第三章①

「コーイチよ。ジャックが悪魔でないと、一体いつ気が付いたのじゃ?」

「移動中の戦闘でかなー。ミツチカがジャックを庇った時に、違和感があったんだよー」

モロ疑問に、俺は答えた。それを聞いたモロは、理解できないといった顔で首をかしげる。

「んん? ジャックもミツチカを庇っとったじゃろ。それのどこがおかしかったのじゃ?」

「庇いすぎてたんだよねー。過保護というか、ミツチカはジャックに傷一つつけないような庇い方だったんだよー」

ここに移動するまでの攻防を、俺は思い出していた。

ジャックがミツチカを庇う時、モロの術を風かナイフで防ぐか、追い討ちをかけられないようにジャック自身が切りかかってきた。

対して、ミツチカはジャックを自分の身を挺して庇っていた。水の刃に二人まとめて串刺しにならないように左腕を犠牲にし。落下しそうになったジャックと自分の位置を入れ替え。同じ要領で、今度は水の弾丸をその身に受けた。

死なない悪魔からすれば、大した傷ではないだろう。

いずれ癒える傷なのだ。回復するまでの時間さえ考慮していれば問題ない。現にミツチカは傷を受けてもすぐに戦線に復帰してきた。

だったら、その傷は別の悪魔が受けてもいいはずだ。

それなのにもかかわらず、ミツチカはジャックを庇った。

最初は、ジャックとミツチカが攻撃を受けそうな時は互いの身を挺して庇いあうように連携しているのかと思っていたのだが、ジャックはモロの術がミツチカに届く前に打ち消すか、術を撃たれる前に自身が前に出てきた。

ジャックがこちらに切りかかってきたことが、身を挺して、と言えなくもないため俺は迷っていた。しかし、モロに耳打ちして雷の矢を放ってもらった時、その対応を自分でする必要がなくなったミツチカが、俺たちの距離を詰めてきた時に、確信した。

ジャックには、傷を受けれない理由がある、と。

俺たちとの距離を詰めるということは、ミツチカとジャックの距離が縮まることも意味している。その時間があれば俺たちに雷を放つことも出来たはずなのに、ミツチカはいつでもジャックを庇えるような距離を選んだのだ。

では、そのジャックが傷を受けれない理由はなんなのか?

どうしてそこまで頑なにミツチカはジャックを庇うのか?

それは、ジャックが受けた傷が治らないからだ。

ジャックは悪魔ではなく魔術師だからだ。魔術師が死ねば、契約している悪魔も消えるため戦力は一気に半分になる。

ジャックが魔術師だと言うのなら、俺が感じた術を補助として使う戦い方も納得できる。魔術師であるジャックがこの戦い方をするのなら、何の不思議もない。

だから俺たちを襲ったのは、カーネルとジャックの魔術師二人に、ミツチカとブチの悪魔が二体だ。一人の魔術師と一体の悪魔のペアが二組いたのだ。

そう考えると、ジャックが風を使う以上、ジャックと契約している悪魔はブチということになる。ミツチカとも契約しているのなら、戦略の幅を広げるため、ここに移動してくる間にジャックは雷を使っていたはずだ。

それをしなかったということは、カーネルの契約している悪魔がミツチカだからに他ならない。

元々複数の悪魔と契約した魔術師に、俺たちは襲われていなかった。今までのカーネルの発言は、全てブラフだったのだ。

「……これは、どういうことだ? ジャック」

「ご、ゴメンよ兄さん。失敗しちゃった……」

ようやくブチとカーネルが採石場にやってきた。ここに来るまでに落としたのか、カーネルはトップハットをかぶっていなかった。

雨に濡れた銀髪をかき上げながら、カーネルはジャックに怒りをぶちまけた。

「失敗した、だと? ふざけるな! 私の、この私の考えた完璧なプランが失敗しただとっ!」

カーネルに怒鳴られ、カーネルと同じ顔をしたジャックは怯えた表情で震えている。

よく見ると、カーネルよりもジャックの方が柔和、というよりも気の弱そうな顔立ちをしていた。

「くそっ! これでは姫を私の元に迎えられないじゃないか! どうしてくれるんだ、ジャック!」

「ご、ゴメンよ兄さん……」

「ゴメンですむものかっ! 何故父上と母上はこんな出来損ないをビレッジ家の当主に据えられたのだ? まったく理解できん! ジャック、ちゃんと本気でやっていたんだろうな!」

カーネルの言葉に、ジャックはうなだれた。

カーネルはジャックのことを出来損ないと言っていたが、俺はそうは思わない。

術で補佐を行いながら屋根伝いに跳んだり、ミツチカとの連携も行っていたのだ。ただ術で飛んだり跳ねたりしていたわけではなく、悪魔と連携して戦闘を行っていたのだ。人の身で悪魔の動きに合わせられるようになるまで、一体どれほどの時間をかけなければいけないのか想像できない。

術師から続いている家系というのも関係あるかもしれないが、少なくとも並みの魔術師よりは強い。

この強さも、俺がジャックを悪魔だと勘違いした要因だ。ミツチカも今までジャックのことを『ビレッジ様』と呼んでおり、カーネルのことを言っているのかジャックのことを言っているのか分からないように工夫していた。芸が細かい。

だが、謎は全て解けた。後はこいつらを片付けるだけだ。

俺の気持ちを汲んでくれたのか、モロは術を発動。術によって現れたのは、月明かりを吹き飛ばすほどの巨大な光源。俺とモロの頭上に現れた、小さな太陽のように燃え盛る四つの炎は、モロの指示を今か今かと待ち構えている。

俺はモロの方を盗み見た。

モロが、何か焦っているように見えたのだ。竜よりもこっちの方が移動速度は速そうだが、モロなら、さっき出した竜を四体出すことだってできたはずだ。明日の準備がどうとか言っていたが、それが関係しているのかもしれない。

まぁ、この術だけでも十分カーネルたちを殺せるだろうが。

「さて、宴もたけなわじゃ。もういい加減幕を引くぞぅ。それっ!」

モロの言葉と共に、四つの太陽はカーネルたちめがけて一直線に突き進む!

それをどうにか避けようと、ミツチカは俺から見て一番右側の太陽に雷を放った。だが、ミツチカの術ではモロの太陽を壊すことは出来ない。単純に力が足りないのだ。

それでもミツチカは果敢に雷を放ち、どうにか軌道を少しずらすことに成功した。だが、それだけだ。あの太陽の爆破に巻き込まれれば、カーネルもジャックも確実に死ぬ。それで俺の日常は守られる。

「兄さん、こっちに!」

「うるさい! 私に指図するな!」

「ご主人様! オレっちも置いていかないでっち!」

ジャックは自分で起こした風に乗り、一緒にカーネルと、カーネルの足にぶら下がるように引っ付いているブチと共に退避している。退避しているが、追いつかれるのは時間の問題だ。

ジャックに捕まり、逃げるカーネルがこちらに振り向いた。その顔は、追い詰められてるとは思えない余裕に満ちていた。

何故だ? 何でそんな顔が出来る? もうお前たちのからくりも見破り、後はモロに殺されるだけだというのに。

そう俺が疑問に思った瞬間、爆音が発生した。

響き渡る轟音が俺の全身を震撼させ、強風の速度を持った熱風が俺の皮膚を焦がす。熱風によって巻き上がった砂と、石と、土が腕や足に当たり、その都度痛みを感じる。土と砂が交じり合った煙は、俺の視界を不確かなものにした。

モロの放った太陽が爆発したのだ。それも、二つ同時に。

モロの太陽を破壊したのはミツチカだ。ミツチカなのだが、彼女が放つ雷で破壊したわけではない。モロの太陽を使って、モロの太陽を破壊したのだ。

ミツチカが必死に雷を撃っていたのはモロの太陽の進行方向をずらし、別の太陽にぶつけるためだったのだ!

しかし、まだ太陽は二つ残っている。

残った二つの太陽は、あと少しでジャックたちに届こうかというところまで迫っていた。

うっすら回復した視界に、カーネルが足にぶら下がっていたブチを蹴り落としたのが映った。カーネルが何か怒鳴り散らしている。少しでも重さを軽くして距離を稼ごうとしているのか? だが、それは焼け石に水というものだ。ブチがいなくなったところで、大して移動速度は上がっていない。哀れにも蹴落とされたブチは一瞬にして太陽に焼かれ、炭になったはずだ。

今からミツチカ一人でこの太陽をぶつけるには、時間が足りなさ過ぎる。

「カーネル様! 今です!」

その時、ミツチカがカーネルを呼んだ。

「分かったよ、ミツチカ!」

それに、ジャックが応えた。

応じたジャックの声を聴いた瞬間、俺は自分が総毛立ったのを感じた。

おかしい。

何故だ?

複数の悪魔と契約していたのも。

ミツチカがジャックを庇っていた理由も。

全て解決したはずだ。

それなのに、俺は決定的な何かを見落としている気がする。いや、その確信がある!

何だ何だ、何なんだ!

どこに引っかかっている?

どこが気になっている?

俺は何をどう間違っている?

この違和感の正体は、一体なんなんだ?

俺が答えを見つける前に、ジャックとミツチカはある行動に出た。


俺から見て一番左側の太陽に、二人で雷を放ったのだ。

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