第二章③

「じゃあ俺帰るわ」

「おう。またねーチヒロー」

放課後の訪れを告げるチャイムの音を聞きながら、俺は教室から出て行くクラスメイトを見送った。

俺が高校に通っている間、モロは実体化させていない。

入学当初は、

『いーきーたーいー! 妾もコーイチと一緒に高校いーきーたーいー!』

と実体化どころか悪魔のくせに高校に入学したいと散々駄々をこねていた。

そこで俺が、お前を他の人間に触らせるわけにはいかない、という話をしたところ、

『そ、それもそうじゃのう! 妾に触れていいのは、コーイチだけじゃからのぅ。ぐふふ。コーイチもついに妾にヤキモチを焼いてくれるようになったのじゃ! うひょー!』

とニヤニヤしながらうざい回答をよこしてきた。

釈然としないながらも、何とか俺は悪魔を高校に入学させないことに、モロを俺が高校に行っている間は実体化させないことに成功したのだった。

無論、非常事態になれば話しは別だが。

まぁ、目立った行動を避けたがる魔術師たちが、放課後のまだ学校に生徒が残っているこの時間に俺を攻めてくることはほとんどない。あったとしても、その時はモロに迎撃させる。

俺との距離が離れてしまうのが難点だが、あいつに勝てる悪魔も魔術師もそういない。

今日も俺はこの素晴らしく、怠惰な日常を満喫していた。

だらけきった格好で机にへばりついていた俺に、クラスメイトが話しかけてくる。黒縁メガネをかけた、男子生徒だ。

「なぁ幸一。昨日頼んでいたゲーム何だけど……」

「あーはいはい。持ってきてるよー。ちょっと待ってねー」

あくびをしながら、俺はカバンの中から頼まれていた美少女ゲームを三本とポータブルゲーム機を抜き出した。

「いつもありがとう……」

「俺とお前の仲だろ? いいってことよー」

彼にゲームを渡し、手を振りながら、俺は手にしたポータブルゲーム機の電源を入れた。画面に表示されたのは、人気RPGの最新作。

ゲームなら基本的にジャンル関係なく手広くプレイする俺だが、その中でもRPGが特に好きだった。

他のクラスメイトが帰宅していく中、俺はゲームをプレイし続ける。

ポータブルゲーム機を操作すると、画面上のキャラクターがマップを歩き回り、モンスターと遭遇。武器と魔法を駆使して、敵モンスターを撃破する。

教師に見つかると厄介なのでゲーム機から音は出していないが、今ボリュームを上げればゲーム機から戦闘終了を告げる音楽が流れているはずだ。イヤホンかヘッドホンをしてプレイしてもいいのだが、それだとゲームに熱中しすぎて教師の接近に気が付かない可能性があるため、学校でゲームをする時は無音プレイが基本だ。

ふと顔を上げると、廊下側の窓から教師が廊下を歩いているのが見えた。俺の教室は職員室につながる渡り廊下のすぐそばにあるため、よくクラスの前を教師が通るのだ。

俺はすかさず、手に持っていたポータブルゲーム機を机の中に隠す。その後すぐに、廊下を歩いていた教師が教室の窓から顔を覗かせた。

「おい一年生。用がないなら、早く帰れよー」

「はーい」「ほーい」「わかってまーす」

教室にまだ残っているクラスメイトが、教師の呼びかけに応えた。

「うーい」

俺もだらけきった声で教師に応えた後、十秒間その場で静止した。教師が戻ってこないことを確認すると俺は机の中からゲーム機を取り出し、再度中断していたところからゲームを再開させる。

ゲームをしながら俺は、このなんでもない平和な日常を噛み締めていた。今俺がプレイしているようなモンスターとの戦闘は、ゲームの中だけで十分だ。この平凡な日常を手放してまで誰かと戦おうとは思わないし、争う理由もない。

ひとしきりゲームをプレイして顔を上げると、教室に残っているのは俺だけとなっていた。窓からは夏の夕日が差し込み、教室に淡い茜色に染めていた。

俺はゲームを中断し、椅子から立ち上がっり教室を見渡す。

俺の席は真ん中より少し左側、窓側の席なので、教室を見回すにはそのまま立ち上がってぐるりと一周すればいい。

夕日を浴びながら俺は、黒板、教室のゴミ箱、廊下側の窓、掃除ロッカー、教室の後ろ側に設置されている小さな黒板、グラウンドが一望できる窓の順に、右回りで教室を見渡した。

俺は、このクラスメイトが誰もいない教室を眺めるのが好きだった。安心するからだ。

最後まで教室に残ることで、俺がこの教室の日常に最後まで存在していたことを確認できるから。俺がようやく手に入れた今の生活に、馴染めていると確認できるから。

だから俺は、夕日で伸びる机と椅子の影が、俺以外存在しないこの教室の静寂が、その静寂の中に紛れ込んでくるグラウンドからの掛け声が、たまらなく好きだった。

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