第三章②
どういうことだ!
何故ジャックが雷を使えるんだ? 雷を使えるのはカーネルの方だろ?
俺が悩んでいる間も、ジャックとミツチカは雷で二つの太陽をぶつけようと術を放ち続けている。二人で雷を放っているため、先ほどよりも太陽の移動速度が速い。このままでは、あの二つの太陽もぶつけられる!
「ええい、鬱陶しいのじゃ!」
モロが術を放ち、ジャックとミツチカの雷を妨害しようとするも、ジャックがさらに術で風を起こし、それを邪魔する。
後もう少しで太陽がぶつかる!
そこで俺は、カーネルがブチを身代わりにした時の言葉を思い出した。
『貴様には通常の契約よりも多い鼓に、さらに追加で別の代償を支払い契約しているのだ』
あれはジャックが魔術師であることを隠すためのブラフだと、俺は思っていた。
だが、それがブラフじゃないとしたら?
カーネルはこうも言っていた。術師の時代から続くビレッジ家の当主は、カーネルではなくジャックなんだと。
術師は鼓を増やすために日夜修行に励み、術を使えるようになった者のことだ。であれば、術師の時代から続いた家系の当主なら、悪魔の力を借りなくても一つの術ぐらい使えるのではないのか?
そう。例えば、ジャックが使っているような風を起こす術とか。
ジャックが契約しているのはブチじゃない。ミツチカだ!
ああクソッ! 何で気が付かなかったんだ!
モロがカーネルに最初に放った風は、ジャックがかき消したのだ。俺に切りかかってくる前、ジャックはどこかに隠れひそんでカーネルを守っていたのだろう。
それにカーネルとジャックは兄弟だ。代を重ねている魔術師は、親の契約していた悪魔を子に引き継がせる。もし引き継がせる子供を選べるのなら、魔術師に子供が複数いるのなら、より優秀な子に親は自分の悪魔を引き継がせるはずだ。
ビレッジ家当主であるジャックに、モロとの戦闘にまったく参加してきていないブチよりも優秀な、ミツチカが引き継がれていたのだ!
俺が自分の過ちに気づいた時、今日二度目となる爆発音が俺を襲った。
ジャックとミツチカが、残りの太陽も爆発させたのだ。
再び轟音が鳴り響き、熱風が吹き荒れる。視界はまたしても土と砂のカーテンで閉ざされてしまう。
体中に当たる石のつぶてに耐えながら、俺は思考を走らせ続けた。
ジャックがミツチカと契約しているというのなら、カーネルが契約しているのはブチということになる。それはジャックがミツチカと同じ雷を発生させたことからも確実だろう。
だとすると、ある懸念事項が浮かび上がってくる。
カーネルは、術を今まで一回も使っていない。
ブチも戦闘に参加していないため、術を使っていない。
こちらを追いかけている時も、彼らは自分の足で走っていた。恐らくブチの術では戦闘に参加することも、移動に応用することも出来なかったのだろう。
だが、戦闘にも参加しない、移動にも使えない術が得意なブチと、何故カーネルは契約しているんだ?
あいつはモロの熱狂的な信者だ。モロを手に入れるために、俺を殺そうとしている。最強の悪魔であるモロと契約している、この俺を。
だからカーネルは俺を殺すために、自分が三体の悪魔と契約した魔術師だと、この三体をどうにかしないとカーネルを殺せないと、俺たちに錯覚させた。
実際はカーネルはブチとしか契約していなかったわけだが、だとしても数合わせのために使えない悪魔とカーネルが契約するとは思えない。
だから、ブチには何かあるはずなのだ。
ブチの得意な術とは、一体なんなんだ?
この疑問を解決しなければ、後々必ず足元をすくわれる。その予感が、いや確信がある。
だが、この放置しておけないと分かっているにもかかわらず、俺にはこの疑問の答えを探している余裕はなかった。
巻き上がった砂塵を突き破るようにして、一筋の閃光が俺に向かって一直線に走ってきたのだ。ミツチカの雷だ!
俺は膝を曲げ、上体を反らしてそれを避けようとした。だが、どう考えても間に合わない!
俺はとっさに、左手で後ろポケットにしまっていたポータブルゲーム機を取り出した。雨に濡れてゲーム機が壊れている可能性は高い。だったら、本体とセーブデータの代わりに俺の命を救ってくれ!
上体を反らしながら、俺はミツチカの雷に向かってゲーム機を放り投げた。まだ半渇きのそれに、雷が激突した。ゲーム機が濡れていたため、避雷針の代わりになったのだ。
俺の身代わりとなったゲーム機は、あえなく粉砕。飛び散った部品のいくつかは電気を帯びて、身代わりにした俺を責めるように顔に当たった。それ以外にも、ミツチカの雷に押された小石が俺の体を打つ。
俺は両腕を交差し、それらが顔に当たらないように防御しながら、たまらず後ろに倒れ込んだ。
うつ伏せになった俺の眼前に現れたのは、二振りの漆黒。
「コーイチ!」
モロの叫び声を聞きながら、俺はジャックのナイフによる奇襲を紙一重で避ける。だが、完璧に避けることは出来ず、俺の左頬は一筋の熱を持った。
俺は湿った学ランに土の汚れをつけながら立ち上がり、左手のひらに唾を吐いて傷が付いた頬に塗りたくった。応急処置のつもりだったが、倒れた時に俺の両手も土で汚れていたため、傷口に土が入り余計に痛かった。
奇襲をかわした俺に、ジャックが追撃をかけてきた。遊んでいるつもりなのか、俺には術を使うまでもないと思っているのか分からないが、ジャックはこちらに回り込むように、手にしたナイフだけで攻撃してくる。ジャックのナイフが振るわれる度、俺の学ランと肌に傷が刻まれていく。いたぶるような攻撃に俺は苛立ちながらも素手ではどうすることもできず、俺は徐々にモロとの距離を離されていった。
モロはこちらを援護しようとタイミングを見計らっているようだが、俺とジャックの距離が近すぎて術の発動を躊躇っている。
その隙を狙い、ミツチカがモロに雷を放った。モロもすかさず雷で迎撃する。二つの雷が蛇のように絡み合い、衝撃波と共に、新たに土煙が舞った。
新たに作られたカーテンを切り裂くように、ジャックが俺に向かってナイフを一本投擲してきた。それを避けるために体を捻ったところで、俺は石に右足を取られてバランスを崩し、今度は仰向けになり再度転倒してしまう。ナイフを避けることができたが、この姿勢はまずい!
ジャックはすかさず、手にしたもう一本のナイフを俺に向かって投じた。必殺の一撃は、俺の心臓目掛けて一直線にやってくる。
俺は蹴躓いた石を使い、右足に履いていた靴から踵を抜き出した。そして、足首のスナップを使い、靴をナイフに向かって放り投げた。浮き上がった靴は俺から見て、靴の甲、爪先、靴底、踵の順にゆっくりと回転している。
宙に放り投げた靴が二回転した瞬間、靴底を破り、黒い棘が飛び出した。俺があの靴を履けば、丁度踵の部分にジャックのナイフが突き刺さるはずだ。
靴底を貫いても、ナイフの勢いは止まらない。このまま何もしなければ、ジャックのナイフは靴ごと俺の心臓を貫くだろう。
だから、俺は行動した。
靴を投げた時に、右手で既に手ごろな石をつかんでいる。これでナイフを打ち落とせばいい。
おあつらえ向きに、ナイフの勢いは止まらないものの、ナイフは靴に刺さったままだ。つまり、狙うべき的が大きくなっている。
俺は右手につかんだ石を靴目掛けて投げつけた。目論見どおり石は靴に当たり、靴に刺さったナイフごと、ナイフの進行方向を変えることに成功した。ナイフが靴に刺さったまま、俺の左側に転がっていく。ナイフがなくなった視界の向こうには、新たに二本のナイフを構えるジャックの姿が見える。
と、そこで俺は背後に殺気を感じた。
振り返ると、そこにいたのはミツチカの姿だ。煙にまぎれて、一気に距離を詰めて来たのだ!
ミツチカの右手には既に稲妻がほとばしり、今にも俺に向かって雷が飛び出そうとしている。
何もしなければ、俺はこの目に痛いほどの白い閃光に焼かれて死ぬだろう。
視界の隅に映った、悔恨の表情を浮かべるモロに向かい、俺はこう告げた。
「ごめんな」
そして俺の視界は、白に埋め尽くされる。
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