第三章⑤

カーネルは散々罵った俺を冷ややかな目で見つめていたが、すぐに興味を失ったように俺から視線を切った。

当然か。カーネルの目的は、モロと契約することなのだから。

「姫。この男よりも私のほうが強いと証明いたしました。さぁ、私と契約をっ!」

契約が切れてしまえば、ジャックのように鼓が多い人間以外は術を使えなくなる。絶体絶命だ。契約を切られた魔術師はただの人間と同じなのだから。

悪魔は自分の利益のために、鼓のために人間と契約する。鼓が切れた人間に悪魔は用はないし、今のように契約が切れたのなら、また鼓を求めて別の人間と契約するだろう。悪魔にとって、人間は代替可能なものなのだ。

そしてモロも、その悪魔だ。

だが、モロは、

「……嫌じゃ」

「……何ですと?」

カーネルの誘いを、断った。

「何度も言っておる通り、妾が契約するのはコーイチ以外ありえん。お前のような雑魚では無理じゃ」

モロのその言葉に、カーネルは即座に反応した。

「何をおっしゃられるのですか! この勝負、誰がどう見ても私の勝ちではありませんか! 私の方が強い! 私の方が優れているっ!」

「……この結果は妾の所為じゃ。妾が焦っておらねば、お前なんぞ瞬殺じゃ。コーイチは弱くないのじゃっ!」

自分の失策を気にしているのか、モロは沈痛な面持ちで顔を伏せる。

それに納得がいかないカーネルは、さらに激しくモロに噛み付いた。

「何故あんな小僧を庇うのですか、姫! 昨日の戦闘も見ておりましたが、今日もその小僧はほとんど戦闘に参加していなかったではありませんかっ!」

「それは貴様も同じじゃろぅ」

モロは顔を上げ、カーネルに侮蔑の目線を送る。

「それより気になるのは、昨日の戦いを見ておったと言ったのぅ。つまり、あれは貴様の刺客というわけじゃな?」

自分への自己嫌悪と流れ出すアレを抑えるのに必死でそれどころではなかったが、そういえばカーネルはそんなことも言っていた気がする。

だとしたら、シンが魔術師として未熟だった理由も分かる。カーネルがシンをそそのかし、俺の魔術師としての腕を探る駒としていたのだ。

なるほど。昨日の時点からカーネルの策は始まっていたのか。

「まさしく姫の御慧眼通りです。一匹悪魔をあてがい、にんじんを目の前にぶら下げてやれば、後は意のままでした」

恭しく頭を下げるカーネルに、モロは鼻を鳴らして応える。

「そこまで貴様の仕込みだったのじゃな」

「恐れ入ります」

「では問おう。何故そこまでして妾を求めるのじゃ? 一体何のために?」

モロの質問に、俺は動揺し、カーネルは目を輝かせた。

まさか、モロはカーネルと契約する気なのか? ダメだ。そんなことはさせられない。そんなこと許せれるはずがないっ!

それでも目の前で行われているやり取りに、俺は介入することができなかった。カーネルに蹴られた個所が痛むのではない。少しでも動こうとすると、アレが一気に流れ出そうとするのだ。

まずい。もし仮にモロがカーネルと契約するようなことがあれば、そうならないと信じているが、万が一そうなれば、もう俺がどうなってしまうか分からない。例えこの世界が滅ぶことになったとしても、モロが離れることを俺は許すことができないっ!

俺の葛藤など知らず、カーネルは嬉々としてモロに言葉を紡いでいく。この答え次第で、モロと契約が出来ると思っているのだろう。

「それはもちろん、私が姫とパートナーになるために。そして姫には、私をマリーンへと導いていただきたいのですっ!」

カーネルが口にしたのは、俺とモロが他の魔術師から狙われる、典型的な理由だった。

それを聞いたモロは、こう言った。


「だったら、なおさら貴様とは契約出来んのじゃ」

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