第二章②

「いただきます」

テレビから流れてくる天気予報を聞きつつ両手を合わせてから、俺は目の前に置かれた朝食に手をつけた。

今日の朝食はトーストとサラダに目玉焼き。テーブルの上にはトーストにつけるイチゴとブルーベリーのジャム、それにマーガリンのタッパーが置かれている。全てモロが準備してくれたものだ。

四人がけのテーブルに座っているのは、俺とモロだけ。

モロが自分の隣に置いた写真立てに話しかけている。写真に写っているのは、髪も瞳も着ている服も赤い、一人の女性だった。

「それでのぅ義母上(ははうえ)。ツンデレコーイチが、ついに今朝デレたのじゃ! もう少しで孫の顔も見せれるようになるぞぅ義母上」

耳なし芳一みたいに言うな。後、誰がツンデレか。

マーガリン、ブルーベリージャムの順でトーストに化粧を施しながら、俺は反論する。

「別に俺ツンツンしてねーじゃんよ俺」

「しーてーおーるー! 昨日も戦闘中にゲームばっかりやりおって!」

モロはイチゴジャムをトーストに塗りつつ、唇を尖らせながら俺を非難する。

「もっとちゃんと妾を見るのじゃ! もう妾以外見るでない。見たら目が腐るぞっ!」

「俺、どんな呪いにかかっちゃってんの?」

向かい合うように座った俺たち以外に、この家に住んでいる人はいない。

母親は死んだ。父親(あのクソ野郎)のことは、思い出したくもない。

母親は、優秀な魔術師だった。

スカーレットと呼ばれていた母親は存命中マリーンに最も近かった魔術師と言われ、神に謁見出来る後一歩まで迫っていたとも噂されていた、当時最強の魔術師だった。

でも、死んだ。

魔術師の子は魔術師になる傾向が強い。

魔術師は代を重ねると鼓の量が増えると言われているのもその理由の一つだが、やはり先代の魔術師が死んだ後、親の契約していた悪魔を子が引き継げるというのが最大の理由だろう。目に見えない悪魔を一から探す必要がなく、契約もスムーズに行うことが出来る。

俺も同じようにモロと引き合わされた。その三年後だ。母親が死んだのは。

マリーンに最も近かったと言われた母の死。それは、全魔術師に動揺を与えた。

だから、こういうことを言う魔術師も少なくない。

『息子が母親を殺したのだ!』

『息子に悪魔を引き継いだから殺されたのだ!』

『モロと契約し続けていれば、スカーレットは死ぬことはなかった!』

『出来損ないの息子が、スカーレットをマリーンではなく死体にしたのだ!』

『一人では何も出来ない落ちこぼれの息子が、スカーレットを殺したのだ!』

耳にたこが出来るほど聞いた台詞だ。でも、俺は気にしていなかった。

ようやく俺が手にした、なんでもない日常を壊そうとしない限り、どんな罵詈雑言も俺の心を動かすことはない。

「コーイチ。そろそろ学校の時間じゃぞ」

「おっと。もーそんな時間?」

テレビに表示されている現在時刻を見れば、確かにもう家を出ないといけない時間となっていた。

急いで朝食を片付けながら、俺はモロに問いかけた。

「帰りに何か買ってくるものある?」

「んー。いや、大丈夫じゃ。牛乳も野菜も残っておる」

冷蔵庫の中身を思い出しているか、モロは小首を傾げながら、そう答えた。俺はモロの答えに頷く。

「りょーかい。あと、聞きたいことがあるんだけど」

「何じゃ?」

「……いつまで裸エプロンでいるつもりなの?」

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