが、残念ながら状況は俺にとって最悪の方向に向かっているようだ。

しかしこの状況は、ジャックに笑みを返したカーネルの一言によって、さらに混沌を極めることになる。

「だが、ジャック。お前は不要だ」

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